ナチュログ管理画面 海釣り・ソルトウォーター 海釣り・ソルトウォーター 関東 アウトドア&フィッシングナチュラムアウトドア用品お買い得情報

スポンサーリンク



上記のお知らせは30日以上更新のないブログに表示しています。
記事を更新するとこのお知らせは表示されなくなります
  
Posted by naturum at

2008年04月08日

カタクチの恩恵

カタクチといえば,カタクチイワシ,なんであるが,
でもその前に,この時期メバル話をせずには済まないワタクシにて恐縮。少しだけ。
サカナ料理がお目当ての方は冒頭読み飛ばしていただいても結構です。

******************************

 季節外れの西高東低で北東ないし北西の強風。それが“刺激”となって出ました,産卵後の回復途上の茶メの♀。27㎝と28.5㎝をひとつずつの30分勝負。
3月中旬あたりでアミ食いを卒業して小カタクチに餌付いて浮き,表層よりちょい下で釣れ続いていた茶メの♂23㎝前後は,しばらくすると体力を取り戻して海の巷に散っていった。これはあとで追い詰めるとして,後に残ったのは表層で釣れる20㎝前後の青メの群れ。これはこれで順調に成長し,徐々に体型がフックラしてきている。

 そして3月下旬に入り,期せずして来遊したのはマアジの大群。25~30㎝ほどの幅広キアジが小カタクチに餌付き,先週はずっとこればかり入れ食ったのでオカズには一切困らなかった。嬉しくはあるが,この時期にこのサイズと体型,この釣れ方は,やはりおかしい。水温12℃でこの活性は何?
 そして今,一週間後の4月上旬,春特有の西から南にかけての強い風が続き,予想どおり,同じアジでも群れが代わって20~25㎝のヤセ主体が残るのみとなった。タイプもキアジに代わってクロアジ主体。メバルにせよアジにせよ,この時期,岸で育って沖に去りの繰り返し。次々と群れが入り,体力つけて,また去っていく。

 さてそろそろ散っていったオスメバルでも追っかけるかと思っていた矢先,期せずしてアチラの方から来てくれましたねえ,茶メの♀が。これは探す手間が省けたわいと思いたいが,そう呑気なことでもない。
回復のための接岸,といっても,茶メの♀はあまり大きな群れでは動かない。三々五々やってくる。ですから型は出ても数は出ない。今日そこにいれば釣れる,いなければ釣れない,ということで,余録みたいなもの。週単位月単位を見込んだ安定的なオカズにはならぬ。

 とはいえ♀だから,同サイズの♂よりも体格は良い重量級。2尾合わせて1㎏近い。
しかし,やっぱり途上は途上。肩から背の筋肉が盛り上がり幅広ではあるが,下処理をしていくと,腹皮はまだ薄く,腹腔内の脂は溜まっておらず,いささか寂しい。ヤセとは言いがたいが,今一歩。なんてゼイタクにも四の五の言うのは人間の都合,料理の仕立て次第で十分活きる。

 そして胃内容物は,表層にはカタクチがたくさんいるというのにアミ少々と大型のカニの幼生がたくさん。粒食ですね。これらカニのメガロパ幼生は,このところの暖かい日差しと雪解け水の栄養で急激に大量発生し成長したもの。プランクトンのわりにはけっこう遊泳力がある。

 図体がデカくても,やはり途上は途上。明らかに“食べやすいものから食べている”。
3月上旬にオスがそうしていたのと同じように。
こんなときの釣り方といえばやはり底かと思えば,いえいえ,必ずしもそうではない。誘い方も,♂の回復期と同じではダメだ。ちゃんと釣るためには,まず「餌の生態・行動」をよく理解しなければならない。明日の海が今日と同じとは限らないにせよだ。

時期に応じ,餌あるところにメバルあり,ではあるけれど,必ずしもそこに自分が求めるメバルがいるわけではない。ここが悩ましいところ。

 それにしても♂は,どこに行ったんでしょうね。今期まだ触っていない漁場がいくつもある。これだけ餌が湧きはじめたのだから,例年の安定漁場に付いてもおかしくないのだが。そこが今年の当地のおかしくおもしろいところ。この春,引き続き変則であるが故にまだまだ新規開拓の余地アリだ。

******************************

さて本題。

 前々回のログで,「雪中のメバル釣り」について書いたのもつかの間,もう降りそうにありませんねえ,雪。 って,あれからもう1ヶ月以上経ったのデスネ。早いもので,春です。桜,咲いてます。

 でも,あそこに書いたとおり,まったく海は正直者。特に食物生態系の底辺に近いサカナほど,環境が少しでも合ってくれば間髪入れずに種として反応する。たとえばそのひとつが,2週間ほど前から湧いているカタクチイワシ。
なにかといえば,冷たい雨ばかり続いていた今年の冬であるが,2月中旬,雪がしっかり降って大山(だいせん)は2mの積雪を記録した。その1週間後,待てど暮らせど来なかったカタクチイワシがドッと押し寄せ,現在も続いている豊漁が始まったのだ。先週あたり,境港市役所には,一日1,000t超えを祝う大漁旗がハタめいている。まあ,オキもオカも,そんなしくみになっとります,ここでは。

 地元古老が指摘するとおり,雪解けが始まるやいなや,ここら沿岸の水は,雨の笹濁りとは違うトロンとした感じになってきて,これに春の日差しが加わると,これまで成長が遅々としていた沿岸性アミ類や,動物プランクトンの成長が一気に加速され,山陰沖のカタクチ来遊を誘発した。
まさに,絵に描いたような生態系の曼陀羅がここにある。


【 カタクチイワシに2型アリ? 】

 ところで,マアジにキアジとクロアジ,ウマズラハギに回遊型と瀬付き型があるように(少なくとも私はあると思っているが),カタクチイワシも当地には2タイプいるように思う。これは研究者の間でもほとんど報告されておらず,調査も進んでいないようであるが,外部形態,産卵・来遊時期,行動など,様々な面でちがっている。いずれは解明されねばなるまい。

 で,このところ境港で水揚げされているのは“外洋性”のカタクチで,15~18㎝ほど。適量の積雪があって,それが初春の陽気で徐々に流れて水温と栄養状態が安定してくると,毎年山陰沖にやって来る。
雪が降り過ぎたら低温続きになってダメ。かといって降らなかったら栄養不足。いずれもダメで,ちょうどよく降って溶けてこそ,春のカタクチイワシは湧いてくれる。天の采配が全てだ。

 生きているときの背中はインクブルーで,死ぬと黒褐色。だから別名「セグロ」ともいうし,アゴが目の後方まで長く伸びた大口なので,「タレクチ」とも「ヨタレ」ともいう。関東・東海では「シコイワシ」ともいうね。“シコ”はすなわち“干魚(ひしこ)”が語源か。
いずれにせよ,このところ揚がっているのは腹が銀白色でコロンと太り,例年ほどではないにせよ,産卵前の脂も乗せてきた。よしよし。 大きく太った大きなカタクチは,当地では特に「大(オオ)ダレ」といい,好きな人にはたまらぬ垂涎の的だ。

 もうひとつのタイプは,例年ならば晩春に,産卵のために中海(なかうみ:宍道湖と美保湾の中間にある汽水域)に入り込む極めて“沿岸性”の強い群れで,これは別種か?と思うほど外観も質も違う。毎日何十トンと獲れる外洋性のカタクチに比べて量的には少ないが,今年も美保湾沿岸に湧きはじめた。この沿岸性のカタクチは,外洋性が沖合を大挙して回遊するのに対し,半島を地づたいにやって来て,産卵のために中海に入る。

 外洋のものほど鼻先が尖っておらず,背は透明感のある黒褐色で,腹は銀なれど全体的に透けて見える感じ。肉は,外洋性のカタクチが透明感の低い赤身寄りの色であるのに対し,中海産は,透明感のある飴色をしている。
同じような沿岸性のカタクチは主に西日本各地の小湾に小さな系群として存在しているようで,瀬戸内海や四国沿岸,九州,特に長崎県の橘湾などには,かなり大きな沿岸性の群れが世代交代をしているようだ。


【 カタクチ2型とその食味 】

 地元の人は,よく,「まき網のカタクチはアタルけれども,中海のはアタラナイから大丈夫」と言って,中海で獲れた新鮮なヤツを手開きにし,氷水でサッとさらして水気をとって,酢味噌やショウガ醤油で食う。チリッとはぜた身がすがすがしい春の終わりの郷土味だ。イワシ特有の臭みは微塵も感じられず,ほんのり苦く,はかなく旨い。

 では,外洋性のカタクチがナゼに刺身でいけないかといえば,ひとつは腹皮の銀の濃さ。この剥がれやすい銀箔が雑菌を繁殖しやすく,劣化の原因となる。
 それから餌の違い。中海のやつは甲殻類の幼生など微少な動物プランクトンを食っているが,外洋性のやつは,外洋性のアミを主に食う。腹の中でピンク色になるアレであって,こいつは自己消化酵素が強く,サカナの腹の中で発酵分解しやすいため鮮度を落とすだけでなく,ごく微量の消化しにくいワックス分を含んでいるため,これを脂として蓄積した外洋性のカタクチを大量に生食いすると,その油脂分を消化しきれず人間サマは“クダル”のである。

 そしてなによりも,寄生虫「アニサキス」の問題。
外洋性カタクチイワシは,これの中間宿主であり,時期によっては全てに宿っているわけではないが,産卵期である春には特に多い。
 加熱して食うぶんには全く問題はないのだが,しかし生食となると別。以前,過去ログ「サバ味の深淵」でも書いたが,コヤツは強塩にも酸にも強く,手段は凍結するのみ。かといって,ただでさえ柔らかく小さいカタクチイワシを冷凍してから刺身にするなど,つみれの材料になるのが関の山。
当地のイワシッ食い達は,ここで悩むのである。が,あまり深くは悩まないようだ。旨いんだから食ってしまえ,アタったらアタッタ時だと,覚悟していて潔い。
 過日最近場のメバル漁場で出会って,たまたま手持ちのカタクチイワシをお裾分けした気のいい青年は,ボク二匹もやられましたよ~とニコニコ屈託ない。これ,カタクチの刺身を食った結果,二匹のアニサキスが彼の胃壁に食い込んだ,という意味なのだが・・・。それでも好きで食うというのだから,たいしたものだ。強者ナリ。

 一方先日,地元の小料理屋を営む若い板前が,ボクもアタりましたよ,でもおいしいからお客さんにも出してます,と涼しい顔をして言いやがったものだから,キサマは料理人なんぞやる資格なしと怒鳴りつけたところであった。
自己責任で,危険の可能性を知りつつも覚悟の上で食うならよいが,食の安全安心を第一義とすべき公職にある料理人がこれを混同するようでは,断じていけない。

 ともあれ今,境港はピンコピンコのカタクチイワシフィーバーで沸いている。値段も極めて安く,とれとれのヤツが15尾入ってひとパック100円。当然これを日々食わぬテはない。“海の肥やし”と言われるイワシだもの,人間の肥やしとしても上等に決まっている。

 というわけで今回は,これぞというカタクチイワシのお料理を4品ほど,世の“イワシッ食い”のために捧げたい。
仕上がりのポイントは,青ザカナらしさを壊さないように雑味をいかに抜くか,ということ。もっとも,多少の“生臭さ”はイワシッ食いにとっては“香り”に過ぎませんけどね! まずは下処理,これが大切。


【 カタクチの下処理 】

 目が赤くなっているもの,腹皮が破れているものなどは避けたい。できれば水氷に漬けてあるヤツがあればウレシイが,でもスーパーのパック売りでもいいものが入るときがある。目の周辺に透明感があれば良しとしよう。
いずれにしても,“たくさん料理してたくさん食べる”というのがイワシのいいところであるから,新聞紙を広げ,この上でドンドン下処理して,ザッと洗って,テキパキっと料理し,ワッと食べる,万事いかにシステマチックに進めるか,と,このようなサカナであります。 青魚の最たる部類ゆえに,下処理如何で味に大きな差が出る。摘要以下のごとし。

①ボウルに氷水を作ってひとつかみの塩を投じ,イワシを入れてガラガラかきまわすことによってウロコがとれる。
②まな板の上に新聞紙を数枚広げ,イワシを氷水からつまみ出してはドンドン頭と腹を切っていく。背を左,頭を向こうに置いて,頭を切り落としたら,そのまま頭から肛門にかけての腹側を5ミリほどザックリ切り捨てる感じで包丁の刃全体を使って押し切りすると,内臓もいっしょにとれる。
③この次が重要。細く出した流水の下で,内臓をとったあとの背骨沿いに溜まっている血液および腎臓(細く血の塊のように見える)を,歯ブラシの先で手早くこすり落とす。身が柔らかいのでサッと軽やかに手早くやる。たくさんあるのに面倒ではあるが,これをするとしないとでは,料理したのちの風味に大きな違いが出る,ということなのでヨロシク。
④これをボウルに戻し,2~3回水を換えて濁らなくなったら,ザルにあげて水気をきる。これで下処理完了だ。いたみやすいサカナだけに,万事,美しく速やかに進めていただきたい。


【 刺 身 】

 既に述べたように,ここで記すことは公共に馴染まないと思うので割愛する。旨いのですがね。
どうしても食いたいと言う人は,沿岸性のヤツを,手開きし,氷水でカラカラと洗い,ペーパーで水気をよくきって,醤油にショウガや柚胡椒で食うのがよろしい。ま,アニサキスの野郎と勝負してもよいという人は,外洋性のヤツだろうが何だろうが,どれを食っても結構。
わたしは,,,全て食いますね。家人やヨソの人には勧めんけど。自分だけが食う。


【 塩イワシ 】

 カタクチイワシの,その味の真実・真髄を味わうのに,この「塩イワシ」に勝るものナシ,と断じて言わせていただく。素朴にして滋味。食えばワカルとはこのこと。新鮮なカタクチが手に入ったときには必ずつくる一品だ。なお,過去ログ「サバ味の深淵」で紹介した塩サバをつくるときの“紙塩”の技法は,カタクチの場合には小さすぎて向かない。以下のようにするのだ。

①下処理したイワシをボウルに入れ,粗塩ひとつかみをバサッとあてて,ザックリかき混ぜておく。しばらくするとイワシが脱水して水分がにじみ出てくるので,時々上下をかき混ぜながら,小さいイワシなら5分,大きなイワシなら10分ほど置く。
②ザルにあけてボウルの水で振り洗いして塩粒を落としたら,ボウルの水を換えながら濁らなくなるまで2~3回手早く洗う。
③ザルにあげてしばらく水を切ったら,タッパーかバットにキッチンペーパーを数枚敷き,イワシの腹を下向き(背を上)にして密に並べ,その上からもう一枚ペーパーをかぶせ,軽く押しつけておく。たくさんあるときは,更にこの上にイワシを並べ,一番上にペーパーをかぶせて同様に。このままラップか蓋をして冷蔵庫で一晩寝かせる。
④翌朝から焼いて食える。生のままでの保存期間は3日程度が妥当。たくさんつくったらあらかじめ冷凍しておくのがよろしい。そのとき,一本ずつはずしやすいようにするためには,ラップを大きく引き出し,1~2㎝間隔くらい離してイワシを並べ,これを手前からイワシごと巻いていく。つまりこれを横から見ると,鳴門巻きの渦巻き状にイワシが間隔を離して分布している太巻き状態ができあがるわけだ。これをジップロックに入れて空気を抜き,冷凍すればよい。賞味期間は家庭用冷蔵庫の冷凍であれば1ヶ月。焼くときは太巻きの一番外側から一尾ずつはがし,解凍しないでそのまま焼けばよい。生・冷凍,いずれも強めの中火で両面の皮目がじりじりと香ばしくなったら焼き上がり。これが食べ頃だ。骨まで食える。


【 特 記 】 塩イワシとサツマイモの相性について

 こうしてつくった塩イワシは,当然のことながら炊きたての銀シャリと最高に合う。湯気と共に立ち上る米の甘い香りを,鼻孔経由で胸いっぱいに吸い込みながら,“メシ・時々イワシ”でハフハフと食い進むのは一種の愉楽ではある。が,しかし,もうひとつおすすめしたいのは,ふかしたサツマイモと共に食うことだ。
 私が長崎県野母崎で従事していたシイラ漁船の船長:岩永善市氏は,若かりし頃,巻き網船の本船の船長で,アジ・サバ・イワシなど青ザカナを獲って生活していた。彼だけではない。戦後長らく,野母崎という東シナ海に突き出た長い半島の先端にある小さな漁村全体が,まき網で獲れる青ザカナに生活を依存し,大漁景気に沸き返っていた時代があった。
 しかしサカナと金があったところで半島には米を作れるような土地はなく,家ごとに斜面の段畑に植えるのは,麦であり,なんといってもサツマイモであった。

サツマイモといえば,,,
 古くは江戸期,8代将軍徳川吉宗の命により飢饉時の救荒食として,青木昆陽が当時琉球から鹿児島・長崎に伝わっていたサツマイモの栽培を試み奨励した結果,これがのちに全国に伝播したということになっている。本来の呼称は「琉球芋」,徳川絡みとなってからは「薩摩芋」だ。
事実,おかげさまで当地境港もかつてこのイモに救われており,これと地曳き網で豊漁する美保湾のイワシのおかげで,餓死者を一人も出すことなく現代に至る。当地に今でも残る「浜の芋太」の蔑称は,その恩恵にあずかれなかった他所のヒガミが生んだ産物であろうか。
 更に遡れば,15世紀,かのコロンブスがアメリカ大陸からこれを持ち帰り当世イザベラ女王に献上したのが記録の最初。当時悪魔のイモとも呼ばれていたが,彼女は自らこのイモの白い花を髪に挿し,救荒作物として普及に努めたとのこと。その後,サツマイモを世界に広めたのは植民地・貿易港を求めて大航海をした列強スペイン・ポルトガル等であったというのは皮肉か恩恵か。その延長に我が国のサツマイモはあるのだ。人類の歴史は何が幸いするかわからない。全ては結果だ。

まあそのサツマイモ。
 野母崎で居候していた岩永船長宅では,新鮮なイワシが手に入ると塩して干し,これを焼いて,ふかしたサツマイモと合わせてよく食べた。「こがんもん,君らにはおいしゅうはなかろう?」と目をのぞき込み問いかける船長と奥様と共に,網仕事の合間に食うイワシとイモは,実にしみじみ旨かった。秋の高く晴れ渡った空の青と,イモの甘みとイワシの塩気が調和すると,なぜだか強烈に懐かしい旨みを醸し出す。
 今でも私は,思い出したように塩イワシを焼き,ふかしたイモと共に弁当とする。旨いのも事実であるが,今の裕福な日本がこのような食でしのいだ結果としてあることを,味わい確かめる咀嚼でもある。このような味を,私は子孫に伝えたい。

 余談であるが,野母崎では,サツマイモの茎,すなわりイモヅル(芋蔓),もよく食べた。フキのようにツルの皮をむき,水に浸してアクを抜いたら5㎝程度に切り揃え,キンピラや煮物にしたりするのだが,なんといっても旨いのは“焼きウドン”である。少量の豚バラで脂を出したらイモヅルを炒め,ウドンを入れ,醤油少々で味付けしたら,最後に鰹節を振りかけて食う。ほのかに甘いカラメル似たイモの香りのするイモヅルは,その快感たる歯ごたえもさることながら,ほかの野菜にはない郷愁味がある。初めてなのに懐かしい,という味だ。


