アカミズ三昧
アカミズを知る人が表題を聞けば,アカミズを?三昧?そりゃケシカラン,となるでしょうな。釣る意味でも,食う意味でも。それほどに“宝石のような”高級魚だ。
そのようなサカナを存分に食う,というような状況も,長い人生たまにはあるのだなあ,というのが今回のお話。すみません。
こちら山陰で言うこところの“アカミズ”とは,標準和名を「キジハタ」,瀬戸内海の名を“アコウ”という。周年釣れなくはないが,梅雨が過ぎて暑くなる頃に活発化して旨くなる夏の魚である。内海であれ日本海であれ,その肉は極めて上品な甘みをたたえた「根魚白身界の帝王」であることに変わりはなく,瀬戸内海などでは狙ったところでなかなか釣れぬ幻(?)に近いサカナであるし,山陰では魚影が比較的濃いとはいえ,最近のワーム釣りブームで小型が数釣れることはあっても,キロ超えが数まとまって釣れることはありえないであろう。現に,一本釣りや延縄でがんばる職漁師でさえ,アカミズは混じることはあっても狙い釣りはありえん,と言うのである。
さて,私の少し年上の友人で,ベニズワイガニを“かご”で獲る,いわゆる“カニカゴ漁業”の船主を境港でやっているヒトがいる。このヒトは,島根半島笠浦の出であり,幼少のころからさまざまなサカナを追いかけて成長し,長じて漁労長となり,今では100余トンのカニカゴ船「第78漁徳丸」の船主なのであるが,このヒトは,根っからサカナを獲るのが好きな“漁り人”(←読めるかな?2つ読み方アリ)だ。
ひとくちに漁村の出で漁師をしているといっても,漁師誰もがどっぷりサカナ好きかといえば,そうとは限らず,一般的にはむしろその逆だ。オカに上がればパチンコばかりしている者もいれば,ネーちゃんのいるところへ出かけてセッセと金を使う者もおり,そもそも趣味の少ない漁師連中の中にあって,本業以外までサカナを追いかけるこのヒトのようなケースは,意外と少ない。
これは,料理人が,仕事を離れれば普段はあまり自分で作っては食わない,などと言うのと似ているかもしれないが,そんな料理人は意外と本業もたいしたことないものだ。料理人は人生を貫いて料理を作り自らも食い続けてこそ進歩大成するのであって,漁師もまた然り。本当に上手な漁師は,日常もサカナを追う感覚を忘れない。漁村に育ったからといって漁師の血が流れているわけではない。本当にサカナを狩るセンスが体に染みついている者を,結果として「漁師」と呼ぶのだ。そういう意味で,今は漁師も料理人もピンキリだ。
友人「長崎さん」は,そのような中でも稀な,本当の漁師のうちの一人だと思う。かつてカニカゴ船の漁労長をしていた頃,自身の出所である笠浦に小船を持ち,ベニズワイガニの休漁期7~8月の2ヶ月間の釣りだけで120万円を毎年コンスタントに稼いだツワモノだ。しかも,アカミズだけで。水揚げのたびに周りの漁師がビックリ仰天して真似しようとするが,ムリ,であったという。そりゃそうだ。一本釣りだけでそれだけの水揚げをできるのであれば,年収約1千万。食っていけるどころか,セガレを大学にやっても,なお家が建つ。
今のところ長崎さんは船主業が主であって,魚釣りで稼ごうとは思っていない。カニカゴ漁船の経営のほか,境港の商店街でカニも売っている。が,やはりサカナ獲りから離れることができず,昨年,50馬力の船外機船を中古で買い,しばらくやめていたアカミズ釣りを再開した。そして今年,「ワシのウデを見せてあげーけん,たまには行かんかや」ということで,誘われ行ってきたのである。
長崎さんの漁場は笠浦沖から西は多古鼻,東は片句沖までの狭い範囲だ。行動範囲が狭くても,その中を徹底的に深く探求しているが故に,それで十分獲れる。従って遠出の必要がない。これは,私の漁場開拓にも共通するところがある。より経費がかからない範囲でスキマを釣る。合理性と経済性を追求すると,おのずからこうなる。
共に出漁する一週間前,長崎さんは今年最初の試験操業の成果を見せてくれた。夕方の1時間半でアカミズの2キロ級3尾,800g前後が4尾,ボッカ(カサゴ)の500g前後が5~6尾。一人での釣果だ。なかなかヤル。
