あれやこれやのイカを食う
久々の更新です。いつものぞいてくれてる方、ごめんなさい。
リクエストがあったので,イカの話を少々。
過日,友人からの電話が入り,近場だったのでちょいとのぞきに行った。アオリのキロオーバーを頭に800~900g前後を計4つ。子供を連れて短時間の“サンダルフィッシング”の結果だ。釣り方は・・・コウイカのやさしい釣り方と同じ。竿いっぱいしゃくって2回リールを巻いて,数秒待って,またしゃくる,のくり返し。なかなかにノンキでよい。その友人の“人となり”に合った,まことに優雅な釣りっぷりであった。その後彼は調子づき,毎日のようにちょっと出かけて2杯3杯と大きなのを釣ってきては,ひとにくれてやったりしている。冷蔵庫がわりか??!
そもそも,その場所で周りを見渡してもイカ釣りなんかしている者はいない。よくぞスキマを当てました。このヒトは,釣ることにギラギラしていないのに,あるいはしていないがためか,このようなケースが多々ある。一緒に釣りをしていても思わぬ行為に及んで釣ったりするので楽しい。またそれを参考にして,コチラは更にスキマワールドを広げていくのである。
こんなこと言ってはイカを真剣に狙っている方々に失礼ではあるが,イカは,概ねサカナ以上に釣りやすいと思う。というか,釣れる釣れないがはっきりしている。サカナ以上に正直である。水温に対しても餌の動きに対しても無理やムダが少ない生物だ。やせ我慢をしない。サカナよりも身体機能が単純で水に近いので「恒常性が低い」=「急激な環境変化に対する適応性が低い」→「環境が体に合わなければジッとしてるかサッサとどこかへ行く」,ということでもあろう。
腹が減っているイカが居て疑似餌が目に付けば,特殊な事情を除いてほぼ数投めで釣れるから,釣れなければイカ同様にサッサと移動するか帰るのが賢い。潮待ちしても釣れるとは限らない。船でイカを追いかけてみると更にそれがよくわかる。イカ釣りは,次々と釣れるところに行ってこそ釣るものだ。
かといってたくさん釣ってもすぐ食い飽きるし,ヒキが単調で釣り飽きもする。このへんが,他のサカナに比べてイカ釣りにあまり食指が向かないワタクシの理由でもある。
さておき当日,現場着早々に,「イカ,持って帰ってね」と言われたためか,オカズが既に確保済みの状況下では釣り意欲もあまり湧かず。
というわけで堤防に寝っ転がって3杯のイカを入手。久しぶりの透明なイカです。
さて,どうするか。食べ頃サイズは1杯。キロ手前の大きすぎるのが2杯。
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今回は,いろんなイカを題材とし,その料理素材としての特質を考察する。
イカをより旨く食うのがテーマ。
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1.素材としてのイカ
(1)イカの味は直球である、ということ
口に含んで噛めばスグに旨味が舌に来て,その後の広がり,すなわち味の複雑さが少ない食べ物。これはイカもそうなのであるが,だから食い飽きるのが早い。旨くても直線的で単調なのである。旨くても,ズーッと同じ旨さなのである。たとえばイカそーめんが旨くて丼に一杯食えるとしても,直球の味をガッと短時間でかきこむからいいのであって,ゆっくり時間をかけて味わっていては,急速に飽きてゆくのである。想像してみてほしい。
これはイカの身体の構造上も言えることだ。イカを解体すると,胴体,ヒレ,内臓およびそれを支える筋肉,脳を包む軟骨を含む頭周り,触腕およびその他の腕,と,これだけしか味わえるパーツがない。軟体動物イカ類の宿命である。そして,これらの味覚の質的違いは主に食感によるものであり,実質味の差はほとんどない。