【 カタクチの梅煮 】

 塩イワシと梅煮は,我が家ではセットみたいなもので,新鮮なカタクチが手に入ったら必ず作る。保存性も良く,両方とも仕込んでおけば1週間は毎日幸せに暮らせる。朝にイワシ噛み,夕にイワシ噛み,それぞれの料理を気が向くままに食い分けたり,共に食ったり。酒を飲んだり,飯を食ったり。

 梅煮にした甘酸っぱく旨みたっぷりの肉を噛みしめるとき,なんだかしんみり静かな気持ちになってくるので不思議。甘ずっぱいから恋の味,というわけではない。なぜならどう逆立ちしたってイワシだもの。
いずれにせよ,たとえば塩イワシが,新たな今日を始める“動”ならば,梅煮は頑張った今日を終える“静”の味世界をもっている。
 両方がなくなるころ,また次のイワシを仕込むのだ。梅煮は作り手によっていくつかの作り方があるが,当家ではこんな感じ。通常の料理本などと違うところは,ショウガと梅の香りと旨みを煮汁にしっかり移すために,火をつける前にこれらを入れてしまう点だろう。コレが料理の理。

①たっぷりのショウガ,できれば春の新ショウガを薄く皮をむいて半割にし,1~2㎜厚に切っておく。
②浅くて広い鍋,もしくはテフロンのフライパン(これが重宝する)に,酒と半量の水をイワシの太さ程度の深さに注ぎ,これにミリンを加えて若干甘めに仕立て,ここに切ったショウガおよび梅干し(できれば調味料が入っていないもの)3個程度の身を指先でつぶし,種ごと入れ,火をつける。加減は強火。
③沸き立ってアルコール分が飛んだら,薄口醤油を注いで適宜に調味し,再度沸かす。味の加減は,“甘酸っぱく旨くちょっと濃いめの醤油味”。
④下処理したカタクチを,重ならないように,しかし密に並べていく。火は強火のまま。
⑤煮泡が立ち上がるほどに青魚特有の茶色のアクが浮いてくるので,吹きこぼれないように火を微調整しながらそれをすくいとる。
⑥アクがほとんど浮かないようになったら,鍋の口の同大のアルミホイルの中心に包丁先で切れ目を入れた落とし蓋をかぶせ,更に強火の立ち上がる泡で,ただし吹きこぼれない程度に微調整しつつ,煮進めていく。イワシ全体に泡が回るように落とし蓋を調節してやる。煮上がりまで約10分ほど。
⑦煮汁がわずかになって泡が少なくなったら火を止め,そのまま冷ます。

 冷ますとはいえ,ここで,煮上がりできたての熱いヤツを数尾小皿にとり,ぜひとも味わってもらいたい。冷めたのとはまた違う,酒をそそるぬくもった旨さを知っておいてほしい。下戸の方は,とりあえずご飯でもドウゾ。

 ショウガを入れたのは,過去ログ「サバ味の深淵」で述べたと同様,臭み消しではない。イワシから出た濃厚な旨みと,梅干しと酒・ミリンが合わさった甘酸っぱさをたっぷり吸ったショウガそれ自身が旨いのである。だからたくさん厚めに切って入れるのだ。

 風味が最もいいのが3日間くらいまで。タッパーに入れて1週間程度は冷蔵庫で保存できるが,次第に脂の酸化臭が出てくる。当然食べても問題ない。
これを生臭いとするか,青ザカナの香りととるか,それが年期や文化の分かれ目なのかもしれない。


【 カタクチの天ぷらおよび天丼 】
 揚げたてのカタクチイワシの天ぷらを,山盛りにして出してくれる店があったなら,私はその店に生涯通い続けるであろう。というのは私の本音。
旨いが,しかし手間がかかり,原価が安くて値段も取れないし日持ちもしない,しかしやはり抜群に旨い。そんなものを結局手間かけてたっぷり気さくに出してくれる,そんな店は間違いなく“心ある”店だ。境港には一軒だけあるのが救いだが,それも頼めばの話。昔から行きつけの、東京は門前仲町の古い飲み屋では,これをサッと出してくれる。その気になれば,やれるのだ。

 いつから料理店は,このような飾らないおもてなしの心を忘れたのであろうか。
ま,しかたないのでウチでつくるわけですよ。青ザカナの注目要素であるDHAは揚げると半減するといった研究報告もあるけれど気にしない。やはりここは,旨いが一番。ご家庭の皆様に,ぜひこの味と心を伝えてあげてくださいまし。

①ボウルに水少量と氷を数片入れ,ここに鶏卵1個を落とし,よくかき混ぜ,冷たい“卵水”を作っておく。
②ここに薄力粉を適量,練らないようにザックリと混ぜ合わせておく。多少粉ダマが残っているくらいがちょうどいいのであって,それ以上練ると衣の間から空気が逃げてしまう。天ぷらとは,熱い油と冷たい衣の温度差,そしてそこに含まれている空気の作用によって,きれいにはじけ,カラリと揚がる,「水と油と空気と熱の総合芸術」である。
③下処理したカタクチをこれにくぐらせ,中~高温(油に箸先で衣を落としたときに一瞬浅く沈んですぐ浮き上がる程度)でカラリと揚げる。菜箸でつまんでみて,小さな振動が伝わってくれば,揚がったというサイン。
④アツアツの揚げたてを山盛りにして,塩でよし,天ツユでよし,思う存分ひたすら食い進めばよい。

さて,
この“カタクチ天”をやるときに,もうひとつの楽しみは天丼だ。なんだ天丼かといえども,キスやアナゴやエビやらの天丼とは,ちょいと世界が違う。味に力があり,一線を違えた方向性をもっている。まずは食ってみることです。

 ここでつくった天ぷらを,少し残しておく。野菜がほしければ,ナスやシシトウなどをついでに揚げておけばよい。ただしゴタゴタいろいろ入れてはイワシ味を損なうのでいけない。
さて翌朝,天つゆに醤油をミリン少々を足して若干甘辛目に仕立てたダシを沸かし,ここに昨晩の天ぷらを浸してしばし煮て暖めたら,これを炊きたてのご飯の上に密に乗せ,これまた朝からガッツリとかき込むのである。七味や山椒少々を振ってもよろしいし,「さらしネギ」などこんもりあると,なおよろしい。このカタクチの天丼には,他の天丼にはない野趣がある。
むろん翌日まで置かずとも,同様にして酒後のメシとするのも,いいですぞ~。

 あ~,ホントに。黙っていてもこんなことして食わせてくれる店,ここらのどこぞにないもんかね。


【 自家製オイルサーディン 】

 あの,缶詰にありますよね,“オイルサーディン”というのが。
タバコ2個分くらいの大きさの平たい缶で,付属の缶開け器具でクリクリギュッギュと上蓋を巻き開けていくと,かわいい無頭イワシがハーブの香りのする油にキラキラ浸って二段にズラズラっと並んでいる様は,山小屋で彼女とワインとロウソクの灯りなんかが似合ったりして,イワシなのにいかにも高級品,という感じでステキでした。
「でした。」というのは,最近はプルリングというのでしょうか,開缶がペコッ,メリメリっとはがすひと昔まえのジュース口みたいな方式に変わり,あれで大切な要素を失いましたね。便利さは情景を失わせてしまうのです。
 
 ま,そのオイルサーディンを自分でつくってみましょうや,ということであります。別に山小屋や彼女やワインがなくたってかまわない。原理は簡単。塩する→油で煮る→油に浸したまま保存,以上。

これは,実に理にかなっている。
 まず塩をして水分と共に生臭みを抜き,“油で煮て”骨まで柔らかくし,油に漬けて空気を遮断することによって魚油の酸化およびそれによる生臭さの発生を抑える。というわけだ。味のみならず,まさにその合理性がスバラシイ。
 合理主義と言いつつ矛盾だらけの西洋にも,このような,つましくモノを活かす合理性があるというひとつの証明だ。肉食文明ばかりが西洋ではないと嬉しくなる。
 余談であるが,地中海辺りの屋台の炭火で焼いて食わせてくれるイワシやサバ。西洋でありながらこの素朴で美しい滋味を知っているのは,イタリア人が筆頭であろう。飾らず陽気で時に朴訥。そのような甘く酸っぱく時には苦い“人生を噛みしめる風土”から,オイルサーディンは生まれたと推察する。

 
 ところで“サーディン”とはナニカ。イワシ,には違いないのだけれど,英語でマイワシはPilchard(ピルチャード),カタクチイワシはAnchovy(アンチョビー)。
 まあサーディンとは,ラテン語のSardinas(サルディナス),すなわち,小型のイワシ類の総称,と言って差し支えないであろう。ということで,作り方を。

①ボウルに白ワインと同量の水を入れ,これに粗塩を加えて海水より少し薄い程度の塩水を作る。
②下処理したカタクチの水気をザルできり,この調味液に1時間ほど浸す。
③手早く2~3回水洗いしてザルに上げ,面倒でも一尾ずつ水気を拭いておく。ここまでは塩イワシとほぼ同じ。
②浅い鍋もしくはテフロンのフライパンにイワシを密に敷き詰め,粗挽き胡椒を振り,あるいはオレガノや唐辛子など好みの香辛料も振り,つぶしたニンニク1~2粒分とレモンの薄切り数枚を乗せ,最後にロリエ(月桂樹の葉)1~2枚を乗せる。レモンの変わりに乾燥したレモングラスの切ったのを数枚入れても香りが良い。
③ここにイワシが薄くかぶるくらいにオリーブ油もしくはサラダ油を注ぎ,弱火にかける。
③徐々に油の温度が上がると泡が出てくるが,これが緩やかにフツフツと生じる程度に火加減する。温度を上げすぎてはいけない。温めるが如く、煮るのである。
④この状態を維持しつつ,蓋をして約40分ばかり,煮続ける。
⑤できあがったらそのまま鍋ごと冷まし,イワシを取り出してタッパーに密に並べ,残り油を注ぐ。なお,この油には香辛料の香りやイワシの旨味だけではなく“イワシ臭”も移っているが,これまた風味とするか臭味とするかが分かれるところ。嫌いな人は,イワシだけタッパーに並べたら,新しい油をひたひたに注いでおけばよい。
出来上がりをすぐに食べるよりも,最低一晩寝かせてからのほうが味がおちついて旨いように思う。

 ここで使用する油はオリーブ油のほうが酸化しにくいのだが,ちょっと風味が強いので好きずき。
出来上がったら,冷蔵庫に保存するようにし,たとえば食前に数尾出してはウイスキーやワインなど飲むもヨロシ。スライスしたタマネギと共にプレーンのクラッカーに乗せても良し,むろん飯をこれで食っても悪くない。ただし飯のオカズにするときには,醤油をひと垂らしすると,いいですねえ。

******************************

とまあ,こんな具合なので,中期保存食としてゼヒ。
まずは,いかに鮮度の良いカタクチイワシを入手するか,ということが最初の課題。住む場所違えば海への遠近,いろいろあれど,なんとか工夫して頑張ってみてくだされ。ヤル気になれば,カタクチの産直,なんてのもアリかもよ。


【 カタクチイワシの育児における効能 】

 ついでに申し上げると,カタクチイワシは「離乳食および食育によろしい」というのも,特に現代社会においては魅力のひとつ。イワシ類の中でも特にカタクチイワシがいい。マイワシではちょっと大きすぎるし,風味がキツイのだ。
 
 具体的に言いますと,たとえば、アナタに1歳と3歳と5歳になる3人の子供がいたとする。
晩メシのオカズに塩イワシを12尾ほど焼く。オヤジはこれの2匹ばかりで冷や酒を飲みつつ,脇でコドモ達のご飯をよそうニョーボに言うわけだ。「イワシの身をほぐしてご飯に混ぜ与えよ。」と,1尾をとってやる。

 そこでニョーボが箸先でイワシをちょいといじると,骨と身はハラリと分かれるので,刻んだ野菜を入れて柔らかく炊いた飯にその身をほぐし混ぜ,1歳の子に与えたのであった。カタクチの身は,カルシウム・ミネラル等青ザカナとしての滋養を持ちつつ比較的白身に近いので,離乳食には大変よろしい。

 次にオヤジは,3歳の子の小皿にイワシを2尾ほどつまみ入れ,かつて長男にそうしたように「上手に骨をはずして食べなさい」と指示する。するとその子は,手づかみでかぶりつくのだが,なんとか舌を使って骨を出そうとする。カタクチの骨は実にシンプルで,仮に飲み込んでもノドに刺さるようなことはないので安心。サカナッ食いとしての初期修練の教材としては最適である。

 それを注視しつつ最後にオヤジは長男の皿に2尾のイワシを箸でとってやり,「骨ごと食えばおいしいからしっかり噛んで食べなさい」と言い渡す。その子は,ニコニコバリバリとイワシを噛みつつ,メシをほおばるというわけだ。こうしてアゴが強くなり,骨組織が増強されていく。これでサカナッ食いの初級は卒業。

12-(2+1+2+2)で残りが5尾。
 あとはオトナの分,ということでオヤジ3尾ニョーボ2尾でメシのオカズにするわけだ。小さなイワシ12尾の支える食卓の風景と教育の現場がここにある。そしてこれは,サカナッ食いの原点でもある。上の子が小学校にあがったら,カタクチイワシの自然界における役割を教えてやらねばなるまい。そしてその子は生涯食いながら,生き物としての自分の位置を学んでいく。

 カタクチの何がいいかといえば,まず第一に,カタクチはその小ささゆえ「全体食」ができること。青ザカナとはいえサバほど大きくなく,シラスほど小さくない。肉の味も濃からず薄からず,骨も適度な堅さで,適度なサカナ臭もある。このバランスが入門にはちょうどよい。

それともうひとつ大切なことが。
 カタクチは,食物連鎖の底辺,プランクトンのすぐ上にいるサカナだから,重金属や環境ホルモンなど有害物質の蓄積が極めて低い。対して高次のサカナ,たとえばメバルやスズキ,イカ類やマグロやサワラなど,有害物質をごく微量ながらも体中にもつ小魚類などを多食するサカナを食えば,これらの物質は集積されて高い濃度となる。これを食物連鎖による「生物濃縮」という。この連鎖の中に人間も含まれている。
 特に,同量の有害物質が食物として体中に入った場合,体の容量に対する抵抗力および解毒力を考えれば,当然ながらオトナよりも小さいコドモのほうが小さいわけで,負担が大きいのは明らか。しかも細胞が最も急速に増殖成長する時期に,濃度の高い有害物質を与えることは,子の将来に対して無責任といえる。子だけでなく,更に子の子まで影響が出る可能性もある。つまり遺伝子レベルの問題なのだ。

 であるからして,世の親御の皆様,オトーサン釣ってきたからおいしいねえ,などと言って,乳幼児にスズキやマグロやサワラやイカなど魚食性の中・大型魚を「多食」させてはいけない。あれはオトナの食べ物だ。
いや,オトナといえども状況次第ではいけない。これから子を作ろうという女性,あるいは現在腹に子を抱える母の皆様も,要注意。母自身は大丈夫だったとしても,母体から胎児ないし乳児へは,ヘソの緒や母乳を通じて,まさに「生物濃縮」が起こるからだ。

 斯様な観点からも,カタクチイワシはたいへんありがたいですね。

 このカタクチイワシで魚食いを入門すると,サカナの味と食べ方に対して極めて速やかに理解を深め慣れていくだけでなく,今後出会うであろう多くのサカナに通ずる汎用性が身に付く。その延長のには,タイやイサキやフグ,果ては酒盗やコノワタ,へしこサバやクサヤやフナ寿司などの,サカナ味の深みが待っている。
つまり,食物の形態に対する順応と対応,味の多様性に対する感受と受容,これらが柔軟に育つということだ。

ま,ご参考まで。

******************************

それにしても,ナンですな,
こうして冬から春を迎えて今年もイワシにありつけるということは,要は毎年,山陰の雪と森がもたらした栄養を,間接的に摂取しておるわけですな。

焼きたての塩イワシを,まだ肌寒い春の空気と共に噛みしめれば,なんだか大地の香りさえするような。清冽なせせらぎを育む中国山脈よ,ありがとう。

ホント,今年もいい季節になりました。
  

Posted by ウエカツ水産 at 16:06Comments(13)魚・釣・料理

2008年01月21日

新春バトウバスターズ

 なんのことかいな,といえば,サカナの“バトウ”ですよ,“罵倒”ではありません。これすなわち「マトウダイ」の山陰地方名,“馬頭”なのであります。今回はこれをやっつけに行ったお話。
年の暮れ,久しぶりに会った先輩と,我が家で脂の乗ったブリなぞ肴に飲み進めた折り,彼が言うには,今年は水温高くてヒラメが全然いけんでバトウばっかしだわ・・・,などとけしからんことをつぶやいたのが発端。激高して問いただすと,これが美保湾のスグ沖で入れ食い,ということであり,たくさん釣れるのでモテ余しているとのこと。それではバトウ料理を追究してみようではないか,ということとなって出漁の相談,ひそひそ。

 余談であるが,この先輩,先東さんは,実は境港のウインドサーファーの草分け的大御所で,50才になる今も若手の指導育成に余念がない。かつてはステーキチェーンの総支配人も務めて松江や鳥取の市中で気炎を吐いていたらしいが,腰を痛めてからは長時間の立ち仕事を断念。その後は主夫として二人の子供の世話から掃除・洗濯・メシの段取りやPTAに自治会活動,果ては奥さんの肩もみまで。あいた時間で季節の山菜採りや,傍ら,2トンの持ち船で美保湾に出ては釣った魚をほうぼうに配り,そのお返しで野菜は来るわ肉は来るわ酒は飲めるわ服まで来るわというわけで,現代の原始共産制を地で暮らしている交換経済の達人なのだ。まことに,豊かなことこの上ない。昨年大腸ガンであわや死にかけたにもかかわらず,復帰後も変わらぬ生活を営んでいる。感服している次第。

 ともあれ,朝9時頃から半日ほど行ってきた。まずはサビキで大型の瀬付き大型マアジ(ご当地名“金アジ”)を10本ばかり釣ったあと,ちょこっと移動して餌の小アジを釣って,イザ。
水深20mなのでオモリも20号。ハリス5号に角セイゴ16号の胴付き2本針でアジを口掛けして沈めたとたん,モンモンモン,と食い込みましたね。待ってましたといわんばかりだ。
 最近流行のタイカブラ用の竿は,全調子で細くて,しかし張りがあって思いのほか錘負荷も大きく,それでいて値段もソコソコ。生き餌を使った呑ませ釣りを楽しむには実にいいですねえ。いわゆる“ライト呑ませ釣り”というのか,アブのバスリールとの組み合わせでよく曲がってオモシロイ。重たくやりとりしてドターっと甲板に。40㎝ほどか。威嚇するように大きく広げた背びれがみごと。
 
 餌の小魚を瞬時にスポッと吸い込む大口をもち,体の両側の真ん中には標準和名マトウダイ(マトウ=マト=的)の由来である黒い大きな紋印が白く縁取られて個性的なデザイン。この紋がハッキリしているのが鮮度が良いシルシ。シックに落ち着いた濃いオリーブ色の肌には海藻のような流れ文様が浮き出ていて,死んで魚屋に並んでいるときのくすんだ灰色とはえらい違いだ。この文様で擬態しながら静かに小魚に接近するのだな。
 釣り上げられると浮き袋の筋肉を震わせてグッグッと鳴くのが耳に気持ちよく,このサカナ独特の,やあ釣れた釣れた,という一種ノンキな充実感がある。久しぶりの対面を堪能したところで手カギで即殺してエラを切って海水で放血,発泡に横たえて氷を魚体に触れないように少し打つ。これでよい。
 餌のアジが中途半端に大きかったので掛け損じもありながら,昼までの3時間で二人とも6尾づつ。本日は入れ食いとまでは行かず,バスターズとはちと大げさであったが,食材としては十分確保ということでサッサと引き揚げた。釣りはすべからくこうありたいもんである。短時間必要量!これオカズ釣り師の目指す処ナリ。