前夜,私は,期せずして,まだ見ぬヨロコビに目が冴えた。その期待は,見せられた釣果に対してではなく,そのような釣果を確実に獲ってみせる長崎さんと共に釣りをできることに対して。
最後にこのような思いをしたのはいつだったろうか。漁師稼業を去って十数年,学生のころ,初めて漁船に乗って働いたときの前夜を思い出した。
いくつになっても胸膨らむ想いを乗せられる対象があるのは,いいものだ。
それを,どれだけ,いつまで,持ち続けられるか。それが人生の“輝き”というものなのかもしれない。
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さて当日,出港して漁場に着いたのが朝6時。周りには既にポツポツと釣り漁船やプレジャー船が見えるが,皆,錨をおろして釣っている。各船とも竿はほとんど曲がっていない様子。さてさて。
長崎さんの釣りは,位置測定のためのGPSプロッターをほとんど使わない。全て2点ないし3点の陸の景色を記憶して船位を決める“山立て”による,昔ながらの方法だ。そして漁場に着くと,錨は打たず,エンジンのスロットルと舵を握りながら,ひたすら魚探とニラメッコとなる。まず海底の微妙な形状がカギなのだ。アカミズが潜む海底地形をピンポイントで探す。
そうして探し当てたポイント(=“穴”あるいは“山”)をいくつ持っているかが釣果を左右するのであって,長崎さんはそのような自分の穴を100ほども持っているという。
餌は前日に釣っておいた小アジ。2本針,錘30号の胴突き仕掛けだ。
長崎さんは3.2mの固い振り出し投げ竿に,PEライン5号を巻いた大きな投げ釣り用スピニングリール。これで,合わせと同時にグイグイとアカミズをスバヤク根から離し,ゴリゴリ揚げてしまう。数を獲るための合理的な道具立てだ。
片や私は10~50号まで背負える全調子の細手のチューブラ2.1mに,PEライン2号を巻いたバス釣り用の小型両軸受けリール。波の動揺を消し,食わせを重視。かつ錘が根に触れるのを感知して微調整できる繊細な道具立てだ。
これまで陸からのワーム釣りで釣れてくるアカミズの35cmまではメバル竿にフロロ4lbで十分獲ってきたので,強度的には不安はない。要は竿の弾力を活かしきれるかどうかにかかっている。
ちなみに私が主に使っているメバル竿は「根魚権蔵チタン8.1ft」であり,チューブラ全調子でかなりペナペナしているが,イザというときの“腰”,にかなりの信頼を置いている。「全調子では根に潜られませんか」と言う人がいるし,かつては私もそうではないかと思っていたが,それは掛けてから次の瞬間のリールの巻き方と竿の操作を合わせることでカバーできる。あとは,そこそこのレベルの竿であれば,竿がサカナを浮かしてくれる。また,そうしてくれない竿ではダメなのだ。この竿とレブロスの2500番の組み合わせで,スズキ70㎝程度なら楽に獲れる。
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出港まもなく小手調べで始めた近場から,いきなりアカミズとカサゴが連発し,その後,場所を変えるたびに食うこと食うこと。底ではアカミズやらカサゴやらが,口をあけて待っているのではないか,と思うほど安易に釣れる。アカミズは全て1キロ前後,カサゴは20~30cmといったところ。潮が悪くなるとオコゼやマトウダイやらが顔を出したが,場所をちょっと変わればまたアカミズだ。ひとわたり釣ったところで,長崎船頭いわく,“ウエちゃん,これの親玉がおるとこに連れてくけん”といって少し走り,そこでは予定通り2キロ級が2尾出た。
結局,餌がなくなる昼前までに,全部で2キロ大を2尾に1キロ前後を18尾,ホンカナ(マハタ)が2尾,カサゴは多数。これにはたまげた。世間並みで言えば大漁も大漁,水揚げ金額にして活魚であれば10万円近い。筋金入りの漁師の実力とはこういうものかと思い知らされた。彼の,サカナを追跡する姿勢とそこから出る結果には,驚嘆を通り越し,ただ感動あるのみ。