対して魚類は,頭およびその周辺,各ヒレぎわ,背側・腹側,体の前後,各種内臓および内臓周り,スジおよびスジ周り,残りの骨および付着した肉,ウロコやヒレさえも等々。それぞれの味わいが,食感のみならず,旨味の構成要素も多段階的に微妙に違い,さすがは脊椎動物のハシクレだと感心する。
でもイカはイカなりに,イカようにもイカしようがあるとも言える。ほぼ均一な筋肉および直球単純勝負の旨みしかないので,あとは時期,サイズ,下処理,調理法および調味の選択によって変化をもたせるしかないのではあるが,適切な選択の元,他の素材・調味との合わせ技を使うことによって,イカは多様に化けることができる。食料品店の珍味惣菜コーナーを見ても,イカが原料のものが多いのもこの理由による。この汎用性の広さと柔軟さがイカの強みだ。
(2)イカの臭みついて
【イカの生臭みと水気の管理】
上述した,味覚上および体構造上の特性に加え,イカ類には生臭みの問題がついて回る。
およそイカ類は水,特に真水と相性が悪い。というのは,体自体がかなりの水でできているため,ひとたび命を失えば,触れる水の匂いや味,色などの影響を受けやすいからだ。
氷や水に直接当ててはいけない,というのも同じ事で,これは最近は本職のみならず,釣り人にも広く知られるところとなっており,釣ってからも必ずビニール袋に,できれば一杯ずつ入れて持ち帰る。販売上は色の面もあるにせよ,味の面では,イカの細胞は外界に対してほぼむき出しなので,水を吸いやすいからである。水を吸って硬く白くなった状態,これを水ヤケまたは氷ヤケという。当然,味は急激に劣化する。このあたりをまず最重要課題として押さえておきたい。
また,温度的鮮度維持のみならず,釣り上げたイカを締めておくと更によい。イカの場合,サカナと違って締めるとは脳を破壊するのみであるが,その脳はどこにあるか。イカのヒレを上側に足を手前にして置き,目と目の中心を線で結び,そのちょっと上の堅いところ。ここがイカの脳の所在地であり,軟骨に包まれて鎮座している。これを細い棒や針金で突いて壊してやればよい。うまく脳が破壊されたら,生きたイカの体表がサッと白く変化して動かなくなる。これで完了。
余談であるが,水産立国境港ということで,当地では地のサカナも多く揚がる。他県の方々はこれをもってさぞかし旨い魚を食わせてくれる店が沢山あるのだろうと推測するが,ちゃんとしたところは多くはない。まずイカは,どんなに地物であっても刺身ではあまりいただけない。店によって多少はあっても要は生臭いのである。
それほど保管・取扱いが難しい素材ということだ。微塵もイカの生臭さを感じさせない店は、残念ながら意外と少ない。イカの下ごしらえをちゃんとしている店ならば,長くつき合う価値がある。
まあそんなわけで,イカを調理するときには身肉に触れる水気に細心の配慮が必要となってくる。その水気とは,たとえば手の水気,まな板の水気,包丁の水気,フキンの水気,皿の水気等々。これら水気を十分に管理して極力触れさせないことが肝要だ。
また加えてイカは,他のサカナ以上に「鮮度が命」であることは言うまでもない。せめて肉が半透明なうちに下処理をおこなわなければ刺身としては失格となる。イカの体は死後もしばらくは細胞が活きているので,この状態であれば,水や雑菌に対する多少の耐久性が残っている。体表面をちょいと撫でたら体色素が明滅する状態。これがあるうちに,すばやく処理して一気に水洗いし,新しいフキンやペーパーで水気をキッチリとり,更に薄皮が固いイカでは絞ったフキンでこれをこすりとる。吸水シートで挟んだら速やかに冷蔵庫に保管し,一両日中に食う。これら作業を,手を冷やしておいて,万事速やかにおこなう。
ここまでやって,ようやく初めてマトモな“イカ刺”が食えるのである。高鮮度と神経の行き届いた水気管理処理が両立しなければ,イカの本当の味には到達しない。この摂理に叶う最前線に居る者,それが釣り人である。精進すべきであろう。
【イカ固有の臭味】