それにしても・・・,

 マトウダイは当地にそれほど多くいるサカナではなかったハズ。それもこんなに浅い水深で。腹をあけてみれば卵巣が成熟しており産卵接岸だと知ったのだが,基本的にはどちらかというと亜熱帯温帯から温帯にかけてのサカナ。日本でいうと南は鹿児島,日本海側では能登,太平洋側では茨城沖あたりまで。
 それと,朝方釣った金アジのことなのだが,一般的にアジの旬として知られているのは脂の乗る夏。しかし美保湾の瀬付きのマアジは,例年寒の時期にガッツリ脂の乗せる,全国知る人ぞ知る上モノ,ということで,このデッカイ幅広のやつを釣るのが正月の楽しみだったわけだが,今回釣れた30~40㎝ほどの金アジは,これが期待を裏切り脂ナシ。肉の味はあっても脂の甘味と香りは望むべくもない。どうしたのだ,いったい。

 そういえば,例年秋から12月末まで釣れ盛るワームによる30㎝内外のアジ釣りでも,ほとんどのアジが脂を乗せずに痩せていたことが思い出される。
 あきらかに餌がないのだ。この時期,冷たい北西風にあおられ接岸するカタクチイワシ等の稚魚,すなわちシラスを連日腹一杯食ってこそ,金アジは脂を蓄えることができるのだが,これがない。これはメバルにとっても同じ条件。
事実,例年11~12月を最盛期として賑わう境港のシラス漁も,異例の10月に短期の漁があっただけで,その後市場に出ていない。やはりいないのか。
 死滅したのか,どこかにいるのか。今年はとにかく釣りに出るたびに変則的なことに遭遇するため,悩みが多い。今年,海は,明らかにおかしい。心配していたことが急速に現実となりつつあるのか。

この件については別途詳細を書かねばなるまい。今は目前のバトウと向き合うべき。
本日の品書きを紹介していこう。毎度の如く,まずは下処理からですよ~。

******************************

 マトウダイをさばこうとして,あらためて手にしてみると,いったいどうしてこんなサカナができちゃったのかと自然界の不思議を思わざるを得ない。平たく丸いお盆のような体の前3分の1以上を占める大きな頭,というか顔というか。その口は普段はナナメ上方を向いて収まっているが,口を開ければ前方にズドーンと延びて飛び出し,ゲンコツが入るほどの大口。頭を切り落とすと,なんと小さくなってしまうのか。
 本来はほかのサカナと同様に腹を切って内蔵をとりだしたいところだが,刃を入れたい胸から肛門にかけては,アジのゼイゴにも似たヨロイ状の突起物が2列にびっしり並んで開腹拒否。おまけに三枚におろすときに刃を入れるべき背鰭と尻鰭の付け根には,堅いトゲがズラズラと並んで,これまた包丁を拒絶。
 
 こんなことだから,マトウダイは,進化の本流からははずれたサカナとして,分類上,別個の枝分かれしたグループとして扱われており,その仲間たるやわずかに数種類のみ。多くは深海に隠れ棲んでいる。同様に白身で体型や肉質の近いカワハギ諸君などとはイトコどころかハトコくらいの関係でしかない。
 この仲間で日本でときどきお目にかかるのは,マトウダイより深場にいるカガミダイというやつで,ギンギラギンの鏡のような色をしている。シンボルマークの“的”印は同じくあって,英名はそのままmirror dory(ミラー・ドーリー)。ミラーは鏡,ドーリーは,北米で昔から使われている手こぎの平底船のこと。要は平べったいサカナを表現した名称だ。ちなみにマトウダイのほうは,john dory (ジョン・ドーリー)との名前をいただいており,なにやらトモダチのような親しみ湧く響きですな。

でもそんなことはもういいや。
問題はコイツをどうするか,ということだ。

【 マトウダイの下処理 】
 マトウダイは次のように解体していく。通常のサカナとは勝手が違うが,おそるるに足らぬ。挑戦あるのみ。構造さえわかってしまえば,むしろ他のサカナよりもラクチンだ。

①ウロコは細かく柔らかく皮下に一体となっているので食べるのに支障はない。そこで,まず体全体をタワシでサッとこすって体表の粘液をとっておく。立派な背びれは邪魔なのでキッチンバサミで切り取ってしまう。
②頭を左,腹を手前に置き,まず頭骨の後ろに刃先を背骨に到達するまで入れ,そのまま少し手前に切り下げると,すぐに腹腔に刃が入る。そのまま内臓を傷つけないように腹皮を左手でつまみ上げながら,ナナメ右下の肛門に向けてソリソリと腹皮だけを切り進める。一般的なサカナのようなしっかりした腹骨はなく,皮と薄い筋肉のみなので,ソリソリッとな。
③ここで問題の腹側のヨロイ状の突起の連なりを,刃先を使って肛門の手前でバツンと断ち切る。
④頭は左のまま,向こう側に腹を置くようにひっくり返し,肛門から左ナナメ手前に頭の境目まで,同様にソリソリと腹皮を切り進む。そして,背骨の近くまで到達したら,ここで包丁を立てて切っ先を突き立てるように背骨を切断する。
⑤再び裏返して,右手で体を押さえつつ左手で頭を引き離すと,主要な内臓とカマ,胸びれなどが頭側にくっついたままきれいにはずれる。体側に残っているのは生殖巣のみなので,これを指をつっこんで引きはずして皿に取り置き,腹腔の背骨沿いに見える腎臓,血液などを歯ブラシでこすり流しておく。
⑥頭側についている内臓のうち,肌色の肝臓の横にある薄緑の液体が入った袋=胆嚢を,つぶさないようにつまみとり捨てる。これがいわゆる“苦玉”というやつで,バトウは特に大きい。これがつぶれると全体に苦みが回ってしまうので要注意。
⑦次に,同様に肝臓をとりはずして皿に取り置く。これはお宝。そしてもうひとつ,アジをひと飲みに納めるデカイ胃袋,これをエラ元から切りはずし,逆さ包丁で開き,内壁の粘膜を包丁の刃でしごきとり,水で洗ってこれも取り置く。この胃袋が旨いんだな。
⑧残った頭からのど元を切り,エラをカマごと切りはずす。通常カマと言えばおいしいところ,と見るのが一般的であるが,マトウダイの場合,ほとんど食うところがないのでこれはダシにしかならぬので捨てる。エラのはずされた頭の前2分の1,ここで食えるところは大きなほお肉と目玉のみ。いささかさびしいが,これも洗ってとっておきましょう。

これで頭と内臓の処理は終了。
 ここまででわかるとおり,コヤツは餌となるサカナを吸い込むために必要な大口を開くための,しなやかな骨格と,それらをつなぐ柔軟な皮膜と最低限の筋肉,そして小魚を丸ごと何匹でも溜め込むことのできる大きな胃と,いくら胃がふくれても大丈夫な伸びのよい腹皮,で構成されている溜め食い生活型のサカナである。まるで“吸い込み袋”だ。胃の消化力は強いらしく,その証拠が大きな胆嚢。ここから出る胆汁は膵臓から出る蛋白質消化酵素と合わさることによって脂肪と蛋白質の消化を助けるはたらきをする,これがマトウダイは強力なんであろうとみた。というのは余談。

体のほうにとりかかろう。

⑨全体の水気を拭いた体を横たえたら,まず問題の背びれ沿いにあるトゲトゲの内側を,包丁を立てた切っ先でヒレを支える骨(担鰭骨:たんきこつ,といいます)に到達する程度にシッポまで切れ目を入れる。背側も同様に。
⑩そして,シッポを手前にし,腹を右,背を左に置いたら,既に入っている切れ目から,トゲを避けてえぐるように包丁を身と骨の間に入れていく,わけであるが,通常のサカナのように,意識的に切り進むとけっこう中骨に身が残る場合がある。包丁の刃を入れたら,むしろ押し進めるように包丁を食い込ませていくと,骨と身の間がはがれるようにメリメリと刃が入っていく。おもしろいですね。
⑪背骨の中心まで切り進めると,背骨中央部が体型の割には太く盛り上がっている。丁寧にキワまで切り進めたら,身を少し起こすようにして背骨の頂上まで刃先を上手に使って山の頂上まで切り進めましょう。
⑫ここまでやったらそのままシッポを向こう側に回すと背側が右。ここを同様に切り進み,背骨の山越えを経て,通常のサカナであればここで包丁を立てて腹骨を断ち切って身をはずすところであるが,このサカナの場合,腹骨も細く短く脆弱なので,そのまま包丁を寝かせたまま切ってしまうことができる。これで半身おろし完成。反対側も同様にして三枚おろしだ。
⑬ここでまたまた不思議なことが。三枚におろした身側を上にして,よく観察していただきたい。まず中骨あるいは血合い骨と呼ばれる小骨が,どこを触っても見当たらない。そもそも血合いが存在しない。それどころか,一枚のおろし身が,おのずからタテ3つに分かれて皮一枚でつながっているではないか。これに近い身の分かれ方をするのが,そう,タチウオなんかであるが,全く親戚でもなんでもない。ワカランワカラン。でもまあそういうふうに出来ているということなので,分かれ目に沿って包丁をタテに入れ,3つに切り分けましょう。これで完成。

【 マトウダイの刺身および昆布締め 】
 マトウダイの身肉は,白身の中でも柔らかい部類。実家のジイサマなどに薄造りを食わせると「柔らかいフグといったところだな」などとつぶやいているが,フグほどの甘味とコクは持ち合わせていない。味の引きはいいのだが,いささか水っぽいといってよかろう。
 また,通常そこそこの体格をもった白身魚は活け締めしてからスグは甘味が乗らず,舌触りも悪く味気ないものであるが,マトウダイに限り,ちょっと事情が違う。締めて持ち帰ってスグならモッチリした食感を伴う甘味があるが,逆に硬直が終わって熟成(自己消化)段階に入ると,とたんに水っぽさを増し,甘味が低下する。姿ばかりか,味の出かたまでヒネクレ者なのだ。

 そこで,刺身そのままで旨く食うなら死後硬直終了まで。それを過ぎたら何らかの形で旨味を補ってやる必要がある。ということになるのだが,どんなもんか,食べ比べてみてはいかがでしょうか。ではやってみよう。

●刺身①(そぎ造り)
①三枚におろし,三節に切り分けた身の皮を包丁でひく。この皮はあとで別料理に使うのでとっておきましょう。
②皮側を下にしたままシッポの方から3~5㎜程度,厚めのそぎ切りとする。薄造りに非ず。このとき,包丁を寝かせた断面積の広い切り方ではなく,若干包丁を立て気味にして,ややポッテリとしたそぎ切りに造るのが,このサカナの淡味には合う。
③ワサビ醤油でも悪くはないが,肉の味が淡いため,すぐに食い飽きる。醤油に一味唐辛子少々を振って,好みでこれにレモン汁を垂らしたやつをちょいとつけて食うのもいい。

次に,同じ刺身でも,少し変化をつけていく。

●刺身②(細造りレモン締めネギ和え)
①三節に切り分けた身の皮を包丁でひき,身の表面をペーパーで拭いておく。
②身の全面に軽く塩を当て,20分ほどして表面にヌルミが出たら,皿ないしバットに映してレモン汁を絞り,しばらく身を返しながら全面に絡ませる。表面が白くなったところでよしとする。
③シッポの方から5㎝×5㎜程度に短冊状に細く切り,これに細ネギをみじんに切ったものを適量,サッと和える。これだけ。味は潮で既についているが,物足りなければ食べるときに薄口醤油少々をたらしてもよい。

このレモン締めネギ和えは,ヒラメや鯛など,ほとんどの白身サカナで通用するばかりか,アジやブリの脂が乗っていないやつなど青ザカナでやっても,塩で引き出されたサカナの旨味と青ネギのちょっとした変化,そして爽やかなレモンの酢臭くない酢締め風味の合わせがなかなかに旨く,気の利いた料理だと思う。
しかも,まな板の左側でサカナを切っておいて,右側でネギを切って,包丁の刃先と左手の指先でサッサッとまぶすように和える手軽さも,たいへんいいわけです。 

 それでも,白身のくせに,なんでややこしいことをしなきゃならんのか。黙って普通の刺身に切ってワサビ醤油ではいかんのか。というご指摘の方に説明いたしますと,
 実はこのサカナ,独特の青臭さをもっている。その臭味は,スズキのように粘液に由来するものではないらしく,皮自体に潜んでいるので,過去ログ「スズキの臭味」で述べたような塩と酒による臭味抜きではとれない。では臭味にはショウガかといえば,これには身の味が負けるときている。ワサビでも,この青臭さが若干残る。そこで食べる際にちょっと柑橘と薬味の力を拝借,というわけ。

ところが,これを昆布締めにするとなると様子が変わってくるので,これまたオモシロイ。たとえばこんな具合。

●昆布締め
①幅広の昆布を二枚用意し,たっぷりの酢を含ませたペーパーで拭いて置き,柔らかくしておく。酢で拭くことによって,昆布からにじみ出る粘り気が抑えられ,いわゆる昆布臭さが出ず,すっきりした味の立ち上がりとなる。
②柔らかくなった1枚の昆布の上に,刺身と同様にそぎ切りにした身を半分づつ重ねて全面に並べていく。
③片手の五指を酢で少しだけ湿らせて粗塩を軽くとり,両手の平の閉じた指の部分だけをコスリ合わせてまんべんなく塩粒がいきわたったら,その閉じた手指で昆布に乗せた刺身の表面をポンポンとひとめぐり叩いてやる。職人さんは高いところから振り塩,なんてやるのであるが,我々はこれで塩加減達成だ。合理的にいこう。
④もう一枚の昆布を上からかぶせ,軽く重しをかけて冷蔵庫へ。バットか皿に入れて砥石を乗せるか,もう一枚皿を乗せるか等々,全面に一様に重さがかかるよう工夫すればよい。
⑤10分後から食べられる。そんなに短時間で?と思うかも知れないが,このサカナの塩および昆布風味の浸透は早い。細胞の結合が緩いからだ。
⑥上に乗せた昆布をはがしてそのまま長皿に乗せて食卓に今日するのも昆布締めらしくてステキだが,むろん,一枚ずつはがした切り身が互いに貼り付かないように少しずつずらしてこんもりと,濃い色目の小皿や小鉢に重ねて盛りつけるのも,白身の昆布締めには似合ういい景色だと思う。ご家庭でもぜひ。

 そもそも昆布締めの味わいには「浅漬け」と「古漬け」の2つの味わい方がある。この点,それぞれの作り方も含めて過去ログ「アカミズ三昧」で少し述べた。すなわち,塩によって引き出された透き通ったサカナの甘味の奥にかすかに昆布の旨味が顔を出している,とすべきか,昆布の旨味がサカナの身肉を媒体として飴色にぎっしり詰まっている,とするかであって,いずれにせよ,中途半端だとつまらない。
 最近はいろんな店で昆布締めを出すようになったが,この中途半端が多いように感じる。総じてサカナを味わっているのか,昆布の旨味を味わっているのか,わからなくなる。それにだいいち,浅漬けはワサビ,古漬けには和辛子が合うというのに,どちらを所望していいか,こういう判断に困る味は困る。作り手の意図をうかがいたい,とまでは言わないうちに,だいたいは醤油だけで黙って食うのであるが,料理を追及するまごころに触れられるわけでもなく,半端ゆえにうるさく効き過ぎたコンブ味が,そこはかとなく寂しい。まあ現代大衆飲食業はそれでいい面もあるのでしょうけれど,日々の研鑽ないままにいつまでも同じことを繰り返しているとしたらいただけない,でございましょう。

 さて,ちゃんと段取りして冷蔵庫に入れたのに,わずか10分で取り出すなんて,冷える間もありゃあせんですな。冬場なら常温でもよしとしましょう。切り身がうっすらと半透明になったら出来上がりのサイン。
 こうして出来上がったマトウダイの昆布締め。刺身のときに感じられた水っぽさも抜けて,ほのかにコンブが香り,噛み下して飲み込むときに旨味がジワッと残る。これは,刺身よりもはるかにワサビと合うんです。逆に,刺身でやったようなレモン汁とか唐辛子やネギを用いた食べ方では合わなくなる。まずは醤油をつけずにワサビだけで味わってやっていただきたい,塩味がついてますから。じゃによって醤油をつけるときは,端っこをほんのちょっとだけね。

 このように,同じ生でも刺身と塩や酢で締めたものとでは,合う調味料も薬味も異なる。
前回の記事でサバ料理をやったときにも,刺身とシメサバで,似たような関係にモツレ込んだような・・・。とまあ,その問題は後日に回し,そのようになっているということでありますのでヨロシク。

 淡味なものほど淡味な調味が合う,というのは例外もあるにせよ,素材の味を前面に出そうとする限りは概ね合っており,その点,マトウダイの生食い方法のご紹介は,この程度で止めておこうかと思う。ほかにも皮付きで1㎝厚の短冊に切りつけた湯引きをポン酢で食うなど,そこそこ旨い食い方もあるにせよ,湯引きに要求されるシコッとした食感が弱いと思うし,あるいはたとえばかのカルパッチョなどやろうものなら,すっかり油や香辛料に負けてしまうほどの淡味なのであるから,あんまりいじくるべきではないと存ずる。

 とはいえ,せっかく釣ったマトウダイ。加熱すれば生とはまた違って,ガッツリと醍醐味を味わうことができるので,それらのうちから2点をご紹介。特選バトウ料理である。

******************************

【 マトウダイの塩焼き 】
 水っぽくて味が薄いと言われがちなマトウダイ。これを単に塩焼きにしただけでは,これまた味の薄い塩焼きなのではないか,とご心配の皆様,これが焼くとなると大変身。加えて,ちょいと小技を使わせてもらいます。