ただし,このような漁師は,私が知る限り,島根から石川県まで7府県を歩いてみても聞いたことがない。おそらく山陰ナンバー1だと思う。しかもこれが今は本業ではないというのだから,これまた・・・。その上,これだけ釣っても「今日は潮が悪かったしサカナがこまい。またこんど釣らせるけん」と渋い顔なのだから恐れ入る。大きいアカミズとは3キロ越えを言うのだそうだ。3キロ数本に2キロ級が10ばかりも混じればまずまずだけど,なんてことを平気で言う。
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この日の釣りを振り返ってみてアカミズについて思うことは,けして釣ることがそれほどおもしろいサカナではない,ということだ。実際に潜って観察するとわかることだが,彼らは自分の穴を中心に縄張りをもっているので,潮が動いていてその範囲内に餌ないしルアーを落とすことができればほぼ確実に食う。その穴から釣ってしまっても,しばらくすると次のアカミズが入る。先述した“持ち穴の数が勝負どころ”というのは,ここだ。
従って船のアカミズ釣りの場合,そのピンポイントに船を持っていく船頭の技術が9割を占め,釣り手の技術は残り1割だ。根掛かりをうまく避けつつ,食わせてから穴に入らぬよう最初にうまく引き剥がすことができれば,あとはゴンゴンと重く竿を叩くのみ。最後まで抵抗することは少なく,水面に釣り上がってしまえばほとんど暴れない。更に船上に横たわればおとなしいものだ。 “根”に依存して生活しているだけに,とにかく“根”から引き離されると意外なまでに情けない。アカミズに限らず,ハタ類は全てそうだ。
そういうわけだから,竿は堅く強い必要はない。むしろ柔軟で食い込みが良く,しかし掛かったあと根に引きずり込むのを阻止できる粘り腰がある竿がよいとみた。そういう意味では今回の道具立ては的を得ていたと言ってよいであろう。軟・硬両方試してみたが,先調子や堅い竿では波の動揺を消すことができずに警戒心を与え,従って,アタリ始めてから離してしまうことも多い。ここに差が出る。また,ハリスの太さは思いのほか影響があるようだ。これはアカミズに対してというより,餌の動きを左右するという意味で。5号と6号のフロロを使ってみたが,わずか1号差にもかかわらず,アタリの回数では断然5号に分があった。
引きの強さという点では,今回,水面付近までドラグを引き出すような引き方をしたのは2キロ級だけであり,このときは上針に2キロ,下針に1キロのアカミズが掛かっていた。結局,釣り自体の味わいとしては,小さくても日ごろ追っかけているメバルの方が断然おもしろい。ただ,なんといってもアカミズの食味には捨てがたいものがある。それどころか,山陰のサカナの中では,ノドクロ(アカムツ)を超える高級魚である。これは味の真価を追求しないわけにはいくまい。
沖上がり後,長崎さんが,アカミズは刺身以外にどんな食い方があるだろうか,と言うので,それでは今夜ウチにおいでませとお誘いし,いくつか作ってみた。
なにせ,アカミズもカサゴも売るほどある。急遽,松江から当ブログの大家さんである釣り天狗兄弟とノリちゃんも呼び寄せて,総勢7名の“アカミズの宴”と相成った。
さてその内容をご紹介すると・・・,
一, 造り
二, 昆布締め
三, 焼きちり
四, カルパッチョ
五, 塩焼き(カサゴ)
六, 野菜蒸し
七, アカミズ飯
今回は,アカミズの「可能性」というよりは「真価」を探ることが目的であるため,いずれの料理もほとんど手を加えず,加えるとしても日本,あるいは外国の古来よりある調理法を基本とし,あくまでも素材の味を尊重するかたちにとどめた。
以下,詳細を書いてみよう。
一,【アカミズの造り】
アカミズは,白身の肉に独特の甘味と,淡泊なようで舌にうっすらと良くなじむ脂を乗せている。その上なんといっても,肉の腰が秀逸である。その点,1~2㎏の太めのものが特によい。
当然ながら,釣り上げたものをイケスで餌吐きさせ,しかる後に即殺・放血,すなわち“活け締め”とし,濡れ新聞にくるんで氷をあまり打たずにおく。こうしておけば,身が白く濁らず,刺身にしても美しい半透明に保たれる。