さて,ここまでの「生臭さ」とは別に,前回のスズキ同様,イカも種類によって,「種類特有の臭味」をもっており,また種類ごとに臭味の度合いに差がある。境港の代表イカ6種を掲げて順位をつけてみると,ヤリイカ<ケンサキイカ<スルメイカ<コウイカ<モンコウイカ<アオリイカ,となる。もう一種類,巨大に成長するソデイカがいるが,一般的ではないのでここでは据え置く。
この順位を見てもわかるとおり,これは体表粘液の多さの順位でもある。従って,へたに取り扱えば,これらの臭気が肉に移りやすい。
たとえばアオリは世間で高級イカとしてもてはやされる傾向にあるが,時々,釣り人の中にもアオリってクサいと思うんですけどと告白する者がいるし,境港のように,新鮮なケンサキやスルメイカを食いつけている者からすれば,やはりアオリやコウイカはクサイ,ということになる。だから境港におけるこれらのイカの値段は驚くほど安い。
で,諸事情により身肉に臭味が移ってしまった場合,あるいは元来クセが強い種類である場合,それを誤魔化す処理なり料理なりにするのがよい。酒や油や酢,香辛料による臭みのマスキング,あるいは加熱して臭み成分を凝固ないし蒸散させるなど,手法はいろいろある。沖縄でコウイカを生で食べるとき,刺身に切ったのをザルに入れて海水中でジャカジャカ洗う。そうするとおもしろいようにアブクが出てくるので,これがおさまったところで真水で洗って出来上がり。これを甘味を抑えた柑橘系(沖縄ですから“シークァーサ”)の酢味噌で食う。イカに特有の臭味があることを認識した合理的な調理法である。
おもしろいのは,臭みを消す方法もあれば,他の匂いのあるものと合わせた結果,逆に風味が向上することもある点だ。これはイカに限らず,他のサカナにも当てはまることがある。
たとえばイカの塩辛はどうか。いかに細心の注意を払ったとしても,スルメイカ特有のクセや臭味は出る。が,イカ塩辛の出来・不出来は,その匂いが「臭味」となるか「風味」となるか,この違い,この一線にある。
また,中華やイタリアンでは,ニンニクや青梗菜やセロリのような香りのキツイ野菜と合わせると臭味が緩和あるいはマスクされてイカの旨味が前面に押し出されてくるし,他の匂いがきついものと合わせるという意味では,後述する「イカ納豆」などは,刺身の延長にある和え物ではあるが,極めて完成度の高いイカ料理と言うべきであろう。
刺身にしても湯引きにしても,イカのクセをわかっている人はワサビでは食わない。ショウガ醤油なのである。
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イカを旨く食うための取扱いの要諦は以下の如し。
● 鮮度を第一とし、保管・輸送にあたっては水または氷に直接当てないこと
● 下処理にあたっては,必ず手を冷やし,手早くおこなうこと
● 処理・保管にあたっては,水気の管理に十分配慮すること。
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2.イカの解体
さて,適切に持ち帰ったイカを,速やかに下処理しなければならない。
まず,イカのもつ背骨の種類で解体方法・下処理が異なる。
すなわち,
(1) 体の中に柔らかい透明な骨を持つもの(ヤリイカ,ケンサキ,アオリイカ等),
(2) 体の中に固い骨(甲羅)をもつもの(コウイカ,モンコウイカ等),
なお,料理の下処理として,胴体を切る場合と切らない場合がある。たとえば丸煮や丸焼きはもとより,イカの胴体に飯を詰めて炊き上げるイカめしなどは,胴に包丁を入れず,足と内臓を引き抜いてから洗い,内外の水分をふき取っておく,というように。
(1)柔らかい透明な骨をもつイカの場合
① 手を十分に水で冷やし,イカをスバヤク流水で洗い,足を手前,潮吹き(噴水口)を表にして置く。