①焼くときに邪魔となる大きな背びれをキッチンバサミで切り取り,包丁の刃先を使ってエラと体をつなぐ膜をぐるりと切り,エラの付け根を断ち,そのまま内臓と共に抜き取る。②体の右側の腹側下方を胸から肛門にかけて切り,残った内臓をとり除き,背骨に残った血合いをこすり取り,腹腔内および体表の水気を拭いておく。
③体側の紋印があるところを中心にバッテンに,骨に到達する程度まで切れ目を入れる。通常,サカナを焼くときの切れ目は,首の付け根から尻ビレに掛けて一本入れるだけにしているが,こいつだけバッテンにする。これにはワケがあるので後述。焼くときにワカル。
④手を少々濡らして粗塩をつけ,ペタペタと薄く全身および腹腔内にも塩をして,そのまま30分置く。本職さんは尺塩なんて振るところでしょうが,全体に塩をまわしたいとき,これのほうがよい。我々は,これまたこれでよし。
⑤うねり串を打ち炭火で焼くのがいいが,図体が入るならばグリルでもOKだ。サカナを入れる前に十分予熱しておくことをお忘れなく。
⑥焼く寸前にあらためて軽く塩を振るわけだが,これまた少しだけ湿らした右手指に粗塩をまぶし,グーに握った手をパッと開くと塩粒が飛び散る,これを利用するのです。名付けて「散らし塩」。ははは。これを2,3回やれば,まんべんなくサカナに塩が振られることとなる。やってみて下さい,上手にムラなく塩が当たりますから。塩を振ったら即座に焼きに入りましょう。
⑦腹を切った右側から中火焼き始め,7割火が通ったところで裏返して少し火を強くして3割を焼き上げるタイミング。慣れないうちは,ずっと中火でも問題ナシ。なのであるが,他方,別の問題が発生するであろう。なにしろ平べったいデカイサカナであるゆえ,狭いグリル上で裏返すのは至難のワザ,とお悩みでしょう。そこで,焼き上がった魚を乗せる大きな皿を取りだしまして,グリルの網から長い菜箸で魚体を支え上げてソウッと皿の上にスライドさせ,こんどは菜箸で魚体を抑えつつ,左手で皿を持ってゆっくりひっくり返し,体重が菜箸に移ったところで再びソウッとグリルの中へ送り返してやると,この問題は解決する。そう,大きなフライパンいっぱいの大きなオムレツを焼くとき,ひっくり返すのに蓋を使うでしょう。あの要領です。
⑧焼き上がりのタイミングは,皮目が所々香ばしく焦げ目を伴って焼き上がり,バッテンに切った身や頭についているホオ肉が,ピリッという感じで骨から浮き上がり始めたあたり。
⑨さてさて,この塩焼きは,焼き上がる少し前に準備が必要。まず,使うのは先ほどサカナを裏返すのに使った皿で結構。バターの小片をこの中央に置く。雪印なんかが出してる“切れてるバター”,あれ,便利ですね。あれをひとかけ置きます。その上にグリルから出してきたばかりの塩焼きを乗せる。サカナの熱の下敷きになってバターは溶けていく。そして,塩焼きの上面の皮にも,更に少量のバターを薄く塗りつけるのです。言っておきますが,“バター焼き”ではありませんよ,“バター塗り”であります。バターがほぼ溶けてなじんだところで一呼吸置き,熱々を食べてみい~。その味に,ヘエーッ?とオドロキますぜ。

 この「塩焼きマトウダイのバター塗り」は,我ながらそのまんまギクシャクした命名ではあるけれど,みごとにマトウダイの弱点を補ってパンチを引き出した料理だと思う。
 まず,焼き進むうちにお気づきのこととであろうが,バッテンに切った身からしたたり落ちる水分の量がハンパでなく多い。わざわざ一本でなくバッテンに切っておいたのは,これが狙いだ。マトウダイの場合,水分が落ちることによって旨味が逃げてしまうことなく,本来の柔らかい身がギュッと締まって食感と旨味濃度が増大するのである。そして青臭かった皮は,焦げ目の香り立つおいしい皮に大変身。バコーンと大きな頭の両側には,でっかいホオ肉がこぼれんばかりに反り返っている。これを噛みしめるとジャキジャキと言わんばかりの歯応えの気持ち良さ。
 
 そして,なんといっても,“なぜサカナの塩焼きにバターを塗らんといけんのか”,という問題は,香ばしく焼き上がったマトウダイの皮と肉が伝える少しの塩気と控えめな甘味に,角度の違ったバターの塩気とマトウダイが持ち得ない濃厚な風味の合わせ技,これを味わうときに,全て解消されるので,ご心配なく。
 
 まずは,バターが塗られた皮目がパリッとしているうちに,これを締まった身肉と共に口に運ぶのがおいしさのコツ。これは野趣に富んだ旨さだ。
 そして次に,皮から徐々に流れて,ほぐれた白身に染み入っていく淡い黄色のバターのゆくえが気になり始めた頃,その染みこんだあたりが,また別の,こんどは上品な旨さ,なのですよ。
 ビールなど飲みつつ夢中で食い進み,そこで裏返してもう片面に移るわけであるが,そう,サカナの下には皿の中央にひとかけのバターが置かれてありましたね。これが,今になって効いてくるわけです。人生すべからく布石が大事。段取り八割。これを仕組んでおいたおかげで,こんどは最初からじっくりバターに浸されてしっとりした皮と身肉とが深くこなれた味が味わえるというわけ。ひたすら食い進んで骨だけとなり,大きなホオ肉を噛みしめ目玉をちょっとつついたら,これで終了。

 うーん,なんでしょうな,この旨さは。
 バターとサカナを合わせたといえば,誰でもすぐに思い浮かぶのが「ムニエル」。これはいわゆる「バター焼き」とは似て非なるもので,バター焼きがサラダ油の代わりに少量のバターを用いた一種の“焼き物”であるのに対し,ムニエルとは,小麦粉をはたいたサカナの切り身を,多めのバターでじっくり火を通した,バターの少ないバター煮に近いもの。じっくりやるのでじっくりバターがしみわたるのであるが,これは西洋での白身ザカナの定番料理のひとつ。
 ムニエルは,たしかにアチラと同様にシタビラメやマスなんかでやるとじっくり旨いには違いないのだが,日本人の舌にはいささかしつこいのではあるまいか。その点,ここでご紹介したバター塗りの塩焼きマトウダイには,ムニエルにはない,小麦粉ではなくサカナ本体が発する皮と身の香ばしさと,濃厚な中にも後味のキレがよい潔さがあるように思う。バターソースなんて凝ったものではなく,単にほどよく焼いた塩焼きにバターをサラリと塗っただけのもの,このシンプルさが味を美しくしているのではないかと思う。その証拠に,洋酒はもとより冷酒にも実に合う。
 
 食を通じての私とマトウダイの因縁は,サバほどではないにせよ,実は深い。
遡ること二十数年,豪州はシドニーという街の小湾のほとりで暮らしていた折り,生きた小アジや小ダイを餌にしてマゴチ,これも1m近いマゴチがいるのであるが,これを狙っているときに,時々マトウダイも顔を出していた。だいたいが50㎝級だ。
 当時中学生であった私にとって,日常生活の中で陸から身近に釣れる大型のサカナといえば,第一にクロダイ(オーストラリアキチヌ),そして小さなボートを漕ぎ出してのマゴチとマトウダイくらいなものだった。良型とはいえ,刺身にすれば大味であるのが大陸ザカナの悲しいところ。中学生の未熟な料理であるから,結局,釣ってきた獲物は煮つけか吸い物にするか,バーベキューコンロの炭火の上で塩焼きになる運命であったわけだが,いずれもとりたてて旨いと褒められるレベルのものではなかった。刺身にいたっては,沿岸魚であえて旨いサカナを挙げるとすれば,脂が乗らなくても肉の甘味は裏切らないカワハギの類くらいであったと記憶している。
 
 味気ない魚たちがひしめく中にあって,マトウダイ,すなわち当地で言うJohn Doryはひときわ輝いていた。今思い出しても日本のマトウダイと味に遜色はなかったと思う。
 事実,豪州国内,特に東部海域における人気魚のトップに,マトウダイは君臨していた。豪州人にとってもやはり旨いモノの食い分けはあるということであるが,いかんせん食習慣は越えがたいとみえ,フィッシュ&チップスの材料から大きく抜け出せるわけでもなく,せいぜいがムニエル,あるいはホイルに包んだ蒸し焼き,あるいはそれに類する西洋料理といったところで,こうなると,はたしてこのサカナでなければならないといった食べ方ではない。

 そんなある日,定番のクロダイが釣れたため炭火焼きとしたのだが,この日は少し焼きすぎて,身がやけにバサついてしまった。味としては素朴ではあるが,とても旨いといって食えるものではない。そこで思いつきでサラダ油を少々たらしたところ,これが正解で,ギシギシバサバサが和らいで食えたのだった。ついでにコショウ少々を加えると,本来の塩焼き味からは離れるものの,これもオツであった。
 ということで,“バター塗り塩焼き魚”は,この体験の延長にあるひとつの形態だ。油で焼くのと,焼いたものに油をかけるのでは,同じ材料でもずいぶん味と風味が違うということに,しくみとして気づいたわけだ。
 以来,脂の乗っていないサカナを次々と釣っては焼き,バターを塗ってみた。結果,マダイ(ゴウシュウマダイ),クロダイ,マトウダイ,タカノハダイの仲間など,ある程度大型で,おおぶりな筋繊維をもち,その結合が緩い大陸の白身のサカナ,すなわち“大味なサカナ”であれば,全てOKという結論に達したのである。こんがり焼いて,バターぬりぬりだ。これだけで,大味だったこれらのサカナが、ちょっと小粋でしゃれた味わいに化ける。
 一方,コチやホウボウなどのように,筋繊維が細かくギシッと身が締まっているサカナには向かないようであった。皮目の弾力が強い上に,身に脂がなじみにくいのである。従って以後滞在中,チヌ以外では,特にマトウダイを集中的に追い回す日々を送ることとなった。釣れればその旨さが脳裏に走り,単純にウレシイ。生き餌を餌にして釣るヒラメやアカミズ,ブリなどに比べれば,けして釣り味が良いわけでもないのに,マトウダイが釣れるとじんわりとウレシく感じるのは,この私的体験によるところが大きい。

 このやり方が旨いとはいえ,日本で同じサカナを用いて同じことをやってみると,味が全く同じだったのはマトウダイだけで,あと近かったのはクロダイくらい。その他の白身ザカナでも,当然合わないはずもなかろうが,そんなことをする以前に既に十分いろいろ旨い日本のサカナでやるのは,いささか勿体ない,というのが結論。従って我が家では,焼き魚のバター塗りは,マトウダイの特別料理として存在するのである。
 でも,たまにはチヌでもやりますね。厚い皮がバターとなじむとモッチリして,これまた特有の味わいを醸すのがいい。
 
*******************************

 さて最後に,日本の郷土料理の中からひとつ紹介しておきたい。
これはマトウダイだけではなく,白身魚はもとより,サバやブリなどの青ザカナにも合う,浜の家庭料理だ。その名を「さしがみ」という。

 「さしがみ」とは,私が漁師修行をしていた長崎県野母崎に伝わる食べ方で,しくみを言えば,濃い甘辛醤油の煮汁を鍋に沸かして唐辛子をちぎり入れ,そこにサカナの切り身を短時間浸して表面を加熱調味したのち即食べてしまう,いわゆる“煮食い”スタイルの料理である。
 同様なしくみの料理は実は各地の沿岸地域に分布しており,その名もさまざま。たとえば九州北部から対馬を経由し島根県隠岐島まで分布する「いりやき」は,サシガミと同様に醤油ダシを用いた煮食いであるし,島根県大田から浜田にかけての沿岸に行けば,濃い醤油で骨ごとぶつ切りにしたタイやカワハギ,ノドクロ(アカムツ)などを煮食いする「へかやき」がある。
概ねこれらは濃味甘辛系の煮食いであり,本来はほとんど野菜を使わない。入れるとしても白菜とタマネギや長ネギくらいなのだが,熊本から天草地方にかけての「さしつけ」のように,薄口醤油を用い,すっきりした魚ダシで,いろんな野菜とともに味わうタイプもある

 濃い甘辛醤油汁の煮食いといえば,思い出されるのは有名な「すき焼き」。“すき”は鉄製の農機具「鋤」であり,島根のヘカヤキにおける“へか”も同様に農具につかう鉄の部分であるとのことだ。また,いりやきの“いり”は“煎り”であり,フツフツ,あるいはジクジクとたぎる煮様を指す。「さしつけ」は,互いに向かい合って箸でつつく“差し”と入れてダシに“浸ける”,すなわち“互いに鍋の中に食べ物を差し入れ合う”の意であろう。使う道具を指すか,料理行為を形容するか,の違いだ。
 現代においてはスキヤキだろうがイリヤキだろうが,農機具は当然使っておらず,使用する専用鍋が浅い鉄製の鍋である点のみ,かつての名残をとどめている。
そして,サカナを材料とするこれらの形態を,上方では総じて「魚すき」とも言うし,サバを使ったイリヤキを「サバスキ」と呼ぶ人もいる。いやはや混乱気味。

で,ちょいと横道にそれて整理すると,

 東シナ海に面した九州西部に在する長崎,特に五島列島は,青ザカナの群れを大きく囲んで獲る「まき網」発祥の地。それまでの大型漁業といえば,せいぜい定置網であって,いわゆる“待って獲る漁業”の範疇を出なかったわけだが,ここから飛び出て大きな機動力をもち,多方面に漁場を開拓していったのがまき網だ。
 これが対馬暖流に乗って,日本海を北上しつつ伝わってきたということで,北九州を経て,まき網の停泊地であった対馬,同様に隠岐,新たな漁業基地としての境港,と伝搬してきたわけだが,当然,まき網船員のつくる出身地の料理も,それぞれの地に伝わり,また土地の味覚・風土に合わせて変化してきたと考えるのは自然である。

 たとえば境港など,実はほんとうの“じげ者”は3分の1程度で,大部分が九州,対馬,隠岐などから渡来した,食文化で言えばもともと多様性のるつぼ。そんな中で,境港では青ザカナがたくさん水揚げされるので,中でも脂の乗ったサバを用いた煮食いとしてサバスキが定着したということであろうと思う。が,同時に,似たようなサバ料理をイリヤキと呼ぶ対馬や九州出身の境港人も同じ町内に同居しているわけだ。
 このように,サバを煮食いする沖ないし浜料理のかたちは,ひとつはまき網の伝来によってもたらされた経路があったと推測され,今でもまき網が盛んな地域では,引き続き素材はサバを踏襲するかたちで残っている。鍋に唐辛子を入れるかどうかは,地域によって異なる。

 一方,まき網の立ち寄り港ではあったが地域漁業としては定着せず,脂の乗ったサバがあまり獲れない地域では,料理の形態だけが残り,それがたとえば底曳き網漁業が盛んな島根県西部であれば,いろんな底魚を使ったヘカヤキとして残り,また,対馬などであれば,対馬地鶏や沿岸の磯ザカナを使ったタイプのイリヤキとして現存している,ということではないかと思われる。
 各地煮食い来歴の診断ポイントとして,「その煮食いはサバかサバでないか」,「煮るダシは,醤油甘辛汁か薄い飲める程度のダシか」,「唐辛子は入れるか入れないか」,「その地の漁業としてまき網は存在するかしないか」の4点で見ると,伝搬経路が見えてきておもしろい。ただそれだけのことなのだが,煮食い談義は尽きぬ。

 さて,いろいろあるなかで,ワタクシといたしましては,やはりサシガミ,なのであります。名称に対する愛着の問題。サシは,互いが向き合って“差し合う”であるし“箸で差し入れる”の意でもある。“ガミ”は“噛み”であって,実は熊本から長崎にかけて,地域的ではあるが,“食う”ことを“噛む”という。つまり“互いに向かい合って同じものをツツきながら食う”という,人間同士の関係としては根幹にかなり近いところでつながるステキな表現であって,いい言葉だなあと思う。
 ちなみに“噛む”については,たとえば「今日はウチでご飯ば噛んでいきんしゃい」とか,「はようメシ噛まんば,学校に遅るっぞ~」という具合に用いる。ただしほとんどがジサマバサマの用法であって,最近は聞けなくなりました。だから,よけいに懐かしさがあるんだろうなあ。

それでは,サシガミの作り方を。
 本来,野母崎で私が食っていた頃は,冬場にカゴで大量に獲れるカワハギを使ってやっていたもので,獲りたてのカワハギの短冊身がコリンとして旨いものであったが,マトウダイでやると,少しふっくらとして,皮の青臭さも消えて優しい味で,これまたなかなかに旨い。

【 マトウダイのサシガミ 】
①三枚におろして3つに切り分けた身を,皮ごと厚めにそぎ切りにして皿に盛る。
②下処理のときにとっておいた,卵巣(あれば)を2つに切り,肝臓は3つ切り,胃袋は短冊切りとし,頭と共に水気をきって別皿に盛っておく。刺身にした残りの皮があれば,これも大雑把に切って共に入れておく。
③白菜は葉を重ねて横方向に1㎝幅,タマネギは立て半割してクシ切りに1㎝幅とする。
④平鍋ないし土鍋に3㎝ほど酒を注ぎ(水で割ってもよいが半々を越えぬよう。水っぽくなるので),濃い口醤油を加えていき,塩気が決まったら,砂糖を少しずつ加えて甘辛に調整する。身がゆるいサカナでやる場合には,ミリンを用いてもよい。
⑤ここに唐辛子一本の種を抜いて半分にちぎり入れ,いったん沸騰させる。唐辛子は生ないし生の凍結ものであればなお風味がよいが,お子さまのおられるご家庭では,入れないがよろしい。食べる際にオトナが各自,柚コショウなり一味あるいは七味なりを振ればよい。沸騰してアクをすくったら,フツフツたぎる程度の火加減まで落とす。これで準備完了。
⑥まず,脂分を補うため全ての肝臓を,そしてダシをとるため頭を放り込んでおく。そして,各自が各自の切り身を箸でつまんで煮汁の中に入れ,我が切り身を注視する。煮加減は好みであるが,入れたらまず箸で揺すって生臭みを落とし,次に表面がまんべんなく白くなったところでもう一度揺すって取り出すくらいのタイミングが旨いように思う。
そのまま小皿で受けながら,ポンとほおばり,次の切り身に箸をのばす,といった具合だ。
⑦次に野菜をパラリと入れるわけだが,一気にたくさん入れないよう注意。温度が下がってサカナに生臭みが出てしまうので。野菜を入れたら,しばしじっとしていると,白菜やタマネギの切ったカドが,うっすらと醤油色に染まる。これが最高のタイミングで,ほどよく生でほどよく煮えた状態。味バランスも甘すぎず辛すぎずでよろしい。
⑧これらの合間に,卵巣や胃袋も入れていき,若干火をしっかり通して食い進む。そうこうするうちに,肝臓もふっくらと表面が色づき煮えてくるので,醜い奪い合いをせぬよう,控えめに,かつ深く味わっていくべし。頭は目玉とほお肉を食ったらあとの骨は邪魔なので取りだしてしまおう
⑨各自小皿を受け皿にするのが基本であるが,椀に盛った白飯を受け皿がわりとして酒宴のシメをとりおこなうのもヨロシ。煮汁がご飯に染み落ちていくあたりを半煮えの切り身と共にサッとほおばれば,言うことナシで完結できる。

 このサシガミという料理の何が一番いいかといえば,それこそ互いに差し合って差し入れ食い進むウチに,融和,というのでしょうか,それが生まれるのでありますなあ。
 気兼ねない相手であっても,互いに少しだけ気を遣いつつ差し合う。あ,それ,もう煮えてんじゃないの,かなんか言い合って,酒も酌み合って,おいしい肝が煮えたら暗黙に分け合って,時は少しずつ過ぎてゆく。煮上がったものが出てきて各自が食う煮付けともちがうし,奉行が采配をふるう鍋とも違う。味もさることながら,サシガミがとりもつ空間は,時間の流れ方が違うのである。
 家族でやるなら,オトーサン・オカーサンが子供に煮え加減などみてやりつつイイトコとってやって,それぞれに白メシほおばんなさい,と。
 汁が煮詰まってきたら,オトナの席だったら酒を足せばいいし,子供がいるようであれば水を足せばいい。以下,くり返し。火加減は沸騰しないように注意するだけ。メシも食い終えて,もういいやとなったなら,残った汁に残りのサカナや野菜やら全部つっこんでひと煮立ちさせ,翌朝台所で味が浸みるままに冷たくなってるやつを,朝の熱々ごはんでくうのも,またまた至福のおいしさだ。

******************************

 毎年北西の風を聞くようになると,私は,かつて真冬の野母崎沖の船上で,かじかんだ手で引き揚げたカゴの中にペンペンと踊る太ったカワハギの愛嬌と,船長と共にセッセと竹を裂いてカゴを準備した秋の日だまりの作業や,その空気の匂いなど,天高いトンビの鳴き声のひとつふたつ,そしてなんといっても,寒い漁から戻ったあとの巣ごもりのような、熱く賑やかに暖まるサシガミ鍋の煮立つ香りと旨さを,手で触れるほど鮮明に思い出す。これからもサシガミを囲む相手や家族や季節とのつながりが,海の豊饒と共に続かんことを願うばかりだ。

 今期,沖にはまだたくさんのマトウダイが,ノホホンと泳いでいるにちがいない。夢の中までグーグー鳴いて,我が胃袋を刺激するニクイやつ。また釣りに行ってやるから待っていてほしい。
  

Posted by ウエカツ水産 at 17:48Comments(5)魚・釣・料理

2007年06月12日

あれやこれやのイカを食う

久々の更新です。いつものぞいてくれてる方、ごめんなさい。
リクエストがあったので,イカの話を少々。

 過日,友人からの電話が入り,近場だったのでちょいとのぞきに行った。アオリのキロオーバーを頭に800~900g前後を計4つ。子供を連れて短時間の“サンダルフィッシング”の結果だ。釣り方は・・・コウイカのやさしい釣り方と同じ。竿いっぱいしゃくって2回リールを巻いて,数秒待って,またしゃくる,のくり返し。なかなかにノンキでよい。その友人の“人となり”に合った,まことに優雅な釣りっぷりであった。その後彼は調子づき,毎日のようにちょっと出かけて2杯3杯と大きなのを釣ってきては,ひとにくれてやったりしている。冷蔵庫がわりか??!