洗いにするのであれば,硬直が起こる前に薄くそぎ切りして氷水にさらせばよい(過去ログ「スズキの臭味」参照)。
タイやヒラメなど多くの上級白身魚で共通していることだが,アカミズも刺身として旨いタイミングは2度ある。
一回目は硬直が起こりかけのときで,上手に締められた身であれば,刺身にひくときヒリヒリっと心地よい微振動が刃先に伝わる。三枚におろし,皮をひいて背・腹のサクに分けたら,体の表側を下にして,尾のほうからそぎ切っていく。薄造りや洗いのときより若干厚めがよい。目安としては,身を包丁で削ぐとき,かすかに刀身が透けて見える程度。厚さにして4~5㎜。1枚ごとにナナメに寝かせた引き包丁で切っていくが,毎回最後の一皮分を包丁を立ててクッと押し切ってやると,並べたときにカドがきれいに立って凛々しく映える。噛み下すと,身が口の中で踊り,やがて切れのいい甘味と脂が伝わってくる。
二回目は,硬直が続いて終わりかけの頃で,肉は若干軟らかくなっているが,旨味は断然増している。じわりと甘く,しっとりと歯に絡む。これは,活け締めした1㎏前後であれば2日,2㎏前後であれば3日,きれいに下処理したアカミズをペーパーでくるみ,ラップをして冷蔵庫で寝かせる。これを造るときは,一回目の場合より若干包丁を立てた少し小さいそぎ切りとし,厚さは7~8㎜程度と少し厚め。“ポッテリと”切りつける。
書いてしまえばわずかな手法の差ではあるが,これが,味のバランスに出るのである。割烹の“割”すなわち包丁技術は,このようなところにその意味を見出すことができる。お試しあれ。
合わせるのはワサビ,そして,できれば甘くない上質の醤油がよい。たまり醤油や刺身醤油はアカミズの甘味を殺す。
二,【アカミズの昆布締め】
素の味を刺身で味わったら,少し手を加えてみる。
白身で定番の「昆布締め」であるが,これについては,“昆布締めの味に2極あり”,と申し上げたい。漬け物に例えるならば“浅漬け”と“古漬け”だ。2極というのは両の極端であって,実はその中間は味覚上中途半端でツマラナイのである。諸説あるにせよ,私はこう思う。さてその内容とは,,,
●浅漬け
①サクにとったアカミズは,5㎜程度のそぎ切りにしておく。
②できれば利尻昆布,なければ他の昆布を酢にくぐらせてから拭きとり,柔らかくしておく。酢で拭くことによって,身を締めると同時に,昆布のヌメリを除くことができる
③昆布の上に,アカミズの刺身を,半分ずつ重なるようウロコ状に並べていく。
④びっしり並べ終わったら,手の平を水で湿らし,そこに薄く粗塩をなすりつけ,並べた刺身の表面をまんべんなく軽く叩いてやる。こうすることによって,均一かつほどよい塩分が片面のみに回り,ちょうどよく身が締まる。塩の当て方と加減については,職人であれば振り塩を当てるところであろうが,我々ノンプロはこのやり方のほうがうまくいく。
⑤塩を当て終わった上から,もう一枚,同様に柔らかくしておいた昆布をかぶせ,これをラップで包み,砥石などの重しを乗せて冷蔵庫で15分。
⑥上側の昆布をはずし,このまま皿に乗せればよい。
この程度の浅漬けだと,昆布の風味と旨味がうっすらと身に移った加減となり,アカミズの旨味の邪魔をせずに盛り立ててくれる。これは,醤油は使わずワサビだけで食べるのがよい。
ところで,寝かせる時間をこれ以上かけると,こんどは“昆布風味”が“昆布臭さ”に変わり,昆布の“旨味”が“嫌み”となってアカミズの味を殺してしまう。
そう言う点では,ヒラメにせよタイにせよ,世の多くの昆布締めは寝かせ過ぎであると思う。
そこで,どうせ昆布味になるのなら徹底的にやってしまうと,これはこれで別物として味わえるからオモシロイ。これが古漬けだ。
●古漬け
①浅漬けの作り方の①から⑤まで同様。
②押しをかけて寝かせる時間を丸一日以上とする。そうすると,身はベッコウ色に透き通ってくる。これを昆布からはがし,皿に盛る。
こうすると,こんどは味の主役が魚から昆布へと変換する。これは,魚肉を媒体として昆布の旨味を味わう昆布締め,というわけだ。これは,ワサビよりも和辛子が合う。これも醤油は用いない。ビールでやるなら,ゴマ油に先っちょを浸して食うのもオツだ。