② 潮吹きのすぐ上から胴に逆さ包丁を入れはじめ,先端まで切り裂く。このとき深く包丁を入れると,内臓や墨袋を壊してしまうので注意。
③ 胴の身の手前を押さえ,頭・足を持って先端へ向かってめくるように引くと,内臓も一緒にとれる。
④ 胴の身から透明な骨と,胴身に残っている1対の白いエラをはずし,薄皮を固く絞ったフキンでこすり取る。
⑤ 胴の身の外側の皮を,ヒレと共にはぎ取り,薄皮を,同様に固く絞ったフキンでこすり取る(ただし,薄皮取りが必要なのは,主にコウイカ類とスルメイカ。アオリイカとケンサキでは大型の場合のみ。また,ヤリイカでは必要としない。)
⑥ 足・頭・内臓が一体となった部分は,目のすぐ上あたりで2つに切る。上半分の方についている肝臓を利用する場合は上方からはがすように破れないようにこれを取り除き,たっぷりの粗塩にまぶしておく。後でイカスミを利用する場合は,このときに墨袋のみをつまみはずして茶碗に入れ,日本酒を振りかけておく。外観は銀色がかって肝臓にへばりつくようにくっついている細い袋,これが墨袋だ。
⑦ 内臓を支える筋肉(この筋肉は,全てのイカ類において最も柔らかい部分)を他の内臓からはずす。下の方の頭にタテに包丁を入れて開いたら,その切り口から両方の目玉とボール状の筋肉に包まれたクチバシ(カラストンビ)をつかみとる。このとき,目がつぶれると汁が勢いよく飛ぶので注意されたし。
⑧ 開いた頭の軟骨に包まれたクリーム色の脳をほじくりかえしてよく洗い,胴身,内臓筋,ゲソとも全ての水気を拭き取ったら下ごしらえ完了。
(注意!)ただし,柔らかい骨をもつイカの中でも,アオリイカだけは粘液が異常に多いので,頭,内臓筋,ゲソは,別途(2)-④で述べるコウイカのゲソと同等のヌメリ取りが必要となる。
(2)固い甲羅をもつイカ(コウイカ類)の場合。
① 足を手前に,甲羅を上側にして置き,甲羅を覆っている皮の手前の方をつまみ上げ,これを先端に向かって削ぐように包丁を入れる。
② 甲羅が露出するので,これを手前から持ち上げるようにはずす。
③ 胴身の手前を押さえ,足を先端方向にめくるようにして内臓ごとはずす。このとき墨袋を壊さないよう注意。後でイカスミを利用する場合は,墨袋のみをつまみはずして茶碗に入れ,日本酒を振りかけておく。
④ 以下,(1)の甲を持たないイカと同様とするが,足と頭を洗う際,潮吹きの内側と足の間の粘液は特にしつこい。従ってコウイカ類の場合,胴身以外は全てたっぷりの粗塩でもみ,塩もみ後は流水でもみ洗って塩を抜くと同時にヌルミを完全にとる。ゲソの表面がヌルヌルからキュッキュッという感触になったら完了。このあたりの加減は,タコの下処理と同じ。特に,切り開いた潮吹きの内側と口周りの粘液がしつこいので,重点的に洗っておく。
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以上のイカ食の基本を踏まえた上で,これより種類別,料理別に述べてみたい。
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3.種類別にイカを食う
(1)ヤリイカ
イカの味は直線的で臭味もある,と書いたが,イカの中でも,最も臭味が少なく,かつ味が繊細なのが,このヤリイカだと思う。新鮮な刺身は,身が厚すぎず,甘すぎず,パリッとした食感だが噛めば固くなくメリハリが利いている。すなわち,大味に対する小味,ということだ。ほっそりした,どちらかというと身の薄いイカなので,逆に物足りないと感じる方もおられるかもしれない。だが,味は,“儚い”くらいが丁度いい。
このイカをイカソーメンやイカ丼などにして大量に食べても飽きないのは,このイカの味わいが全て控えめであるからだ。その点が他のイカ類とは趣が違う。ボリューム感こそないものの,大振りに切っても,細く切っても,それぞれに旨い。そして味が出しゃばらないので気持ちが良い。酢飯とも白飯とも合う。やはり刺身で食うならヤリイカが最上だと思う。