 そもそも,その場所で周りを見渡してもイカ釣りなんかしている者はいない。よくぞスキマを当てました。このヒトは,釣ることにギラギラしていないのに,あるいはしていないがためか,このようなケースが多々ある。一緒に釣りをしていても思わぬ行為に及んで釣ったりするので楽しい。またそれを参考にして,コチラは更にスキマワールドを広げていくのである。

 こんなこと言ってはイカを真剣に狙っている方々に失礼ではあるが,イカは,概ねサカナ以上に釣りやすいと思う。というか,釣れる釣れないがはっきりしている。サカナ以上に正直である。水温に対しても餌の動きに対しても無理やムダが少ない生物だ。やせ我慢をしない。サカナよりも身体機能が単純で水に近いので「恒常性が低い」=「急激な環境変化に対する適応性が低い」→「環境が体に合わなければジッとしてるかサッサとどこかへ行く」,ということでもあろう。
 腹が減っているイカが居て疑似餌が目に付けば,特殊な事情を除いてほぼ数投めで釣れるから,釣れなければイカ同様にサッサと移動するか帰るのが賢い。潮待ちしても釣れるとは限らない。船でイカを追いかけてみると更にそれがよくわかる。イカ釣りは,次々と釣れるところに行ってこそ釣るものだ。
 かといってたくさん釣ってもすぐ食い飽きるし,ヒキが単調で釣り飽きもする。このへんが,他のサカナに比べてイカ釣りにあまり食指が向かないワタクシの理由でもある。

 さておき当日,現場着早々に,「イカ,持って帰ってね」と言われたためか,オカズが既に確保済みの状況下では釣り意欲もあまり湧かず。
 というわけで堤防に寝っ転がって3杯のイカを入手。久しぶりの透明なイカです。
さて,どうするか。食べ頃サイズは1杯。キロ手前の大きすぎるのが2杯。

****************************

今回は,いろんなイカを題材とし,その料理素材としての特質を考察する。
イカをより旨く食うのがテーマ。

****************************

1.素材としてのイカ

(1)イカの味は直球である、ということ

 口に含んで噛めばスグに旨味が舌に来て,その後の広がり,すなわち味の複雑さが少ない食べ物。これはイカもそうなのであるが,だから食い飽きるのが早い。旨くても直線的で単調なのである。旨くても,ズーッと同じ旨さなのである。たとえばイカそーめんが旨くて丼に一杯食えるとしても,直球の味をガッと短時間でかきこむからいいのであって,ゆっくり時間をかけて味わっていては,急速に飽きてゆくのである。想像してみてほしい。
 これはイカの身体の構造上も言えることだ。イカを解体すると,胴体,ヒレ,内臓およびそれを支える筋肉,脳を包む軟骨を含む頭周り,触腕およびその他の腕,と,これだけしか味わえるパーツがない。軟体動物イカ類の宿命である。そして,これらの味覚の質的違いは主に食感によるものであり,実質味の差はほとんどない。

 対して魚類は,頭およびその周辺,各ヒレぎわ,背側・腹側,体の前後,各種内臓および内臓周り,スジおよびスジ周り,残りの骨および付着した肉,ウロコやヒレさえも等々。それぞれの味わいが,食感のみならず,旨味の構成要素も多段階的に微妙に違い,さすがは脊椎動物のハシクレだと感心する。

 でもイカはイカなりに,イカようにもイカしようがあるとも言える。ほぼ均一な筋肉および直球単純勝負の旨みしかないので,あとは時期,サイズ,下処理,調理法および調味の選択によって変化をもたせるしかないのではあるが,適切な選択の元,他の素材・調味との合わせ技を使うことによって,イカは多様に化けることができる。食料品店の珍味惣菜コーナーを見ても,イカが原料のものが多いのもこの理由による。この汎用性の広さと柔軟さがイカの強みだ。
 

(2)イカの臭みついて

【イカの生臭みと水気の管理】
 上述した,味覚上および体構造上の特性に加え,イカ類には生臭みの問題がついて回る。
およそイカ類は水,特に真水と相性が悪い。というのは,体自体がかなりの水でできているため,ひとたび命を失えば,触れる水の匂いや味,色などの影響を受けやすいからだ。
 氷や水に直接当ててはいけない,というのも同じ事で,これは最近は本職のみならず,釣り人にも広く知られるところとなっており,釣ってからも必ずビニール袋に,できれば一杯ずつ入れて持ち帰る。販売上は色の面もあるにせよ,味の面では,イカの細胞は外界に対してほぼむき出しなので,水を吸いやすいからである。水を吸って硬く白くなった状態,これを水ヤケまたは氷ヤケという。当然,味は急激に劣化する。このあたりをまず最重要課題として押さえておきたい。

 また,温度的鮮度維持のみならず,釣り上げたイカを締めておくと更によい。イカの場合,サカナと違って締めるとは脳を破壊するのみであるが,その脳はどこにあるか。イカのヒレを上側に足を手前にして置き,目と目の中心を線で結び,そのちょっと上の堅いところ。ここがイカの脳の所在地であり,軟骨に包まれて鎮座している。これを細い棒や針金で突いて壊してやればよい。うまく脳が破壊されたら,生きたイカの体表がサッと白く変化して動かなくなる。これで完了。

 余談であるが,水産立国境港ということで,当地では地のサカナも多く揚がる。他県の方々はこれをもってさぞかし旨い魚を食わせてくれる店が沢山あるのだろうと推測するが,ちゃんとしたところは多くはない。まずイカは,どんなに地物であっても刺身ではあまりいただけない。店によって多少はあっても要は生臭いのである。
 それほど保管・取扱いが難しい素材ということだ。微塵もイカの生臭さを感じさせない店は、残念ながら意外と少ない。イカの下ごしらえをちゃんとしている店ならば,長くつき合う価値がある。

 まあそんなわけで,イカを調理するときには身肉に触れる水気に細心の配慮が必要となってくる。その水気とは,たとえば手の水気,まな板の水気,包丁の水気,フキンの水気,皿の水気等々。これら水気を十分に管理して極力触れさせないことが肝要だ。
 また加えてイカは,他のサカナ以上に「鮮度が命」であることは言うまでもない。せめて肉が半透明なうちに下処理をおこなわなければ刺身としては失格となる。イカの体は死後もしばらくは細胞が活きているので,この状態であれば,水や雑菌に対する多少の耐久性が残っている。体表面をちょいと撫でたら体色素が明滅する状態。これがあるうちに,すばやく処理して一気に水洗いし,新しいフキンやペーパーで水気をキッチリとり,更に薄皮が固いイカでは絞ったフキンでこれをこすりとる。吸水シートで挟んだら速やかに冷蔵庫に保管し,一両日中に食う。これら作業を,手を冷やしておいて,万事速やかにおこなう。 
 ここまでやって,ようやく初めてマトモな“イカ刺”が食えるのである。高鮮度と神経の行き届いた水気管理処理が両立しなければ,イカの本当の味には到達しない。この摂理に叶う最前線に居る者,それが釣り人である。精進すべきであろう。

【イカ固有の臭味】
 さて,ここまでの「生臭さ」とは別に,前回のスズキ同様,イカも種類によって,「種類特有の臭味」をもっており,また種類ごとに臭味の度合いに差がある。境港の代表イカ6種を掲げて順位をつけてみると,ヤリイカ<ケンサキイカ<スルメイカ<コウイカ<モンコウイカ<アオリイカ,となる。もう一種類,巨大に成長するソデイカがいるが,一般的ではないのでここでは据え置く。
 この順位を見てもわかるとおり,これは体表粘液の多さの順位でもある。従って,へたに取り扱えば,これらの臭気が肉に移りやすい。
たとえばアオリは世間で高級イカとしてもてはやされる傾向にあるが,時々,釣り人の中にもアオリってクサいと思うんですけどと告白する者がいるし,境港のように,新鮮なケンサキやスルメイカを食いつけている者からすれば,やはりアオリやコウイカはクサイ,ということになる。だから境港におけるこれらのイカの値段は驚くほど安い。

 で,諸事情により身肉に臭味が移ってしまった場合,あるいは元来クセが強い種類である場合,それを誤魔化す処理なり料理なりにするのがよい。酒や油や酢,香辛料による臭みのマスキング,あるいは加熱して臭み成分を凝固ないし蒸散させるなど,手法はいろいろある。沖縄でコウイカを生で食べるとき,刺身に切ったのをザルに入れて海水中でジャカジャカ洗う。そうするとおもしろいようにアブクが出てくるので,これがおさまったところで真水で洗って出来上がり。これを甘味を抑えた柑橘系(沖縄ですから“シークァーサ”)の酢味噌で食う。イカに特有の臭味があることを認識した合理的な調理法である。

 おもしろいのは,臭みを消す方法もあれば,他の匂いのあるものと合わせた結果,逆に風味が向上することもある点だ。これはイカに限らず,他のサカナにも当てはまることがある。
たとえばイカの塩辛はどうか。いかに細心の注意を払ったとしても,スルメイカ特有のクセや臭味は出る。が,イカ塩辛の出来・不出来は,その匂いが「臭味」となるか「風味」となるか,この違い,この一線にある。
 また,中華やイタリアンでは,ニンニクや青梗菜やセロリのような香りのキツイ野菜と合わせると臭味が緩和あるいはマスクされてイカの旨味が前面に押し出されてくるし,他の匂いがきついものと合わせるという意味では,後述する「イカ納豆」などは,刺身の延長にある和え物ではあるが,極めて完成度の高いイカ料理と言うべきであろう。
刺身にしても湯引きにしても,イカのクセをわかっている人はワサビでは食わない。ショウガ醤油なのである。

****************************

イカを旨く食うための取扱いの要諦は以下の如し。

● 鮮度を第一とし、保管・輸送にあたっては水または氷に直接当てないこと
● 下処理にあたっては,必ず手を冷やし,手早くおこなうこと
● 処理・保管にあたっては,水気の管理に十分配慮すること。

****************************

2.イカの解体

 さて,適切に持ち帰ったイカを,速やかに下処理しなければならない。
まず,イカのもつ背骨の種類で解体方法・下処理が異なる。
すなわち,
(1) 体の中に柔らかい透明な骨を持つもの(ヤリイカ,ケンサキ,アオリイカ等),
(2) 体の中に固い骨(甲羅)をもつもの(コウイカ,モンコウイカ等),

 なお,料理の下処理として,胴体を切る場合と切らない場合がある。たとえば丸煮や丸焼きはもとより,イカの胴体に飯を詰めて炊き上げるイカめしなどは,胴に包丁を入れず,足と内臓を引き抜いてから洗い,内外の水分をふき取っておく,というように。

(1)柔らかい透明な骨をもつイカの場合
① 手を十分に水で冷やし,イカをスバヤク流水で洗い,足を手前,潮吹き(噴水口)を表にして置く。
② 潮吹きのすぐ上から胴に逆さ包丁を入れはじめ,先端まで切り裂く。このとき深く包丁を入れると,内臓や墨袋を壊してしまうので注意。
③ 胴の身の手前を押さえ,頭・足を持って先端へ向かってめくるように引くと,内臓も一緒にとれる。
④ 胴の身から透明な骨と,胴身に残っている1対の白いエラをはずし,薄皮を固く絞ったフキンでこすり取る。
⑤ 胴の身の外側の皮を,ヒレと共にはぎ取り,薄皮を,同様に固く絞ったフキンでこすり取る(ただし,薄皮取りが必要なのは,主にコウイカ類とスルメイカ。アオリイカとケンサキでは大型の場合のみ。また,ヤリイカでは必要としない。)
⑥ 足・頭・内臓が一体となった部分は,目のすぐ上あたりで2つに切る。上半分の方についている肝臓を利用する場合は上方からはがすように破れないようにこれを取り除き,たっぷりの粗塩にまぶしておく。後でイカスミを利用する場合は,このときに墨袋のみをつまみはずして茶碗に入れ,日本酒を振りかけておく。外観は銀色がかって肝臓にへばりつくようにくっついている細い袋,これが墨袋だ。
⑦ 内臓を支える筋肉(この筋肉は,全てのイカ類において最も柔らかい部分)を他の内臓からはずす。下の方の頭にタテに包丁を入れて開いたら,その切り口から両方の目玉とボール状の筋肉に包まれたクチバシ(カラストンビ)をつかみとる。このとき,目がつぶれると汁が勢いよく飛ぶので注意されたし。
⑧ 開いた頭の軟骨に包まれたクリーム色の脳をほじくりかえしてよく洗い,胴身,内臓筋,ゲソとも全ての水気を拭き取ったら下ごしらえ完了。
(注意!)ただし,柔らかい骨をもつイカの中でも,アオリイカだけは粘液が異常に多いので,頭,内臓筋,ゲソは,別途(2)-④で述べるコウイカのゲソと同等のヌメリ取りが必要となる。

(2)固い甲羅をもつイカ(コウイカ類)の場合。
① 足を手前に,甲羅を上側にして置き,甲羅を覆っている皮の手前の方をつまみ上げ,これを先端に向かって削ぐように包丁を入れる。
② 甲羅が露出するので,これを手前から持ち上げるようにはずす。
③ 胴身の手前を押さえ,足を先端方向にめくるようにして内臓ごとはずす。このとき墨袋を壊さないよう注意。後でイカスミを利用する場合は,墨袋のみをつまみはずして茶碗に入れ,日本酒を振りかけておく。
④ 以下,(1)の甲を持たないイカと同様とするが,足と頭を洗う際,潮吹きの内側と足の間の粘液は特にしつこい。従ってコウイカ類の場合,胴身以外は全てたっぷりの粗塩でもみ,塩もみ後は流水でもみ洗って塩を抜くと同時にヌルミを完全にとる。ゲソの表面がヌルヌルからキュッキュッという感触になったら完了。このあたりの加減は,タコの下処理と同じ。特に,切り開いた潮吹きの内側と口周りの粘液がしつこいので,重点的に洗っておく。

****************************

以上のイカ食の基本を踏まえた上で,これより種類別,料理別に述べてみたい。

****************************

3.種類別にイカを食う

(1)ヤリイカ
 イカの味は直線的で臭味もある,と書いたが,イカの中でも,最も臭味が少なく,かつ味が繊細なのが,このヤリイカだと思う。新鮮な刺身は,身が厚すぎず,甘すぎず,パリッとした食感だが噛めば固くなくメリハリが利いている。すなわち,大味に対する小味,ということだ。ほっそりした,どちらかというと身の薄いイカなので,逆に物足りないと感じる方もおられるかもしれない。だが,味は,“儚い”くらいが丁度いい。
 このイカをイカソーメンやイカ丼などにして大量に食べても飽きないのは,このイカの味わいが全て控えめであるからだ。その点が他のイカ類とは趣が違う。ボリューム感こそないものの,大振りに切っても,細く切っても,それぞれに旨い。そして味が出しゃばらないので気持ちが良い。酢飯とも白飯とも合う。やはり刺身で食うならヤリイカが最上だと思う。
新鮮な身は薄い飴色に透き通り,形はその名の如くスラリと尖り,味・姿共に美しい。更に,メスは晩冬から中春の産卵接岸時には体中に卵を持っているので,丸ごと姿煮や姿焼きにするのは香ばしいコクがあって美味しいものだ。
 他のほとんどのイカ類が持っている触腕(餌を獲るため特別に長い2本の腕)が極端に細く短いため,境港では「テナシ」と言い,九州では,その容姿から「ササイカ」と呼ばれている。テナシのその短く細い10本の足は,他のイカ足にはない旨さと食感がある。足だけ切り集めてショウガ醤油で食うのは,早春らしい潔い味わいがある。富山にはホタルイカの足だけ集めて食う「竜宮そうめん」と称する料理があるが,軍配はテナシに上がる。

(2)ケンサキイカ
 境港ではイカの王様と評す人もいるが,臭味は少ないものの,いささか甘味が強すぎると感じている。イカ類の宿命である旨味の単調さに甘味が加わったとき,食い飽きるのは一層早い。また,イカ丼などにして白ご飯と共に噛み砕くほどに,残念ながらその甘味はくどさを増す。
 九州ではアカイカ,境港ではシロイカと呼ばれ,主に夏場に接岸して獲れる。他のイカ類中,ほどほどの肉厚で,大型のものは「大剣(だいけん)」とも呼ばれる凛々しい風体をもち,小さくても大きくても比較的味が安定しているのがウレシイ。大型になっても柔らかいし,甘味もそのまま。サイズを問わず,いろいろな料理に向く。生も悪くはないが,むしろ刺身以外の加熱料理にしたほうが,食感と味のバランスが良く食べ飽きない。
 火を通しても硬くなりにくく,プツッとした噛み心地とプリンとした口触りが身上。そこで,天ぷら,そして酒蒸し,汁物も良い(イカの汁物については後述)。
 侵略大国スペインの息のかかった諸国で「カラマリ」と注文して唐揚げなどで出てくるのはこの仲間であり,やはり抜きんでた甘味をもち,軽快な食感だ。ちょいと前菜にビールと共にヤルのはなかなかによい。