ただし,アカミズで古漬けをやるのは,もったいない。余れば別の話だが。
せいぜいイシガレイとか,スズキ,イシモチなどの,ワンランク下の白身でツマミ作りと割り切ってやるのが妥当と思う。
三,【アカミズの焼きちり】
「焼きちり」とはなんぞや?というとき,すぐに思い出す「ちり鍋」。これは身を熱い鍋に投じたときにチリッとそっくりかえって弾力が増す様を言ったものだ。
従って,焼きちりとは,生の魚肉を焼いてチリッとさせたものを指す。チリッというからには,さっと火を通し中身は生であることが前提。そして,身の固い,鮮度のよい白身の魚でなければチリッとはならない。それでは,カツオのタタキやチヌおよびグレなどの「焼き切り」はどうなのかといえば,これはチリッではないから,焼きちりにはあたらない,ということになる。
この料理は,鮮度のよいアカミズやその他のハタ類でやると最高だ。鮮度のよいマゴチやタイでもよろしい。では作り方を。
①まず氷水を用意しておく。
②サクに切って皮をひかないアカミズを,幅1.5㎝,長さ3センチ程度にずんぐり切り分け,皮を上にして,わずかに間隔をあけて耐熱皿もしくは焼き網の上に並べておく。
③簡易バーナーで皮側から火を当てるが,アカミズの皮は固いので,火の先端から少し話した距離で,皮目の脂がジリッと音を立てるまで炙ってやる。バーナーがないときは,切り身を串に刺して,皮側からガスレンジの強火で炙る。焼き加減は同様。
④すぐさま氷水に放ちあら熱をとる。
⑤ザルに上げ,フキンにくるんで軽く叩くように水気をとり,盛りつけて冷蔵庫で冷やす。
これは,洗いと並ぶ,まさに夏の一品。カイワレ大根や千切りキュウリなどを合わせ,ポン酢でやる。同じく表面だけに熱を通す「湯引き」があり,こちらも涼しげではあるが,焼きちりは,皮目の香ばしさと弾力の強い白身の合わせ技で,カラリと旨い。
四,【アカミズのカルパッチョ】
既に当家過去ログ「カルパッチョについて,ひとこと」で,本来のカルパッチョがどのようなものであるかを述べた。あらためてポイントを書いておく。
①三枚におろしサクにとったアカミズは,皮をひき,たっぷりの粗塩をまぶして皿に置く
②水分が滲出してきたら,手早く流水で塩を洗い流し,フキンで水気をよくとっておく。
③皿に,水でさらしたスライスタマネギを敷き,その上に薄くそぎ切りにした切り身を重ねずにまんべんなく乗せていく。魚の厚さは,3~4㎜程度と薄くする。
④黒コショウを挽き,身の上にまんべんなく振ったあと,ライムもしくはレモンの汁を細くまんべんなくたらしかける。
⑤ここでは彩りと夏のほろ苦みを補うために,極薄く輪切りにスライスして水でさらした緑のピーマンを散らした。
⑥最後にバージンオリーブ油を細く全体にかけまわし,これを冷蔵庫で冷やす。
過去ログでも申し上げたが,とにかく塩でちゃんと締めること,そして,調味料をかける順番を間違わないことが肝要。少なくともカルパッチョは,刺身にドレッシングみたいなものをかけただけの料理ではない。先人の知恵が詰まった郷土料理である。
五,【カサゴの塩焼き】
アカミズではないが,釣りボッカ(カサゴ)がある以上,これだけは欠かせない料理だと,今は思っている。
“今は”,というのは,長崎の出である私は,ついこのあいだまで,アラカブ(カサゴ)=味噌汁,という構図を完全に信奉しており,いつでもどこでも常にそれに忠実であった。煮付け,唐揚げなどはカサゴの味として格下であった。
なにせ,長崎では,カサゴの尾頭付き味噌汁専用の広口大型の塗り椀が存在するくらいだ。祝いだろうが法事だろうが,これでアラカブの味噌汁が出てくるのであり,ちゃんとしたアラカブ汁を出さないと,“あン家の法事のアラカブ汁はウマかったとバッテン,今日ンとはマズかのう”,とかなんとか,陰口をささやかれるのである。
が,昨年,当家ブログ大家の釣り天狗兄弟にカサゴの塩焼きが旨いと聞いて,試しにやってみたところ,これにはビックリ仰天しましたね!