新鮮な身は薄い飴色に透き通り,形はその名の如くスラリと尖り,味・姿共に美しい。更に,メスは晩冬から中春の産卵接岸時には体中に卵を持っているので,丸ごと姿煮や姿焼きにするのは香ばしいコクがあって美味しいものだ。
他のほとんどのイカ類が持っている触腕(餌を獲るため特別に長い2本の腕)が極端に細く短いため,境港では「テナシ」と言い,九州では,その容姿から「ササイカ」と呼ばれている。テナシのその短く細い10本の足は,他のイカ足にはない旨さと食感がある。足だけ切り集めてショウガ醤油で食うのは,早春らしい潔い味わいがある。富山にはホタルイカの足だけ集めて食う「竜宮そうめん」と称する料理があるが,軍配はテナシに上がる。
(2)ケンサキイカ
境港ではイカの王様と評す人もいるが,臭味は少ないものの,いささか甘味が強すぎると感じている。イカ類の宿命である旨味の単調さに甘味が加わったとき,食い飽きるのは一層早い。また,イカ丼などにして白ご飯と共に噛み砕くほどに,残念ながらその甘味はくどさを増す。
九州ではアカイカ,境港ではシロイカと呼ばれ,主に夏場に接岸して獲れる。他のイカ類中,ほどほどの肉厚で,大型のものは「大剣(だいけん)」とも呼ばれる凛々しい風体をもち,小さくても大きくても比較的味が安定しているのがウレシイ。大型になっても柔らかいし,甘味もそのまま。サイズを問わず,いろいろな料理に向く。生も悪くはないが,むしろ刺身以外の加熱料理にしたほうが,食感と味のバランスが良く食べ飽きない。
火を通しても硬くなりにくく,プツッとした噛み心地とプリンとした口触りが身上。そこで,天ぷら,そして酒蒸し,汁物も良い(イカの汁物については後述)。
侵略大国スペインの息のかかった諸国で「カラマリ」と注文して唐揚げなどで出てくるのはこの仲間であり,やはり抜きんでた甘味をもち,軽快な食感だ。ちょいと前菜にビールと共にヤルのはなかなかによい。
(3)スルメイカ
沖合を回遊するイカの中では皮の味にクセが強い。これが調理法によっては転じて風味となる。たとえば干しスルメ,塩辛,里芋との炊き合わせ,イカめし等,これらはスルメイカの皮付きでなければ風味が揃わない。ただし,この皮は,ちょっと鮮度が劣化するだけで特有の苦みを生ずる。これを排除したければ,やはり鮮度が一番。あるいは干しスルメや塩辛には初めから皮を剥いたものを使うか,いさぎよく他の料理に変更するのが賢明だ。とにかく干しイカと塩辛は,船上で作るに勝るものはない。いわゆる“沖干しスルメ”,“沖造り塩辛”というやつだ。鮮度が命ということ。
身肉の甘味はイカ類の中では中位程度であり,肉質は大型になるほど,また,火を通すほどに固くなる。それではよく煮てしまおうとして煮込むと,こんどは味が抜けてしまう。旨くて安くていろんな料理に使われる大衆的なありがたいイカではあるが,火の通し加減は難しい。
スルメイカの肝臓は言うまでもなく体に比して最大かつ濃厚佳味であり,その味は塩分と合わせることによって増強される。煮物や炒め物のコク付けで調味料と共に用いるほか,刺身のつけ合わせや塩辛,つまり生食する場合,ガッチリまず粗塩でかためておく。これによって水と共に生臭さが軽減されてコクが残るのである。
スルメイカのサイズについては,大型になるほどに体に対して身が薄く固くなり,肝臓は逆に大きくなる。新鮮なスルメイカを丸焼きや丸煮にするのは野趣もあり旨いものであるが,この場合,丸ごと食うのであるから,肉と肝臓の質と割合が重要となってくる。その点で言えば,初夏の胴長25㎝前後の細型の,いわゆる“麦イカ”の時期が最高だ。「沖漬け」にすると,その肉と肝臓のバランスの良さがわかる。切り口の白と茶色の配分景色が見事だ。それ以上の大型では肝臓が多すぎて切れば流出して生臭くなるし,かといって,それ以下の小型イカでは肉薄く・肝小さすぎて物足りない。