(3)スルメイカ
 沖合を回遊するイカの中では皮の味にクセが強い。これが調理法によっては転じて風味となる。たとえば干しスルメ,塩辛,里芋との炊き合わせ,イカめし等,これらはスルメイカの皮付きでなければ風味が揃わない。ただし,この皮は,ちょっと鮮度が劣化するだけで特有の苦みを生ずる。これを排除したければ,やはり鮮度が一番。あるいは干しスルメや塩辛には初めから皮を剥いたものを使うか,いさぎよく他の料理に変更するのが賢明だ。とにかく干しイカと塩辛は,船上で作るに勝るものはない。いわゆる“沖干しスルメ”,“沖造り塩辛”というやつだ。鮮度が命ということ。
 身肉の甘味はイカ類の中では中位程度であり,肉質は大型になるほど,また,火を通すほどに固くなる。それではよく煮てしまおうとして煮込むと,こんどは味が抜けてしまう。旨くて安くていろんな料理に使われる大衆的なありがたいイカではあるが,火の通し加減は難しい。
 スルメイカの肝臓は言うまでもなく体に比して最大かつ濃厚佳味であり,その味は塩分と合わせることによって増強される。煮物や炒め物のコク付けで調味料と共に用いるほか,刺身のつけ合わせや塩辛,つまり生食する場合,ガッチリまず粗塩でかためておく。これによって水と共に生臭さが軽減されてコクが残るのである。
 スルメイカのサイズについては,大型になるほどに体に対して身が薄く固くなり,肝臓は逆に大きくなる。新鮮なスルメイカを丸焼きや丸煮にするのは野趣もあり旨いものであるが,この場合,丸ごと食うのであるから,肉と肝臓の質と割合が重要となってくる。その点で言えば,初夏の胴長25㎝前後の細型の,いわゆる“麦イカ”の時期が最高だ。「沖漬け」にすると,その肉と肝臓のバランスの良さがわかる。切り口の白と茶色の配分景色が見事だ。それ以上の大型では肝臓が多すぎて切れば流出して生臭くなるし,かといって,それ以下の小型イカでは肉薄く・肝小さすぎて物足りない。
スルメイカの産卵期は海域別に夏と冬の2回あり,それぞれに日本海を北上しながら成長回遊する。この北上に伴って,小さなイカ釣り漁船も東シナ海から北海道まで,船をねぐらとして港から港へ旅をしていく。このへんの日本海イカワールドについては,名著「日本海のイカ」(足立倫行)に詳しいのでぜひ。境港では本種のことを「シマメ」と呼ぶ。
 境港には九州や北陸から移住して船を持ち家を建てて住んでいる漁師が多いが,彼らはもともとスルメイカと共に北上南下する「旅の人」だった。定住に至った理由はいわく,境港は一年中いろんなイカが釣れる。イカだけで食える。ということらしい。ところで境港には,スルメイカを使った隠れた特産珍味がある。ごく短い期間,ごく少量出回るのであるが,それは「煮干し」。5㎝前後の幼イカを海水で煮てから干したカワイイ外見であるが,その味はガツンと来るので芋焼酎にも負けない。
スルメイカの仲間で,同様に肝が大きいホタルイカがいるが,これは肉に対していささか肝が大きすぎるため,味の品は落ちるのが残念。ごく新鮮なものを茹で上げて酢味噌で食う季節のものだ。

(4)コウイカ
 関東では“スミイカ”と呼び,早春になくてはならない寿司ネタのひとつ。本格の江戸前で「イカの新子」と言えば,まず8㎝内外のものを一尾一貫づけで味わう季節物。プツリと噛み切れ良く,淡い甘味がいかにも春だ。
 東京湾でのコウイカ釣りの人気は根強く,一日8,000円を払って遊漁船に乗り合い,シャコを“スミイカテンヤ”にくくりつけて一日中しゃくって数杯。時にはボーズも。それでも通う“好き者”が江戸には存在するのである。すごい。一方,ご当地境港では,春の産卵接岸時期ともなれば岸壁からヒョイヒョイしゃくって,多ければ20杯なんてこともある。これもオドロキ。
が,いいことばかりではないのが世の中。味の差は歴然としている。江戸のスミイカに比べれば,同種であっても山陰のそれは,固く,甘味が薄い。定着性の強いイカなだけに,住んでいる場所の餌や環境の違いが体に出やすいのであろう。
 というわけで,やはり小さいのがいい。できればコロッケサイズを半身一切れくらいに切って食べるのが最上。大きいものを刺身で食べる場合には,皮をはいだ後に残る堅い薄皮をしっかりとり,斜めに薄くそぎ切りにするのがよい。甘味は少ないが新子とは違うモッチリした味わいだ。
また,短冊に切り,手早く茹でて和え物,特に茹でたワケギと酢味噌での相性はよい。足はゴム質で固いので,お年寄りは要注意。煮込んでも固くなる。湯にさっと通したものを小さめに切って,ラーメンや炒飯の具にしてしまう。

(5)モンコウイカ
 コウイカより大型に育ち,定着性が強い。
 肉はコウイカよりも厚く柔らかいが,旨味も甘味も薄い。味自体が薄くて食感がデレッとしているので生食はつまらない。従って加熱調理とするが,ダシが出ないので汁には向かない。天ぷらやフライ,炒め物の具にするのが妥当。ただし,いずれも大味。
 中国ではこのイカの大型のやつの皮をはぎ,醤油・紹興酒・八角・ショウガ等を混ぜ込んだ調味液に漬け込み,それを煮冷まして吊るし売りしている。更にこれを薫製にもする。いうなればモンゴイカのチャーシューだ。これのスライスしたのは酒肴として悪くない。

(6)アオリイカ
 アオリは独特の臭味をもっている。特に皮と粘液に臭みがある。これが先述の水気管理を怠ると,アッというまに身に移り,「アオリ臭い」ということになるので,いかなる料理においても速やかに皮をはいで手早く洗ってしまうのが肝要。
 また,一定の大きさよりデカくなると,極端に味や食感が低下する。水っぽく,硬い。何をしてもうまいのは胴長20㎝前後までであり,それ以上,ましてやキロを越すようになると,臭味も肉の堅さも増す。
それでも大きなやつを刺身で食いたいのであれば,ごく新鮮なうちに処理し,ごく細く刺身に切ってやれば,まあ食える。
 一般的に春の産卵群は大型主体で大味,秋の回遊群は小型主体で小味。
甘味が強いイカであると巷ではもてはやされるが,これは季節的な変化と調理法次第であって,最も甘味が強くなるのは秋群で,胴長20㎝までの小さなやつの生干しの甘味はケンサキに比肩する。
 ケンサキやヤリイカなどと比べると肉質が固いので,天ぷらよりも高温加熱時間の長いフライに向くが,これも大型では衣とのバランスが悪い。汁物はどうかと言えば,ケンサキなどに比べてダシが出にくいので適さずと言いたいところだが,一部沖縄では「墨汁(“ぼくじゅう”ではなく“すみじる”)」として賞味する。これについては後述。
 そこで,大型に適すのが干し物とそれを用いた炊き込みご飯,そして煮物である。干し物は,大味な大アオリの味をぎゅっと濃縮してくれる。
 煮物は,これがおもしろい。ヤリイカ,スルメイカなどは,煮すぎれば味が抜けていく。また特にスルメイカは,煮るほどに固くなってもいく。が,ダシが出にくいが故に大アオリは煮込んでも味が抜けないので,安心して柔らかくなるまで煮込んでよろしい。
 そういう意味で,干した大アオリを小さく刻み,薄口醤油だけで味を調え炊いたご飯は,しっかりとイカの小片にイカの味が残っており秀逸。これだけは,ほかのイカでやってもイカ自体がダシガラになってしまって旨くない。


4.料理別にイカを食う

 こんどは調理方法を軸にしてそれに合うイカを探してみよう。
イカは単純な味と体構造をもつ素材なだけに,手軽に多様な料理に化けることができる。しかし,本当にイカらしい旨さ,逆に種類によってそれぞれの旨さを引き出せる料理と
なると,おのずから限られてくる。人それぞれ好みもあろうが,ここではそのような観点
から絞り込んで「イカらしいイカ料理」とそれに対応する種類について述べる。

(1)イカ刺
 イカ類中,モンコウイカは,刺身では大味過ぎるので除外する。既に述べたように,イカは鮮度の良いものを用い,水気の管理に細心の注意を払い下処理することが前提となる。
 そして,次に大切なのは,切り方。イカはこれだけで味が違ってくる。
開いたイカをタテに置いたとき,筋肉の繊維はヨコに走っている。だからおつまみの干しスルメも,タテではなくヨコにのみ裂けるのである。特に刺身では,この繊維を断ち切る方向で切ってやることが細胞をより多く切ることとなり,旨味を引き出すカギとなる。
 そこで,とんがったほうを上にしてタテに置いた開きイカを,下の方から“刺身の長さ”を高さにとってヨコに切っていき,それぞれをタテ方向に刺身に切ってゆく。
 刺身を切る幅は,たとえばイカそーめんであれば長さを長めにとり,更に極細に切っていくし,イカの種類や大きさ,身の厚さによっては少し幅広に切ったり,よほど身が厚ければ手前に向かってそぎ切りにすればよい。
 一般的に,身が薄いイカのプッツリサラサラ爽快感を味わいたければ細切りに。身が厚いイカのネットリ感を味わいたければ薄くそぎ切りにする。
 薬味として,やはりイカのクセを考慮すればショウガ醤油,あるいは擦りショウガを入れたソーメンつゆに浸して食うのがいいのであるが,肉厚のコウイカや大型のアオリイカなど,ネットリ食感でアッサリ甘味のイカの場合に限り,ワサビが合うことがある。
 切り方とつけダレについては,あらためて各自検証してみてほしい。

(2)イカの和え物
【イカ納豆】
イカの臭味を別の臭味で相殺し,旨味を合わせて昇華させる。そういう意味で,イカ納豆は大変優れた和え物だと思う。発祥は関東地方だ。関西の納豆嫌いさんにはゴメンナサイ。

① イカはタテにし長さ5~6㎝幅にヨコに切り、更にタテに幅3㎜前後に切る
② 納豆は「ひき割り」を用いる
③ ボウルに芥子醤油を調味し、イカを絡ませる。汁気を多くしすぎぬよう注意。
④ ここに納豆を投入し、全体が白っぽくなるまで激しくかき混ぜる
⑤ 3㎝程度に刻んだカイワレ大根を多めに投じ、ざっと和える。混ぜすぎぬよう注意。
シンプルな料理なので些細なことが味の違いにつながる。特に、和える順序と加減,素材の量的バランスは大切。納豆が少なすぎても多すぎても微妙に変わる。あとはイカの切り方と、納豆はひき割りを使うことが大切で,これはお約束。

 これはイカ類の中でもヤリイカが最高に合う。そして,作りたてもいいけれど、冷蔵庫で保存して翌朝、熱い白ご飯で食べてみてほしい。納豆菌よアリガトウと感謝する味だ。彼らは蛋白質を急速に分解して旨味に変えてくれる。焼き海苔(味付け海苔は不可)でご飯と一緒に包んで食べてもいい。
ちなみに,味わいはちょっと落ちるがケンサキやスルメイカでやっても悪くはない。

【ねぎイカ】
 イカのクセを相殺するもうひとつの素材としてのネギ。風味を補いつつ臭みを隠す。極めて簡易ながら,ビールのつまみにも向くイカの味を堪能できる一品。

① 下処理したイカは5mm程度に細く切ってボウルに入れておく。
② 長ネギの白い部分を小口に刻み,水にさらして十分に水気をきる,いわゆる“洗いネギ”とする。
③ イカに少しずつ塩を加えて混ぜていき,甘みが引き立ったところで止める。
④ ここに洗いネギを加え,サラダ油をちょっとたらし,手早く和える。

 これだけのことです。生イカと長ネギのサラダといったところ。これにレモンをしぼりかけ,更に粗挽きコショウを振りかけてもよい。また,サラダ油をゴマ油に替えてもよい。
ただしひとえに塩加減が命。感覚を総動員して臨む価値あり。自分の舌を信じるべし。塩辛いねと言われたら,次回ご期待。
 なお,この料理が余ったら,そのままサッとフライパンで炒めてやる。炒めすぎてはいけない。焼き肉のタン塩のようであるが,これもいい。

【イカのなめろう】
 料理番組の氾濫により,もはや全国に知れた観のある「なめろう」。これは言わずと知れた千葉県房総半島の漁師料理だ。かつて醤油のない時代から,船上に持参した味噌と共にサカナやイカの切り身を包丁で刻み叩き,飯の菜としたもの。三陸地方では「味噌たたき」という。
 ある程度身の厚い,スルメイカや大型のアオリ,大型のコウイカなどでよい。甘みの強いイカでやると味がくどくなる。イカでやる場合,これに大葉を刻み込むのがミソ。アジのなめろうなどではネギやショウガ,煎りゴマなどを入れるが,イカは大葉だけがいいように思う。
 残ったなめろうは,平たくまとめてフライパンに少量のサラダ油ないしゴマ油で焼くと風味が変わってよい。本来は,浜の流れ板やアワビの殻になめろうを塗り,そこに炭火のオキを数個乗せて,香ばしく焼けたところと生のところの変化を楽しむ料理。これを「サンガ」という。サンガは“山家”を由来とし,元来は山の民が開発した料理であるところが興味深い。それが海辺を生活の基盤とする海女たちの間に広まっていったもの。さて,以下なめろうのつくりかた。

① 皮をむいたイカの身を細切りし,更に細かく包丁で叩き切り,適量の味噌を入れつつ更に叩く。
② 刻んだ大葉を投じ,更に叩き込む。
③ ペッタリしてきたら,出刃包丁を用いて皿に平たく塗りつける。

【イカのぬた】
 肉質が硬めで厚みがあって,甘味が薄いイカもある。が、つまらんばかりではない。芥子酢味噌で食べるいわゆる「ぬた」は,こんなイカのためにある。目立たぬ存在ながら風流味もあり,冷酒にせよ熱燗にせよ,ちょっとあるといい。ありがたい料理だと思う。コウイカの仲間や,大型のアオリイカやスルメイカなど。春夏秋冬,そのときのイカを使っていろんな場面で味わいたい。

① 下処理したイカはタテにし幅4~5㎝にヨコに切り,これをタテに1㎝程度の短冊に切る。
② ゲソは一本ずつ切り離しておく。頭と内臓筋も同大に切っておく。
③ これらを沸騰した薄い塩水に3秒ほどつけ,水に放って冷やし,ペーパーなどで十分に水分を拭き,冷蔵庫に保管しておく。
④ ワケギ,もしくは万能ネギを③で使った湯を沸かして数秒茹でたら水に放ち,水分を切ったらイカと同大に切りそろえておく。
⑤ 味噌を擦り,酢を少しずつ加えて酢加減を決めたら,酢味のカドがとれる程度までミリンもしくは砂糖を少しずつ加えていき,最後に芥子加減を適度に調え,芥子酢味噌とする。
⑥ イカとネギの上から適量をかけてもよいし,共に和えてしまってもよい。また,別小皿に酢味噌を添えて供してもよい。そこは,器と見栄えと味で相談。

(3)イカの塩辛
 肝の入った濃厚スタンダードなイカ塩辛。更にこれに墨が混ぜ込んである「黒造り」,逆に肝を加えない「白造り」,船上で作る「沖造り」などなど,いろいろあるし,それぞれの家庭の味,あの店の味,あの船でつくる味,などなど,実に作り手の加減が現れる保存食であり郷土食である。日本縦断東西南北,沿岸にイカがいる範囲に全て,さまざまなイカ塩辛が存在する。こういうのをグローバルスタンダードと言うのではないか。
 ということだから,ここで書くのは“ウチの味”にとどまる。

【肝入り塩辛】
① 鮮度のよいスルメイカを下処理して皮をはぎ,飽和食塩水で洗ってから水気を拭き,風がある日であれば生乾き程度まで陰干し,風がなければペーパーでくるんで冷蔵庫で冷風乾燥する。
② 肝はガッチリきつめに粗塩をまぶし,脱水して固くなるまで冷蔵庫に入れておく。
③ 生乾きになったイカを長さ5㎝程度の細切り,ヒレとゲソは細かく切り,ボウルに②の肝を絞り出し,合わせてよく混ぜる。ここに日本酒を少量入れ,更によく混ぜる。なお,好みで冬ならば柚の皮,夏であれば唐辛子を少量刻み入れても良い。
④ これを熱湯消毒して冷ました広口ビンに入れて冷蔵庫に保管し,一日1回かき混ぜる。3日目から食べ頃が始まる。そして味に変化を見せつつ長く続く。

 この塩辛の作り方の特徴は,一切追い塩をしないところ。肝臓に徹底的に塩を浸透させ,この塩気とイカ肉のみで味を構成する。また,身を干し,肝を塩によって脱水しているため,コクと甘味が濃厚なまま保たれる。強い純米酒にも焼酎にも負けない,力強い硬派な味に仕上がる。保存もきき,独特な味に変化してゆく。ちょっとした加減で味がちがってくる。それがアナタの味なのである。

【白造り】
 次に,ケンサキやヤリイカ,アオリイカを用いた白い塩辛を紹介しよう。これらのイカの肝はスルメイカの肝のようにこげ茶色ではなく,クリーム色ないし薄い黄土色を呈している。コクはあるが濃厚ではなく,ご飯のおかずというより吟醸酒などの爽やかな酒と合う。

① これらのイカの肝臓は,スルメイカと違って壊れやすく,別個に取り出すことが難しい。そこで,下処理の時,足と一緒に取り出した内臓を流水で洗ったときに,スプーンで肝の中身を削ってボウルにとり,塩できつめに調味し,酒少量を加えて混ぜておく。
②イカの胴身の皮を剥き,飽和食塩水で洗ってから水気を拭き,これを長さ5㎝程度の細切りにする。スルメイカのように干すことはしない。
③ ①と②をよく混ぜ合わせ,冷蔵庫で保管し,一日1回かき混ぜる。

 この塩辛は,塩や風による脱水をしていないため,保存があまりきかない。作って1時間後くらいから食べられるが,スルメイカの塩辛とは逆に,3日程度で食べ切ってしまうのがよい。いわば塩辛の浅漬け短命版,というわけ。

 最近食べて感心したイカの塩辛に,境港の船乗りがつくるサバ入りのイカ塩辛がある。スルメイカで塩辛を作るときに,小さく切った生サバの身を少し混入するのである。特に,島根半島出身の漁師は,サバが入ってないと物足りないとさえ言う。熟成するほどに,なるほど,イカだけの塩辛にはない強烈な旨味が生ずる。飯や茶漬けのオカズとしては普通のイカ塩辛を越えていると思う。ただ,純粋にイカで勝負するかどうかは味覚とスピリットの問題。それぞれに良い。

(4)干しイカ
 イカの干物の代名詞としてスルメがあるが,たしかに,これほど簡易に大量に製造でき,かつ庶民になじんだ保存食は他にない。干しすぎてもガチガチにならないので携行食としても優れている。干しイカには一般的にスルメイカを用いるほか,干しイカ界の高級品として,長崎県五島や対馬ののケンサキを使った「白スルメ」,愛媛県宇和島の中小型アオリイカを使った「干しモイカ」などがあり,共通してスルメイカのそれより柔らかく甘味が強い。対してスルメイカのスルメは独特の野趣があり,噛むほどにスルメイカの風味が香る。いずれも鮮度が最重要であることは言うまでもない。
 一般的に干物をつくるとき,サカナであれば,塩水に浸ける「タテ塩」と,直接塩をまぶす「直(じか)塩」があるが,イカの場合は塩分の吸収速度が速いのでタテ塩でやる。更にタテ塩は,浸けこむ塩分濃度によって処理がちがってくる。簡単に言えば,薄めの塩水(海水程度)に時間をかけて浸ける方法と,極めて濃い塩水に短時間つける方法。サカナをジューシーな干物に仕上げたいときには薄めの塩水に長時間の手法を用いるが,イカの場合は,塩分のみならず水分も吸いやすいので,粗塩で作った飽和食塩水を用いる。
 
① 新鮮なイカを用意し,潮吹き(噴水口)を上に,足を手前に置く。噴水口の上から逆さ包丁で胴を先端まで切り開き,次いで頭から足の正中線を切り開き,内側から内臓および目玉とカラストンビ(クチバシを包んでいる玉状の筋肉)をつまみとる。
② スルメイカであればそのままでいいが,ケンサキとアオリでは皮と共にヒレをはいでおく。胴と頭が離れてしまわないようにそっと骨を抜き取ったら,これ以上水では洗わぬよう。
③ 冷水に粗塩を十分に溶かして飽和食塩水をつくり,これに下処理したイカを夏であれば30秒,冬であれば1分ほど浸ける。
④ すぐに取り出し,真水で手早く洗って表面の塩分を洗い流し,水気を拭く。
⑤ 風のある日陰を選び,イカの外側を下にして干し網に並べて吊るす。
⑥ 干し加減は好みであるが,最も味が引き立つのは,肉にまんべんなく透明感が出た頃合い。保存性を高めたければ,更に足が干からびる程度まで干す。たくさんできたらイカの間にラップを挟み,更に全体をラップで来るんで冷凍しておけばよい。