焼くときの匂いといい,香ばしく新鮮な身と皮のはじけた旨さといい,ヒレ際や頭の肉の各部位の歯ごたえ・甘味といい,野趣に富んだ味わいに,引きずり込まれる思いがしたものだ。今まで吸ってきたカサゴの味噌汁も当然旨かったのであるが,これまで食ったカサゴの数の半分くらいは,過去に戻って塩焼きで食いたかったと,少しだけ思った。
それほどいい。
総合点の高いカサゴの塩焼きであるが,その詳細を述べると,わずか20㎝やそこらの小柄な体の中に,次に掲げる様々な美味を秘めている。
①背肉
②腹肉
③尾肉
④各ヒレ際の肉
⑤こんがり焼けた各ヒレ
これらを全て食べ尽くしナメ尽くしたら,頭を持って腹側を上にして,
⑥背骨に沿ってついているむっちりした浮き袋
⑦背骨と頭をつなぐ,首を動かす細長い筋肉2本(これがカサゴの身の中で最も旨い)
⑧目の裏側にある動眼筋2片(これがカサゴの身の中で最も歯ごたえがよい)
⑨目
⑩脳みそ(背骨をはずした頭から吸い出す)
⑪ほお肉およびその周辺
⑫唇
⑬舌
ね,スゴイでしょう?それぞれのパーツが全部味が違う。
更に,これらを全て味わい尽くしたら,全ての残骸を椀に入れて熱湯を注ぎ,アラを箸で突きほぐし、しばし待つ。これに薄口醤油数滴をたらしてズーッと吸って,完了,となるのである。
以前ご紹介したノドグロの塩焼きとは別の意味で,こんな塩焼き,ほかにありませんよ。
①カサゴは大きすぎるとやはり身がゆるくなるので,20㎝前後がよい。体側に肩から尻ビレにかけて背骨に到達する包丁を入れ,あらかじめ薄く塩をまぶして暫く置く。このときに,のど元から腹の中までも塩を当てることが大切。要は,全体に,塩をまわしてやることが肝要。
②目が塩分でうっすらと白くなったところであらためて各ヒレに化粧塩を施し,身の両面にも軽く塩を振る。このときの塩の振り方は,湿った手に付着した塩を,指をパッパッと開いて飛び散る程度,これでよい。
③まず,背を向こうに頭は左,つまり表側をちょっと焼く。そうすると,釣った当日のカサゴであれば,グリルの中で上方に反り返りはじめるので,すかさずひっくり返す。そして7割焼き,表に戻して3割を焼き上げる。
コツはこんなところ。反り返るのをそのままにしておくと,ひっくり返せなくなるのです。これは高鮮度の証であるわけですが,ちょっと困る。
六,【アカミズの野菜蒸し】
香港および上海あたりで,何が高級海鮮料理かといえば,アカミズを含むハタ類の蒸しもの,これに尽きます。清蒸(チンジャオ)という料理で,白髪ネギや香草と共に,塩と老酒少々で蒸し上げる。これにはイセエビやワタリガニ,その他の魚をはるかに凌ぐ値段がついている。イケスに泳がせてあるアカミズを指名(?)すると,彼は料理人の手によって速やかに拉致され,下処理され,速やかに蒸されて出てくる。万事が速やか,なのである。
過去ログで書いたかもしれないが,本格の中華料理店には,この蒸し魚専門の職人がおり,最上級の給料が与えられているという。魚のサイズ,脂の乗り,時期,肉質などをグッとにらんで見極め,1分と違わずピタリと最適な蒸し加減に仕上げる。横浜あたりには,いるのですね,こういう4000年の歴史を感じさせるそのような料理人が。
では我々家庭人がやる場合,いくら活け締めしたところで活魚にはかなうべくもない。それならいっそ,たっぷりの野菜の力を借りて,そしてアカミズの旨味も野菜に吸ってもらって,家庭的で豊かな一品に仕上げようというわけだ。
ところで,大きなサカナを蒸すときに,ウチには蒸し器もないし,大きな皿もない,と諦めていないだろうか。いい方法がありますヨ。
番外【蒸し器がなくても蒸す方法】
①アルミホイル4枚を同大に切り,重ねる。