スルメイカの産卵期は海域別に夏と冬の2回あり,それぞれに日本海を北上しながら成長回遊する。この北上に伴って,小さなイカ釣り漁船も東シナ海から北海道まで,船をねぐらとして港から港へ旅をしていく。このへんの日本海イカワールドについては,名著「日本海のイカ」(足立倫行)に詳しいのでぜひ。境港では本種のことを「シマメ」と呼ぶ。
境港には九州や北陸から移住して船を持ち家を建てて住んでいる漁師が多いが,彼らはもともとスルメイカと共に北上南下する「旅の人」だった。定住に至った理由はいわく,境港は一年中いろんなイカが釣れる。イカだけで食える。ということらしい。ところで境港には,スルメイカを使った隠れた特産珍味がある。ごく短い期間,ごく少量出回るのであるが,それは「煮干し」。5㎝前後の幼イカを海水で煮てから干したカワイイ外見であるが,その味はガツンと来るので芋焼酎にも負けない。
スルメイカの仲間で,同様に肝が大きいホタルイカがいるが,これは肉に対していささか肝が大きすぎるため,味の品は落ちるのが残念。ごく新鮮なものを茹で上げて酢味噌で食う季節のものだ。
(4)コウイカ
関東では“スミイカ”と呼び,早春になくてはならない寿司ネタのひとつ。本格の江戸前で「イカの新子」と言えば,まず8㎝内外のものを一尾一貫づけで味わう季節物。プツリと噛み切れ良く,淡い甘味がいかにも春だ。
東京湾でのコウイカ釣りの人気は根強く,一日8,000円を払って遊漁船に乗り合い,シャコを“スミイカテンヤ”にくくりつけて一日中しゃくって数杯。時にはボーズも。それでも通う“好き者”が江戸には存在するのである。すごい。一方,ご当地境港では,春の産卵接岸時期ともなれば岸壁からヒョイヒョイしゃくって,多ければ20杯なんてこともある。これもオドロキ。
が,いいことばかりではないのが世の中。味の差は歴然としている。江戸のスミイカに比べれば,同種であっても山陰のそれは,固く,甘味が薄い。定着性の強いイカなだけに,住んでいる場所の餌や環境の違いが体に出やすいのであろう。
というわけで,やはり小さいのがいい。できればコロッケサイズを半身一切れくらいに切って食べるのが最上。大きいものを刺身で食べる場合には,皮をはいだ後に残る堅い薄皮をしっかりとり,斜めに薄くそぎ切りにするのがよい。甘味は少ないが新子とは違うモッチリした味わいだ。
また,短冊に切り,手早く茹でて和え物,特に茹でたワケギと酢味噌での相性はよい。足はゴム質で固いので,お年寄りは要注意。煮込んでも固くなる。湯にさっと通したものを小さめに切って,ラーメンや炒飯の具にしてしまう。
(5)モンコウイカ
コウイカより大型に育ち,定着性が強い。
肉はコウイカよりも厚く柔らかいが,旨味も甘味も薄い。味自体が薄くて食感がデレッとしているので生食はつまらない。従って加熱調理とするが,ダシが出ないので汁には向かない。天ぷらやフライ,炒め物の具にするのが妥当。ただし,いずれも大味。
中国ではこのイカの大型のやつの皮をはぎ,醤油・紹興酒・八角・ショウガ等を混ぜ込んだ調味液に漬け込み,それを煮冷まして吊るし売りしている。更にこれを薫製にもする。いうなればモンゴイカのチャーシューだ。これのスライスしたのは酒肴として悪くない。
(6)アオリイカ
アオリは独特の臭味をもっている。特に皮と粘液に臭みがある。これが先述の水気管理を怠ると,アッというまに身に移り,「アオリ臭い」ということになるので,いかなる料理においても速やかに皮をはいで手早く洗ってしまうのが肝要。
また,一定の大きさよりデカくなると,極端に味や食感が低下する。水っぽく,硬い。何をしてもうまいのは胴長20㎝前後までであり,それ以上,ましてやキロを越すようになると,臭味も肉の堅さも増す。
それでも大きなやつを刺身で食いたいのであれば,ごく新鮮なうちに処理し,ごく細く刺身に切ってやれば,まあ食える。