 ここでひとつ,干したイカでなければダメ,しかもこのイカで作ったやつ,という限定の炊き込みごはんを紹介したい。

【干しアオリの炊き込み飯】
① 十分に干し上げた大型のアオリイカをキッチンバサミで幅5㎜,長さ2㎝ほどに細かく切る。足も同大に切り揃える。
② 米を洗い,ザルに上げ,時々返して水をうつ。これを米粒の全体がまんべんなく白くなるまで繰り返す。米を研ぐときは,粒が割れないように力を入れないことが大切。
③ この米を炊飯器に入れ,薄口醤油で薄い澄まし汁程度に調味した水で,硬めに炊き上がるよう水加減する。
④ 刻んだ干しアオリを加えてひと混ぜしてから炊き上げ,炊き上がったら米粒を壊さぬようザックリと混ぜる。

 既に述べてきたが,アオリは柔らかくなるまで加熱してもそれ自体の味が逃げないままに肉自身は柔らかくなる。他のイカではそうならない。ということなので、炊き込み飯にはアオリである。ぜひ。

 ついでにもうひとつ。スルメイカで作った干しイカを使った浅漬け。こいつはちょっと箸をつけるにはよいものだ。保存もきくので常備菜としても優れている。

【干しスルメとセロリの漬物】
① よく干したスルメイカを軽く焼き,細く裂いておく。
② セロリの茎は斜めに薄切り,葉は刻み,少量の細切り塩昆布と共に裂いたスルメと和え,重石をしておく。
③ 冷蔵庫に保存して翌日から食べられる。


(5)茹でイカ
 身が固くなりにくいヤリイカおよびケンサキイカでこれをやると,純粋にイカの優しい甘味を味わえる。特に産卵接岸した子持ちヤリイカは,早春の季節感あふれる滋味である。ケンサキの小ぶりのヤツを茹でて,プリッと噛み切るのも心地よい。
 薄い塩水を沸かしてその中で茹でるのだが,茹で進むに従って胴と足が離れてしまうことがあるし,内蔵から墨がにじみ出る。そこで,内臓と共に足を抜き,墨袋を取り除いて洗い,足・頭を胴の中に戻して胴のふちを楊枝で止め,5分程度茹でる。
そのままでもいいが,冷めた物を冷蔵庫でよく冷やして食うのも旨い。芥子醤油やゴマ醤油でやると,良いアクセントになる。特にゴマ醤油でやるときに,刻んだ長ネギかシャンツァイと唐辛子を刻み加えておくと,これが意外やイカの味をグッと引き出してくれる。おもしろいものだ。

(6)イカ汁
 イカの汁物,これはあまり知られていない。肝心なことは,ダシが出るイカかどうか。その点,まず濃厚なダシの出る筆頭がケンサキイカ,そして,夏にマッチするアオリイカを使った沖縄のスミ汁を紹介する。

【ケンサキイカの汁物】
 ケンサキから出るダシは相当なものだ。カツオ・昆布ダシなどは,薄めると水っぽくなるものだが,ケンサキのダシはしっかりしている。それほどに旨味が強いということだ。
 基本がダシなのだから,汁物といっても,もちろん和・洋・中といろいろ使える。

(「和」のケンサキ汁)
① 一口大に切ったケンサキの胴とゲソを,粗塩少々を加えて鍋で軽く空煎りし,そこにイカが全てかぶる程度の酒を注ぎ,蓋をして沸騰させる。
② アルコールが飛んだら,これが元ダシとなる。これを水で3倍に薄め,薄口醤油で調味して完成。椀に盛る。

 ケンサキイカは夏のイカ。刻みネギと擦りショウガ少々でさっぱりするのもいいし,刻んだ茹でオクラや刻んだ大葉を散らしてもよい。小松菜を小さく切りそろえて加えて少し煮立たせたのもよい。緑色がよく合う。
 次にイタリアン。イカの入った即席ミネストローネみたいなもの。

(「洋」のケンサキ汁)
① ジャガイモ,ニンジン,ピメントなどをサイコロ状に切りそろえておく。
② 鍋にオリーブ油を多めに暖め,ニンニクのスライスで香りを出す。ニンニクがキツネ色になったらいったん小皿にとっておく。
③ ひと口大に切ったケンサキの胴とゲソを粗塩少々加えて鍋でサッと炒め,次いで①の野菜類を入れて炒める。ジャガイモの表面に熱が通って透明感が出たら,すかさずヒタヒタの酒または白ワインを注ぎ,蓋をする。
④ これに3倍の水を注ぎ,沸いたらトマト数個をすり下ろして加える。
⑤ アクをとりつつ中火で加熱し,ジャガイモに火が通ったら最後に塩で味を調えて完成。

 これは,一回で食べ切らなくても,再加熱して翌日も旨い。ごはんにかけてもよい。夏の食欲を増進する一品なり。
 次はケンサキの中華スープ。

(「中」のケンサキ汁)
① 鍋にゴマ油少々を暖め,長ネギのみじん切りとショウガの千切りを加えて香りを出す。
② ひとくち大に切ったケンサキの胴とゲソを粗塩少々加えて炒め,酒を注ぎ,蓋をする。
③ この元ダシを水で3倍に薄め,塩と醤油少々で味を調える。刻んだ三つ葉を散らし,白髪ネギを吸い口とする。

 ここまで書くと,気づく人は気づく。そう。かつてこのブログで書いた「メバルの塩煮」の応用編とよく似ている。ほぼ同じ。つまり,料理の構成原理はそうは変わらんということです。ただし,イカの場合,サカナと少しやり方を変えてあります。それなりの理由もあります。ひとつ実践しながら考えてみていただきたい。ま,なんでも旨けりゃ十分なのだが。

【スミ汁】
 沖縄の炎天下とイカの「スミ汁」は,なぜかよく合う。イカはコウイカもしくはアオリイカの肉およびスミを用いる。これらのイカは,ダシが出にくいのではなかったか? 
 そこが沖縄。全国一の昆布およびカツオ節の消費地だ。この合わせ技が,夏に効く。
① イカの胴を1㎝幅の長さ5㎝程度に切っておき,ゲソも同大に切りそろえる。
② イカのスミ袋は解体するときに小皿につまみとり,塩と少量の酒をふっておく。
② 鍋でイカをサッと空煎りし,そこに酒を少量注ぎ,アルコールを飛ばす。
③ カツオ・昆布のダシを注ぎ,沸騰させない程度に煮立ててアクをとる。ここに②のスミを加え,粗塩で味を調えたら完成。細ネギのみじん切りをたっぷり浮かす。

 イカスミが加わっただけで,ずいぶん活力的な味わいの料理に化けるものだ。たしかに,栄養学的に見ても,タウリン,グルタミン酸,イノシン酸,アルギン酸など,強豪がバランスよく揃っている。さすが,長寿食の国です。

(7)イカの煮物
 イカの煮物といえば,スルメイカが郷愁を誘う季節定番の味。あのスルメの皮の風味がなくてはなぜか物足りない。
 しかし,柔らかくしっとり炊くにはちょっとコツがある。味をしみさせようと長く炊くほどに,柔らかくはなっても硬く細ってしまうからだ。この問題をクリアするには保温調理が良いが,そうもいかないので,「煮冷まし」によって味をしみこませる。加熱によって細胞をゆるめ,冷却過程で味を吸わせる。全ての味つけは冷めるときに染みこむと知るべし。

【イカと里芋の煮物】
① 里芋は皮をむき,水から入れて沸騰させないよう,箸が通る程度に下煮し,水で一度冷まして表面を洗い,ザルに上げておく。
② スルメイカは,胴を1cm程度に輪切りにし,頭は小口に切り,足は二本ずつ切り分けておく。
③ 厚手の気密性の高い鍋に,酒・醤油・水少量・砂糖少々を濃いめに調味した煮汁をいったん沸騰させてアルコールを飛ばしてから中火とし,ここに下煮した里芋を入れ,再び沸いたところでイカを入れて蓋をする。ミリンはイカや芋を固くするので使わない。
④ 沸騰する手前で火を止め,蓋をしたままガスレンジの上で自然に冷ます。絶対に蓋をとってはいけない。
⑤ 冬であれば,鉢に盛り付けた上に柚子皮の小片をあしらうのが気が利いている。

 このやり方だと,イカが実にふっくらと仕上がり,お年寄りでも食べられる。
煮冷ます時間は1時間程度でよい。最大の課題は,出来上がりを想定して煮汁の濃さを設定すること。これは何回もやってみるのが早い。習うより慣れて,自分の感覚をつかむことだ。煮物と揚げ物が料理修行の中でランクが高い理由がここにある。

【イカめし】
 煮物,と言ってよいかと思うが,「イカ飯」をはずすわけにはいくまい。簡単に言えばイカの胴に米を詰めて煮汁で炊く,これだけの料理なのだが,その味は実に深い。スルメ王国青森および函館の根強い郷土料理だ。用いるのは,スルメイカに限る。少しクセのある皮のダシが,この料理を旨くする。

【イカ飯】
① 米はモチ米とうるち米を半量ずつ合わせ,軽く研いで水に2時間ほど浸け,ザルに上げておく。
② スルメイカは大型のものを用い,ゲソと内臓を抜いて胴の中を洗い水を切っておく。ゲソと頭はみじん切りにしておく。
③ 米とゲソを混ぜ,胴に詰める。このときの詰め加減が大切で,詰めすぎれば膨らんでイカが破れてしまう。胴内部の容量の6分目強,といったところ。米を詰めたら胴の口を楊枝で留める。
④ 酒と水半量ずつ・醤油・・砂糖およびミリン少々を調味して沸かし,アルコールを飛ばす。全体量はイカが完全に没する程度。これが沸いたところに米を詰めたイカを寝かせていき,そのまま弱い中火で1時間,蓋をして弱い沸騰加減で煮上げる。汁が少なくなってきたら蓋をとり,煮汁をイカにかけてやるようにする。
⑤ 煮えたら傷つけないように取り出し,自然に冷まして完成。

 これは,イカが小さくても大きくても万人に向く旨さだ。小さいヤツを丸かじりする旨さ,大きいヤツを厚く輪切りにしてほおばる旨さ,などなど。番茶と相性がよい。

(8)焼きイカ
 皮を剥いたイカの胴身を幅広に切り串を打ち,調味した卵の黄身やウニを塗りながら焼く,などという小細工は,イカの本格料理と呼ぶことはできまい。そのようなことはお高い料亭にでも任せておけばよい。だいたい夜店のイカ焼きが,なぜあのように道行く庶民の魂を揺さぶるのか,あらためて思い起こす必要がある。夜店の冷凍イカ焼きでさえ,匂いだけはあれほどにかぐわしい。鮮度のいいものを使って本当の味さえ出せれば名器に乗せてもおかしくないはず,ではあるが,それでは味が半減するのですね。
 これまで食べた焼きイカで一番旨かったのは,長崎は五島列島で,定置網の網揚げ仕事から上がって味噌汁が炊けるまでの間,獲れたばかりのスルメイカをダルマストーブのホイルの上にポンと乗せ,裏表かえし,焼けたはしからストーブの上に乗せたまま包丁でぶつ切りにし,サッとひとすじ醤油をかけたら,各自,適宜,熱々の切り身を手でつまんで,濃厚な肝をまぶしながら口に運ぶ,噛み下す,茶碗酒を流し入れる,これである。
 ここまでとはいかないが,疑似体験であれば家庭の鉄板やフライパン上でもできる。こればかりは,肝の太いスルメイカでなければいけない。
 一方,もう一種類,焼いてうまいイカにヤリイカがある。ほっそりしたこのイカ,特に子持ちのメスをグリルか炭火でこんがり姿焼きにして,この場合,酢醤油などでサラリと食うのが素敵だ。姿焼きと言っても何もせずに焼くと,火が通るにつれて足と胴が離れてしまうし,墨を含んだ汁がにじみ出て,いささか汚らしい。茹でイカと同様,あらかじめ胴を抜いて洗ってから水気を拭き,墨袋を取り除いてから再び胴の中に戻し,胴の端を楊枝で止めて焼くのがよい。

(9)イカの天ぷら
 既に述べたように,イカの天ぷらは,ケンサキイカにとどめを刺す。モンコウイカなども天ぷらによいと言われるが,実は,天ぷらしかない,なのである。ケンサキのてんぷらは,その味,食感において他のイカの追随を許さない。一口大に切り,上手に揚げ,スバヤク食うべし,以上。

(10)イカの炒め物
 具の取り合わせや味付けはいろいろあるし,よほど間違わなければそこそこ食えるので、あれこれ詳細は省略する。ただ,イカらしさを味わえるのは,やはり塩味ベースに尽きる。調味料をあれこれ複雑にしないこと。
 留意すべき点は,身が薄いイカおよび火を通すと肉が固くなるイカは用いないこと。従って,基本的にヤリイカとアオリイカなどは向かない。皮が固いコウイカ類は,3㎜間隔くらいで格子状に全面に浅く細かく切れ目を入れておき,これを短冊に切って用いるが,切る方向を間違えてはいけない。刺身の項で述べたように,筋繊維に対して直角になる方向で切っておく。
 そして,切ったイカをボウルに少量の塩と酒で軽くもんでおく。これだけで数段柔らかくなるし,下味もつく。塩加減は,触ってなめてみて「気持ちのよい甘味を感じる程度」で良しとする。
 イカの炒め物でいちばんつまらないのは,火を通しすぎること。このへんを考慮して切る大きさを決める。小さく切りすぎると火が通りすぎてしまう。また,従って,フライパンに投入する各具材のタイミングも考えておくといい。
 
 まず欠かせないのは肝炒め。これはスルメイカでなければ味が出ない。全面的に濃厚なイカ味に浸ることができる。

【イカの肝炒め】
① スルメイカは解体の際に肝臓を取り出し,ガッチリ塩をして2時間ほど置く。
② 胴は短冊ないし輪切りとし,ゲソは足2本ずつ切り離し,水気を切っておく。
③ フライパンにごく少量のサラダ油を熱し,イカをサッと炒める。
④ 肝の表面の塩を洗い落として中身を絞り出し,フライパン内のイカに加え,全体に回るように混ぜる。この時点で肝の塩分によって既に味がついているが,足りなければ醤油を少々たらして味を調える。

 そのままでもいいし,山椒や七味を振ってもいい。これは,芋焼酎にも負けはしない味。
コツは,とにかく手早く炒めて固くしないこと。だから肝もあらかじめ脱水しておくのだ。

ついでにもうひとつ,汎用性の高いイカ炒め料理を紹介しておく。

【イカの炒め煮各種】
① フライパンに強火で油を熱し,切ったイカを投入,すかさず刻んだ野菜類を投入,ガサッとひと炒めしたら,酒ないし白ワインを少々注ぎ,蓋をして沸騰を待つ。この間,ずっと強火のまま。
② アルコールがとんだら塩加減し,コショウや山椒粉などで風味付けして出来上がり。

なんとカンタン。
これ,思い出す人は思い出す。アサリの酒蒸しやボンゴレの具,あるいは以前書いたメバルの塩煮,と構成はほぼ同じ。入れるものと順序が少し違うだけ。
となれば,和・洋・中,自由自在,ということですね。いろいろ工夫次第。
もはや,あとは省略!

****************************

たかがイカのつもりで書き始めたのに,ずいぶん字数が増えた。
こうしてみると,イカらしいイカ料理に限定したとはいえ,いろいろあるものだ。

ここではいろいろなイカ料理を紹介したが,その料理をつくるだけで終わるのではなく,ぜひ,その料理の構成要素,原理,感覚を読みとって欲しい。イカは既に述べてきたようにシンプルな素材。であるが故に施す技法が見えやすい。すばらしい練習素材でもあるのだ。

イカ食の世界は広い。深さ以上に広さがある。これがイカの大衆性であり,世界中でまんべんなく求められ,愛されてやまない理由であろう。

でもイカだらけで今回はチトと疲れましたわ。
まだいろいろあるにせよ,もう当分イカについては書くまい。  

Posted by ウエカツ水産 at 13:01Comments(4)魚・釣・料理

2007年05月26日

スズキの臭味

 このところ雨も少なく潮加減もあってか、夕方から夜にかけて濁りがきつい。
 1ヶ月半も釣れ続いた“餌床付き(潮付き)”のメバルも、連日の強い南風に吹かれてイカナゴの群と共にどこかへ消えた。これからは、ほかの餌を求めてそれぞれに回遊、あるいは居残りと分かれていく。彼らが落ち着くまで、ひとまずここらで小休止か。

 昨日は久しぶりの雨が降り、それでも少しは残っとらんかいなと思い、ちょいと行ってみた。ベイトは散漫なシラスの群れに変わり、小アジが散発的に群れ、雨、風、濁り、餌、とくれば、もうセイゴ・スズキの独壇場である。背中を出して餌を追い回すお祭り野郎もいた。これではメバルがいたとしても迷惑顔をするだけである。

 早々に撤収、とした矢先、回収目前で65㎝が掛かってしまった。
残念なことに、スズキはここまで大きくなってしまうと食っても釣ってもつまらない。やはりスズキは、産卵前と後を除いた時期、50㎝前後の、背・腹の凛と張った勇ましいげなヤツなら良いのであって、今回釣れたようなのは本来ならばお帰り願いたいところであったが、傷がついてしまえばやむなし。
というわけで、締めて持ち帰った。

 大きなスズキは、どうやって釣ろうが、どうやって食おうが、引きも食味も鈍重である。全調子に近いメバル竿にライン3ポンドだから獲るまでに時間はかかるが、重量感だけで面白くはないし、身がゆるく大味だ。どちらも総じて“のっそり”している。
 世間では、90㎝のスズキ釣りました!などと釣り雑誌に見ることがあるが、釣ったあと、皆さんはどう対処しておられるのであろうか。

 もうひとつスズキは問題を抱えている。大きくなるほどに、特有の「青臭さ」が強くなるのだ。これは、サカナ全般の、いわゆる“生臭み”とは別の臭さである。
 スズキに近い仲間に淡水のブラックバスがいるが、やはり共通した臭さをもっている。これまた親戚のヒラスズキではそのような臭味は薄いようであるが、もし、あの臭味が淡水と関係があるのであれば(たとえば河川水に入るときの浸透圧調整や防護機能など)、河口産ののヒラスズキを一度食ってみたいところ。

 投げやりに書いているようであるが、けしてスズキそのものを嫌っているわけではない。長崎や神戸では、急流でイワシを追いかける時期を狙って出かけたし、実は、水の清澄良質な湖沼を探しては、食いたくなるとブラックバスを釣りに通った。銀山湖のバスは特に風味がよい。

 しかし、いかなる事情にせよ、あの青臭みをそのままにはできまい。
 そこをどうするか、というお話。

 ***************************************

 十数年前、長崎でブラックバスに手を染め始めた頃、友人が買ってきたBeナントカという物欲促進系アウトドア雑誌に、「ブラックバスを食べてみよう!」という記事が出たことがある。
 その後、ブラックの日本産在来水棲生物に対する食害の問題が取り沙汰され、これはゲームフィッシャーと漁業者、研究・行政を交えての熱い論争にまで発展したが、そのときに水産庁やいくつかの県や漁協が促進PRしたのが「キャッチ&イート」であって、まあ、この雑誌の記事は先駆的であったとも言えよう。