②四辺のうち一辺を2㎝ほど折る。折った部分を更に半分に折る,そして更に半分に。これで,重ね折りした部分は5㎜ほどになっているはず。
③ここでアルミホイルを左右2枚ずつに広げ,真ん中の折った部分をキッチリ押して平らにすると,アルミホイル2枚重ねの大きなシートができあがる。
④この両端を絞って,舟状に整形する。これにサカナなどを入れ,大きなフタつきフライパンに半分ほど水を沸騰させ,舟をそこに浮かせてフタをすれば,立派に蒸すことができる。
⑤大皿に乗せかえる場合は、ホイルのまま乗せ、ホイルの中央付近に切れ目を入れ、そこから両端を引っぱるように破ってホイルだけ抜けば(コンビニの握り飯で、ビニールをぎゅっと引くと、海苔とご飯が一緒になる、あの感じ)、サカナは崩れずそのままの姿で大皿に残る、という次第。
さて,蒸す道具の問題もクリアしたところで,野菜蒸しの作り方だ。
①野菜は,ニンジンは千切り,細ネギ・エノキは5㎝,シメジはばらし,これらをボウルの中で,少量の塩を振って混ぜておく。
②アカミズはウロコをとり,頭つきのままエラ・腹を除き,全体の水気をよく拭いておく。
③アカミズの体側に両面とも3カ所,背骨に到達する程度の包丁を入れ,全体に塩をまぶして30分置く。若干強めに塩をしてよい。
④アルミホイルで作った舟に野菜を少し敷き,口や腹に野菜を詰め入れたアカミズを寝かせ,その上に更に野菜をかぶせる。最後に少量のサラダ油をアカミズにかけてやる。
⑤フライパンに3㎝ほどの水を沸かし,舟を入れフタをする。そのまま強火で15分程度蒸し上げる。フライパンの水が少なくなくなったら足せばよい。包丁目の間から骨が見えたら完成。
アカミズに入れる包丁目は,火の通りをよくすることと,食べるときに肉をとりわけやすくすることが目的だ。
この料理のポイントは,酒を使わないこと,そして,野菜とサカナの塩加減を,出来上がりを想像して調節することにある。
この料理も,おわかりと思うが,和・洋・中,自在である。過去ログ「塩煮の世界」を参考とされたし。
七,【アカミズ飯】
一般的に知られているサカナの飯といえば、マダイを使った「タイ飯」だが,これには2タイプある。
瀬戸内海中西部を中心とした漁師料理であるタイ飯は,海水で研いだ米を硬めに水加減し,下処理したタイを丸ごと入れて炊き込んだもの。タイをあらかじめ焼いてから入れる場合もあるが,これは漁師料理を陸上でやるようになってからのこと。炊き上がったら,骨を取り除いて身だけを飯に混ぜ込む。マダイのほかに,クロダイやキダイでやる地方もある。
もうひとつは愛媛県の豊後水道に面した宇和島周辺におけるタイ飯で,これは刺身状に切ったサカナを薬味と共に醤油ベースの下地に漬けた,ヅケの一種である。これを飯に乗せて食う。豊後水道エリアの各県にはサカナのヅケでを食う文化が広がっており,たとえば大分県佐賀関では,醤油とミリンを合わせて刻みネギとすりゴマ,唐辛子を混ぜた下地にサバの刺身を漬けたものを「リュウキュウ」というし,大分と愛媛の中間にある日振島では,アジなどの青魚を薬味と共にヅケにしてご飯の上に乗せ,卵の黄身を落としたものを「日向(ひゅうが)飯」と呼んでいる。これは宇和島水軍の食習慣の名残だ。
更に宇和島中南部に下ると,そこで「タイ飯」となる。原理は同じで,要は,「その土地でなじみの深いサカナを刺身に切って,薬味と共に醤油地に漬け込み,それで飯を食う習慣」が,豊後水道には根強いということだ。
ついでながら,同じ愛媛県内でも,豊後水道側ではヅケ飯のことだが,瀬戸内海に面した今治あたりでタイ飯といえば炊き込みになる。このへんの分水嶺がどこにあるかは定かでないが,やはり食習慣というものは,その風土・生活から発生し,伝播して形成される。
