続・塩煮の世界
塩煮が簡易かつ滋味なる料理法である点,前回述べた次第。
そしてシンプルなものほど使い手に応じて様々に応用が利く。その点,料理も釣り道具もすべからく同じと思う。
過日,メバルの塩煮道にはまり込んでおられるイカロック氏の前に,次なる課題出現。それは“塩煮にもいろいろバリエーションがある”ということ。
世界の主たる料理を和・洋・中とおおまかに分類したとき,用いる素材の種類でみると,意外と似たようなものを使っていることに気づく。では何が違うのかと言えば,素材から出る旨み成分が共通であるとすれば,あとは素材の組み合わせ,中でも素材の味を補うために用いる主たる調味料,それから“香味”と“油脂の風味”の違いが最も大きいと思われる。これがひとつのカギとなる。
塩煮はその名のとおり塩水,それと少量の酒によって魚の旨みを引き出したもので,それ以外の風味は長ネギとサラダ油であり,これら調味料は魚の味を損なわず,かつ過不足のない役割を果たしてくれる。これを「和」,とするならば,洋や中との関係はどうなるのか,塩煮が化けるとはどういうことなのか、というのが今回のお題。理屈はこれくらいにして実践です。
●「洋」の塩煮
(1) 魚の下処理は塩煮に準ず。万事これを怠ってはいけない。
(2) フライパンにオリーブ油を若干多めに入れ,火を入れる前に厚めにスライスしたニンニク数片および種を抜いた唐辛子1本を投じ,弱火で加熱。辛味は唐辛子を熱する時間で調節する(油の味見も大切)。ニンニクは両面きつね色になったら小皿に取り出しておく。
(3) 火を中火に上げメバルの表・裏の順に焼き目をつける点も塩煮に準ず。表を焼き終わった時点 で,黄パプリカ,ピーマン等をメバルの周囲で炒め始める。
(4) メバルの両面を焼き終えたら,強火にして酒を投入し,蓋。アルコールが飛んだら蓋をとり塩煮と同濃度の塩水を注ぎ,粗挽きコショウを少々。ここでとり置いたニンニクスライスを戻す。
(5) 再度沸いたところで,トマト適量個数を“粗くすり下ろして”加える。竹製の「鬼おろし」があれば用いて最良。沸いたらアクをとる。
(6) 煮加減も塩煮に準ず。最後にセロリの葉,もしくは三つ葉を刻んだものを振りかけ,なじんだら火を止める。スープを飲みつつ食べるのがいいので,スプーンを添えることをお忘れなく。
さて,以上を見れば,あれあれ!いわゆるイタリーの“アクア・パッツァ”ではないか,と思い当たる方がおられて当然と思う。そこはそれ,本品はあくまでも“和”たる塩煮から派生したものであるから,味のスジは同じでも風味が少々異なる。パンだけではなく白いご飯にも合う。これは,食べていただければわかること。
アクア~も家庭料理なので,作り方もいろいろであるが,ここでご紹介したスタイルの特徴は,旨みはそのままに風味が爽やかであること。本場モノも大変おいしいが,いささか重たい。逆に,アチラ慣れした方には物足りないということもあろうが、当家の要点は以下の如し。
①ニンニクは途中で取り出し後で再度戻すことにより,香味と香ばしさのみ用いることができる。
②使用する酒はワインではなく日本酒を用いることにより,酒の酸味を控える。
③甘味の強いプチトマトやドライトマト,或いはトマトピューレなどは用いず,大型トマトを生ですり下ろ して加える。
③香辛料として通常用いるバジルやオレガノ等は入れず,香味はニンニク・黒コショウとセロリないし 三つ葉程度とする。
では次に,中国大陸に赴きますか。
●「中」の塩煮
(1) 魚の下処理は塩煮に準ず。ゆめゆめこれを怠ってはいけない。
(2) フライパンにゴマ油を入れ,皮付きショウガのスライス数片を投じ,弱火に点火。香りが立ったところで長ネギの青い方から半分をみじんに切ったものを投入し,軽く炒める。
(3) 長ネギの香りが立ったところで,火を中火にしてメバルを入れ,表・裏と焼き目をつける。そして酒入れて蓋。アルコールが飛んだら塩水を加え,煮加減を料る。この一連の工程,全て塩煮に準ずる。
(4) 煮上がり直前にゴマ油ごく少量をメバルに直接たらし,火を止める。
(5) 残った長ネギの白い方を5㎝ほどに切りそろえ,芯を抜いてタテに極細に刻んで,水にさらして水気を切る。いわゆる白髪ネギ。そして,ショウガの皮を剥き,針に刻んで水にさらして水気を切る。いわゆる針ショウガ。これを,器に移した魚の上に,ネギたっぷり,ショウガ適量,の順に盛りつける。これは,ネギとショウガを熱いスープの中に崩し入れ,ほぐした身と共に浸しながら食うのがスバラシイ。
さて,以上を読めば,アレね!いわゆるチャイナの“清蒸(チンジャオ)”??,半疑問系でおっしゃられても,この場合は,いいえ全く違いマスとお答えするしかない。ご覧のとおり蒸していない。
第一,恐れ多くも中国大陸最強の魚料理であるチンジャオは,本格の料理店であれば,これ専門の達人が一日中それのみの任に徹し,魚のサイズ・質,調味,蒸し加減に至るまで,全神経を針のようにして蒸し上げるという、たいした料理なのである。そこでまたまた当家としては,「本品はあくまでも塩煮から派生したものでありますから云々,」などと述べるのみ。
しかし,食べてもらえばわかるが,なかなかいい線をイッテるのである。かの蒸し魚料理のように神経をとがらかすことなく,極めて短時間で,別の、近い味を味わえる,というのは言い過ぎか。風味の要件は満たしている。試しに,かの料理に専ら用いるデカ口の魚=ハタ類,マハタ(ホンカナ)やアオハタ(キカナ),キジハタ(アカミズ)なんかで作ってみると,これがイケルのである。
→ ただし,決定的なことが・・・
● フライパンに入れて蓋できないサイズの魚は無理。かといってちょん切るのは惜しい。
● 魚が大きいと,直火では火の通りにムラが生ずる。
・・・ですから,小さいキジハタなど釣れた時には,お手軽に,ぜひ。
総じて,洋や中から和には化けにくい。が,和から洋や中テイストへの移行は,その構成要素さえ押さえれば比較的容易である。これは和の世界がに素材の持ち味を優先していることの証であろうと思う。従って,たとえば「韓」はどうか(ゴマ油,大葉・ニンニク・辛・味噌など),「タイ」はどうか(サラダ油,甘・辛・酸+香味),というように,世界の料理と芋ヅル式に広がっていける。どこを旅してもいろいろできる。構成要素とそれらの加減。順序とタイミング。これだけでもいろいろできる。最初は似て非なるものであっても,研鑽すればしただけ独自のホンモノとなる。
もっとも,最近の創作料理なんてのにマトモなものに出会ったためしがない。趣味の延長で、古今東西の味の系譜を逸脱した独善的ママゴトのように見える。プロというからには基礎と基本は一度はちゃんとカラダに憶えさせないといけない。草書の前には楷書の練習が必要ではないか。なんてのは余談。
まあ,だまされたと思って、塩煮と真剣に遊んでみてはいかがでしょうか。
おもしろくて旨いですよ!
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