 さて、それによると「皮に臭味があるので、三枚におろして皮を必ずはがし、ムニエルとかフライとかに仕立てれば、食べられますよ」といった内容であったと思う。
 で、早速やってみた。
 実に腰のないサラリとした肉質で、若干の泥臭さを伴う浅い味の単なる洋食であって、あれほど果敢な魚食性のサカナが、これっぱかりのものかとガッカリしたものだ。それ以来、しばらくバス釣りからは遠ざかるのである。

それから数年。
銀山湖に仲間でキャンプに行き、私は素潜りでコイを突き、友人は散ってバス釣りだ。そして夕方、友人は35㎝内外のバスを数尾釣って戻った。

 数尾のコイは、洗いにしてワサビ醤油と酢味噌として、水が良いせいか、すばらしかった。
一方、ブラックはどうしたかというと、今さらフライもムニエルもつまらんということで、ひとつは皮をひいてコイと同様に洗いとし、残り数本を、皮の臭味を知っていた私は、とりあえず基本に則り、臭味をとる意味で粗塩で擦ったのち水洗いし、塩を振り直し、焚き火にかざして焼いてみたのである。

これが、たいしたものであった。

例の雑誌には、皮がクサイからとる、と書いてあって、たしかに嗅いでみれば臭かったし、かといって皮をはいでしまったブラックバスは、味わうに値せぬ味とアタマから信じ込んでいた。
しかしこれを食ったとき、それまでの自分の固定観念と精進のなさを悔やんだことだ。

旨い。 皮が、旨い。 皮と一体となった身が化けている。
数人で、あっというまにむさぼり食ってしまった。

 かつて頼りなかった身肉は、焼けた皮と合わさることによって、やさしい甘味と野性味、そして十分納得のいく旨味を獲得した。
 それからのちである。私が“食える水に棲む”ブラックバスを追いかけ始めたのは。
食えるバスであれば、周囲のバスゲーム屋の冷たい視線をものともせず、活け締めにして持ち帰った。当時はバスゲーム熱が高く、今もいるのかどうか知らないがバスプロなどもいて、こういうことをおおっぴらにやると、けっこう白い目で見られることもあった。しかし、旨さが勝った。

 その後、塩擦りに加え、少量の日本酒を振りかけておく手法を併せることにより、皮の臭味は全く問題にならなくなった。そしてクサイと言われてきた皮は、世に日の目を見ることになったのである。
素材の質としては、スズキとメバルの中間的な扱いができる。
ブラックバス料理は一気に展開した。

既にこのブログでも紹介した塩煮をやった。
千切り野菜をたっぷり使った蒸しものも、和・洋・中とやった。
香草をあれこれ使ったオーブン焼きもやった。
ムニエルも、皮をつけたままでやると別格の味に進化した。
また、夏であれば、トムヤク・クン(エビ)ではなく、トムヤム・プラ(魚)に仕立て、汗を流しながら大勢ですすった。

 それぞれに上等の味であったが、やはり、適切な下処理をしたものに塩を振って、焚き火にかざして焼いて食うのが一番うまいように思う。それと、やはり淡水魚を使う東南アジアの料理はピッタリくる。
 その一連の中で、ブラックバスもスズキと同様、大きく40㎝を越えると旨くないこともわかってきた。大味で泥臭さが出る。ベストサイズは、よく肥えた35㎝前後だ。また、30㎝程度では肉の味が出ない。

****************************************

さて、ブラックバスの事例であらかた内容を書いてしまったが、「スズキ臭さをドースルか」、という話であった。

そう。ブラックバスと同様、
ウロコ・内臓、腹腔の背骨について腎臓および血液をとり洗ったら、シッポのほうからたっぷりの粗塩で擦り、流水で洗い流し、日本酒少々を振りかけて一呼吸置いたのち、水気を拭いてペーパーでくるんで冷蔵庫へ。これで下処理完了である。

 ただスズキの場合、ヒレやエラ蓋の棘が強靱であるため、慣れないとケガをすることがある。塩擦りする前に頭を落とし、全てのヒレをキッチンバサミで切り取っておくとよい。
以前、メバルの塩煮のところで少し書いたが、ヒレは雑菌が繁殖しやすい部位でもあるので、保存する場合はなおさらだ。姿を気にする料理でなければ、とってしまうのがよい。

料理法についてはブラックバスの記述から派生すればよいし、白身なので、けっこういろいろ使える。が、少し加えておく。
特に「洗い」については、上述した下処理を必要とせず、速やかに処理する必要があるからだ。

 まず「洗い」にしたい場合、身が硬直前(「身が活かった状態」という)であることが前提となる。硬直中(「締まった状態」という)、もしくは硬直後(「あがった状態」という)では、洗いにする意味がない。

 というのは、洗いという調理法は、そぎ切りにした身が、真水に当たったときにチリッと縮れる状態にあってこそ初めて食感と清涼感が出て、余分な脂分と臭味成分が洗い流されて淡味で旨いのであって、硬直に入った身で同じ事をやっても、水気を吸ってベタッとなるばかりなのだ。
旨い洗いを食いたければ、このことを念頭に置いてほしい。

 家に帰るまでにどうしても硬直してしまったら、そぎ身を浸けた水に日本酒少々をたらすと身が縮れてくれるという裏技はあるが、その味落ちは比べるべくもない。
 そこで、釣り上げてから持ち帰るまでの処置が重要となってくる。洗いをするためには、死後硬直までの時間をできるだけ長くしたいからだ。一般的なサカナの保存・輸送方法とはちょっと違うので、ぜひ憶えておいてはいかがでしょうか。


【 スズキの洗い 】

(1) 釣り上げたスズキは、暴れないように速やかに手カギで脳を壊して即殺し、次いでエラをあけて背骨を断ち切り、海水中で放血する。このとき、体を折り曲げたりしてはいけない。この一連の作業を「活け締め」という。万事を魚体に負担をかけないように配慮する。

(2) 水が澄んだらサカナを取り出し、できれば細いピアノ線を背骨に通っている神経路に通し、神経から筋肉への伝達を断っておくのがよい。
 海水で濡らした新聞紙にくるみ発泡箱に横たえるが、絶対に氷水の中に浸してはいけない。氷は小さいかけらを数個、サカナに直接あてないように入れておけば足りる。箱内の温度にして7度前後。
 短時間であれば、むしろ氷を入れず、そのまま通気良く持ち帰るのがよい。濡れ新聞の蒸散で冷える程度でちょうどよい。

 以上が、死後硬直までの時間を延ばすための処理である。

 もちろん、エアを入れた海水で活かして持って帰れるのならば、それが最高である。
洗いにする代表格でマゴチがあるが、これは発泡に活かして帰っても平べったくおとなしくしているサカナなのでかさばらない。
 スズキの場合は、ちょっとなあ・・・。

(3) 持ち帰ったら、手早くウロコ・内臓・頭をとり掃除し、スバヤク水で洗い、水気を拭く。この時点で既に硬直状態に入っていたら、今回は洗いはあきらめたほうがよい。またの機会もあろう。塩と酒で臭味をとっておこう。

(4) 3枚におろす前に、ボウルに氷水を張っておく。また、盛りつける器を冷蔵庫で冷やしておく。
 中骨をとり、サクにしたら、シッポのほうからそぎ切りにし、順次氷水に落としていく。
 全て落とし終わったら、菜箸で軽くかき回してやると、身が縮れてくる。そこで氷を除いてザルにとり、身をペーパーで包んで軽く叩くように水気を切る。これを冷やした器に盛る。
 実は、洗いの味は、文字通り、“洗い”加減で変わってくる。洗いが不足すれば臭味が残るし縮れが足りない。洗い過ぎれば旨味が逃げる。さて、そこのところですな。

ワサビ醤油、ポン酢、梅肉、ショウガ醤油、いずれでもよい。
よく冷やした純米もしくは吟醸酒が合いますよ~。


スズキを旨く食うときの要諦は、次の如し。

● 場所、時期、サイズ、体型を適切に選択すること。
● 塩と酒を適切に用いて、皮の臭味を除去しておくこと。
● ただし、洗いにする場合は、活け締めし、適切に持ち帰り、帰宅後は速やかに調理すること。
  この場合に限り、塩と酒による下処理は必要ない。


 以上、スズキもちゃんとしてあげればいろいろできる、というわけだ。
 ということで、ウチも今日は久々のスズキ料理である。
 たまにはよい。  

Posted by ウエカツ水産 at 23:43Comments(4)魚・釣・料理

2007年05月11日

メバル3型と,その味覚

 境港は早くも夏の気配濃厚であるが,メバルが騒がしい。

 ここ1ヶ月以上,相変わらず冷蔵庫のメバル在庫状況に応じていくつかの漁場をのぞきに行っているが,小さいほうでも20㎝前後,ほとんどが25㎝前後で中には尺手前も。1回もスカがない。
 
 そもそもこんなに釣れ続くことは珍しい。潮の中ないし縁辺分にたむろして小魚を狙っているメバルの食い気はすごい。今年は餌生物の種類と出現傾向,蝟集と分散が例年と若干異なるためか,このような索餌形態が多いように感じる。根に付いている連中であれば,大きいのから順に釣っていき,次の群れが入ってくるまでにひと息入るものだが,潮付きは,条件さえ合えば毎日釣ってもおかわりが入って来る。潮に居付けるだけの体力をつけた者から順次加入,といったところだろう。餌の群れが大きいほど,また,その群れをまとめる潮目や湧昇流が長く横たわるほど,より広範囲からメバルを集めてくれる理屈だ。風向きや潮によってスポットまでの距離や方向,メバルの深度等は日並みで変わるものの,必ずどこかに居る,というのが現在の状況だ。はてさていつまで続く事やら,経過に観察を要す。
 ということなので,沢山釣ってもきりがない。独りで行くときには3尾釣ったらさっさと帰ることにした。オカズさえ獲れればあとはそっとしておく。

 ところで,最近学会でも常識となりつつあるメバルの3型(赤・黒(青)・茶)であるが,私がかかわっている場所でも時期的に型の組成に変化が見られてオモシロイ。現在に続く荒食いが始まったのが4月上旬で,その時は例年になく25㎝級の大きな赤が2割,居残りらしきソコソコの茶が8割といった構成だった。この頃はヘチのワカメ林の中から良型が目の前で飛び出すような見釣りが続いていたが,下旬に入り,赤はどこかへ去り(おそらく磯場に繁茂するガラモ場に),茶はここを離れて沖目の餌床に付くようになった。しばらくは夜にはヘチに戻ってくる部隊もいたようだが,4月下旬に入り,いわゆる青が混じるようになると,ヘチをねぐらとする部隊は極端に減り,沖目に散開,餌などの条件によっては集束する。胃内容物も,エビ等甲殻類から小魚に変わった。これが更に進むと,例年並みであれば,夏には青の中~大判が暴れまくり,周辺で小~中の茶とチビ赤が混じり合って遊ぶのであるが,今年はどうなるか。

 さて,これらの変化に呼応して,それぞれの型ごとの体型や脂の乗り,肉質なども当然変化していく。このへんが,大変味わい深い。
とうわけで前置きが長くなったが,今回はメバルの3型とその味の考察。

 メバルを釣っておられる皆さんも,どうも色カタチで味が違うようだとお気づきの方が多いと思う。そこでこんな表をまとめてみた。メバルの3型の出現時期,サイズ,および調理方法でみた食味評価である。ここ2年間の海の急激な変化によって少々傾向が変わってきている要すだが,だいたいこんなところだと感じている。メバルは概ね20㎝を境に肉質が変わるので,分けて記載した。
 なお,食味で×をつけては魚に申しわけないので「△」にとどめおいた。また,来遊状況についてはあくまでも境港港湾エリアが主体であることをおことわりしておく。




 この表に加え,各型の形態(プロポーション)および時期的な釣れ方の変化などを勘案し,味覚的視点からみたメバルの分類型の特徴をまとめると,およそ次のよう。

【赤】
 港湾付近への滞留期間が短く,かつ小型が主体。港湾部へはワカメ林などの海藻類を拠り所として来遊するので,これが消滅すれば,よそへ向かう。他の2型に比して味が繊細で身が薄く,刺身や焼き魚では十分に味わえない。10㎝前後の小型個体は春に雨後の竹の子の如くわき出すので「竹の子メバル」と呼ばれるが,この時期は味がたよりない(標準和名のタケノコメバルは,最近,ベッコウゾイと呼ばれている)。
 晩春の一時期,シラスを食い始めるエリアの20㎝前後のものは,煮魚にして佳味。濃い口醤油や砂糖を用いた田舎煮でも悪くはないが,3型中最もしっとり繊細な肉質であるため,昆布ダシに薄口醤油および少量の酒・ミリンを吸い物程度に調味した下地で静かに煮る「沢煮」が適す。また,3型中最も臭みが薄いので,沢煮を冷たく冷やして下地と共に味わう“冷製”も品がよい。
 いずれにせよ,最適サイズの20㎝前後は,市場には揚がるものの,境港の港湾メバル釣り師には,ちょいと縁が薄い。

【黒(青)】
 他の2型に比して,体高に対して体長が長く尾びれが大きいため,相対的に体の後半が痩せているように見える。これは,高速回遊して小魚を追い回す生態に適している。身の厚みは他の2型の中間くらいだが筋肉質。
 晩春,ワカメ林が枯れ始める頃から接岸が始まり,次第に個体数を増す。餌が沖目にないときには構造物にも定着するが,他の2型ほど執着せず,夏のある時期が過ぎると一斉にいなくなる。
 春の小型のものは問題ないが,夏が近づき大型が釣れだすと,これが悩ましい。磯臭さこそないものの皮が固く,煮てもブリンと反り返りゴム質,焼けば身との相性が悪い。脂が乗ってもこの傾向は変わらない。身肉のほうも,3型中最も硬く,加熱してもしっとりせずにバラバラだ。焼いても煮てもこの傾向は変わらない。
 ではどうするかと言えば,刺身に限る。皮をつけたまま湯シモとし,氷水にとったのを削ぎ切りにしてワサビ醤油でもよいし,肉を薄く削ぎ,湯引いて千切りにした皮と共にポン酢で食べるのもよい。夏の風情だ。皮の薄い茶メバルでは,湯引けば皮がはがれてしまうし歯ごたえに欠ける。
 また,青メバルは肉が硬いだけあって3型中最も日持ちが良く,3枚におろしてペーパーとラップにくるんでおけば,1週間でも身がしっかりしたままである。従って,尺前後の青メバルが1枚あれば,数日間にわたって夕暮れの晩酌オカズに困らない。

【茶】
 他の2型,特に青は専ら索餌目的で港湾に回遊するのに対し、茶メバルの集中的な接岸は産卵が主な動機のようである。晩秋から本格的な来遊が始まり,産卵を経て分散する。3型中で最も環境適応能力が優れており,春の頃は海中林で赤メバルと,初夏には沖目で青メバルとの混在も多く見られる。例年の傾向として,成熟個体の接岸,産卵,回復,小型個体の成長,分散,をサイクルとしているが,変則的に大型個体が構造物を拠り所として長期にわたって居残る場合も散見する。
 3型中,味覚上,また調理法上,最もバランスが良く,かつ汎用性が高いのがこの型だと思う。刺身ならば冬場に身が締まり脂が乗り,厚めに削ぎ切った飴色の身にははプツッとした気持ちのよい食感と穏やかな甘味がある。この意味において刺身に適すはせいぜい20㎝チョイまでで,25㎝を越えると刺身の小味は消える。そうなれば焼くか煮るのがよいが,焼いて旨いのは25㎝前後までである。いわゆる尺手前や尺上は大味になるので,若干旨みを加えてやる必要があるため,煮,或いは蒸すのが適している。煮・焼きの旬は,冬の生殖巣が未熟の時期と,晩春の回復後の2回訪れる。

 本種はホントにありがたい。ほぼ周年獲れる上に近場で釣れる数も多い。時期ごとに,旨いサイズが変わり,ちゃんと適した調理法が存在する。尺に近づいても,青メバルほど味が荒れるわけでもなく,皮も硬くならず,しっとりした肉質と,しっかりした皮の味に一体感がある。

 それに・・・。ここでは刺身・焼き・煮と代表的な調理法のみを挙げてきたが,実はこの茶メバルには,どうしても欠かせない,季節限定の料理があるのだ。それは「天ぷら」だ。

なーんだと言う事なかれ。
ちょうど山にコゴミ,タラの芽,ウドなどが出てくるころ,この時だけレギュレーションを18㎝から2㎝ほど下げる。スマンスマンとつぶやきつつ下げる。これを,そこそこ数を釣り,面倒でも3枚におろし,腹骨をすき,皮をひいておく。中骨はとらなくてよい。皮をつけたままでもそれはそれで香ばしくはあるのだが,この時ばかりは雑味なく味わいたいので皮はとる。

 まずきれいなサラダ油で山菜類をスバヤク揚げたのち,その鍋にごく少量のゴマ油をたらし,それでカラリとメバルを揚げる。片身で1枚。少々強火でカリン,と揚げる。
 単なる白身ではない。きめ細かくキューッと歯にまとわりつくようで,噛めばじんわりと甘味,その味を懸命に追いかけようとする刹那ののち,サラリと解けてノドに消え落ちてゆく。もどかしくて次の一切れに箸をのばしてしまう。単なる淡泊に非ず,ただならぬ淡味である。淡味なれど滋味である。引き際が絶妙で,知らずして引きずり込まれる味だ。
 この味わいは中~大のサイズでは,まず出ない。大判を切り身にして揚げても同じ味にはならない。要は小サイズの茶メバル特有の肉質なのだ。

 私にとっての春告げ魚は,これに尽きる。この短い期間だけ,毎年これを数回ヤル。メバルだけ揚げても雰囲気が出ないし,かといって他の野菜と揚げてもピンとこない。山菜と若メバル。春の天恵である。

 **************************************

 こうして書き綴り振り返ると,メバルの3型は,実に上手に棲み分けしており,時期・サイズで空間の共有と分離をおこなっている。そして,これに伴い食味の上でも交代があり,常にいずれかの型が何らかの調理法で賞味に値するしくみとなっている。天の采配とはこのことだ。
 
 釣れる魚のサイズのことを言えば,釣りの指向性にもいろいろある中,私は完全に味覚第一,かつオカズ確実確保,必要十分量漁獲,といったスタイルである。その時期に応じて一番旨い種類とサイズが適度に釣れてくれればよい。それを選んで釣ろうとするから,それはそれでアレコレ頭を悩ます。

 こんなだから,時折,意に反して季節はずれの青の尺物などが釣れると,当惑する。釣れたぜと自慢はするけれど・・・。
 茶メバルであっても大きすぎるのは考えものだ。今期釣れた茶の32㎝は煮て食ったのだが,やはり大味であった。この場合,「煮付けがいい」のではなく,「煮付けが妥当」なのである。いくら茶メバルとはいえ,煮て本当に旨いのは尺以下だ。特に25~28㎝あたり。

 昨年は年末にかけて,尺前後が結構続いた時期があった。オカズ優先なのでほかになければ持ち帰り食べるが,大きいのが釣れて,釣り人としてはウレシイ心理もある反面,実はいささか複雑な心境である。おのずから,そのような時期のそのような場所では,あまり釣らないようになる。メバルは尺越えまで10年以上かかるといった事実もあるが,やはり最高に旨く食べようと思えばこそだ。今日もこの時期,せっせと中判を追っかけている。

 少しずつ,青が混じり始めた。夏になって,この大判を数枚釣ったら,晩秋までお休みだ。  

Posted by ウエカツ水産 at 18:04Comments(8)魚・釣・料理