ともあれ,ここでは宇和島流の「アカミズ飯」だ。しかし言葉の響きがマズそうですな。瀬戸内海の呼称で「アコウ飯」のほうが,何やらうまそうに聞こえるが,瀬戸内海に斯様な食い方はない。もっとも,高級なアカミズをヅケで食うなんて人は,おそらくおらんでしょう。
名称はどうでもいいが,とにかく旨い。当然,タイやヒラメのヅケにはない白身の旨さがある。アカミズが手に入らなければ,ほかのハタ類でもやる価値アリだ。では作り方を。
①アカミズは皮をひき、サクにとり,5㎜程度のそぎ切りにしておく。
②ボウルに入れた醤油に徐々にミリンを加えていき,塩辛さの“カド”がとれる瞬間で加えるのをやめる。甘すぎれば身の味を損なうし、足りなければ塩がきつい。
③下地に大葉を刻み入れ,そこにすりゴマ(白)を,ドロッとするくらい多めに加えて混ぜておく。
④この中にアカミズを投入してざっくり和え,暫くののちに,これを熱い白飯の上に敷き詰める。
これだけです。
アカミズ自体が大変味の深いサカナなので,“リュウキュウ”のようなネギも,“日向飯”のような卵も加えない。下地はシンプルでよい。薬味は大葉だけ。欠かせないのはすりゴマ。
ヅケが残ったら,翌朝,ワサビを添えて茶漬けにするのがいい。一日の始まりとしては気持ちがよいものだ。
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さて,この日に作らなかった料理で気になるものがある。
お集まりの皆様が,既に満腹してしまったから作れなかったわけで,残った骨・頭,すなわちアラを使った料理を少し書いておく。
【塩煮,およびマース煮】
いずれも適する。調理方法については過去ログ「塩煮の世界」および「もうひとつの塩煮」を参照されたし。これはアラのみならず,一尾づけでやっても当然おいしい。
【煮付け】
一尾をまるまる煮付けてしまうと,意外と月並みな味だ。残りアラでやるのはよい。
鍋に酒と水を半々で割って沸騰させ,ミリン少々を加えて際沸騰したらアラを投入。火が通ったら,3回くらいに分けて醤油を加えていく。
【酒蒸し】
これも残りアラでやるのがよい。頭は半割し,背骨は適当に切り分け,塩をして暫く置く。鍋に酒を2㎝くらい注いで強火にかけ,沸騰し始めたらアラを投入してフタをする。煮立つ泡がアラをかぶるくらいに火加減し,10分でできあがる。
これは熱いうちにポン酢をかけまわし、刻みネギで食うのがよい。
【焼き】
頭を半割して塩をあて,しばらく置いてから焼く。
頭まわりの肉は,特に弾力に富み,かつ歯切れ良く,さっぱりとした味だ。
今回はカサゴを焼いたが,この代わりに出してもよかろう。
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やはりアカミズは,体の隅々まで,真の実力者だと思う。値段が高いだけのことはある。実は,内臓や皮まで,捨てるところがない。これらはアラと共に煮付けにするのがいい。けして捨ててはいけない。捨てるのは,結局ウロコとエラだけだ。
このたびのアカミズの宴は,延々5時間に及んだ。
使用したアカミズは2キロ級1尾,1キロ級5尾,800グラム級2尾。あとはカサゴを7尾。
残りのアカミズは皆で分けて持ち帰った。
山陰の海では,こんなことも,たまには,ある。
今年の夏も暑くなりそうだ。うっとうしいスズキの野郎はとりあえず置いといて,沖でアカミズとじっくりつき合うのもよい。
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