一般的に春の産卵群は大型主体で大味,秋の回遊群は小型主体で小味。
甘味が強いイカであると巷ではもてはやされるが,これは季節的な変化と調理法次第であって,最も甘味が強くなるのは秋群で,胴長20㎝までの小さなやつの生干しの甘味はケンサキに比肩する。
ケンサキやヤリイカなどと比べると肉質が固いので,天ぷらよりも高温加熱時間の長いフライに向くが,これも大型では衣とのバランスが悪い。汁物はどうかと言えば,ケンサキなどに比べてダシが出にくいので適さずと言いたいところだが,一部沖縄では「墨汁(“ぼくじゅう”ではなく“すみじる”)」として賞味する。これについては後述。
そこで,大型に適すのが干し物とそれを用いた炊き込みご飯,そして煮物である。干し物は,大味な大アオリの味をぎゅっと濃縮してくれる。
煮物は,これがおもしろい。ヤリイカ,スルメイカなどは,煮すぎれば味が抜けていく。また特にスルメイカは,煮るほどに固くなってもいく。が,ダシが出にくいが故に大アオリは煮込んでも味が抜けないので,安心して柔らかくなるまで煮込んでよろしい。
そういう意味で,干した大アオリを小さく刻み,薄口醤油だけで味を調え炊いたご飯は,しっかりとイカの小片にイカの味が残っており秀逸。これだけは,ほかのイカでやってもイカ自体がダシガラになってしまって旨くない。
4.料理別にイカを食う
こんどは調理方法を軸にしてそれに合うイカを探してみよう。
イカは単純な味と体構造をもつ素材なだけに,手軽に多様な料理に化けることができる。しかし,本当にイカらしい旨さ,逆に種類によってそれぞれの旨さを引き出せる料理と
なると,おのずから限られてくる。人それぞれ好みもあろうが,ここではそのような観点
から絞り込んで「イカらしいイカ料理」とそれに対応する種類について述べる。
(1)イカ刺
イカ類中,モンコウイカは,刺身では大味過ぎるので除外する。既に述べたように,イカは鮮度の良いものを用い,水気の管理に細心の注意を払い下処理することが前提となる。
そして,次に大切なのは,切り方。イカはこれだけで味が違ってくる。
開いたイカをタテに置いたとき,筋肉の繊維はヨコに走っている。だからおつまみの干しスルメも,タテではなくヨコにのみ裂けるのである。特に刺身では,この繊維を断ち切る方向で切ってやることが細胞をより多く切ることとなり,旨味を引き出すカギとなる。
そこで,とんがったほうを上にしてタテに置いた開きイカを,下の方から“刺身の長さ”を高さにとってヨコに切っていき,それぞれをタテ方向に刺身に切ってゆく。
刺身を切る幅は,たとえばイカそーめんであれば長さを長めにとり,更に極細に切っていくし,イカの種類や大きさ,身の厚さによっては少し幅広に切ったり,よほど身が厚ければ手前に向かってそぎ切りにすればよい。
一般的に,身が薄いイカのプッツリサラサラ爽快感を味わいたければ細切りに。身が厚いイカのネットリ感を味わいたければ薄くそぎ切りにする。
薬味として,やはりイカのクセを考慮すればショウガ醤油,あるいは擦りショウガを入れたソーメンつゆに浸して食うのがいいのであるが,肉厚のコウイカや大型のアオリイカなど,ネットリ食感でアッサリ甘味のイカの場合に限り,ワサビが合うことがある。
切り方とつけダレについては,あらためて各自検証してみてほしい。
(2)イカの和え物
【イカ納豆】
イカの臭味を別の臭味で相殺し,旨味を合わせて昇華させる。そういう意味で,イカ納豆は大変優れた和え物だと思う。発祥は関東地方だ。関西の納豆嫌いさんにはゴメンナサイ。
① イカはタテにし長さ5~6㎝幅にヨコに切り、更にタテに幅3㎜前後に切る
② 納豆は「ひき割り」を用いる
③ ボウルに芥子醤油を調味し、イカを絡ませる。汁気を多くしすぎぬよう注意。
④ ここに納豆を投入し、全体が白っぽくなるまで激しくかき混ぜる
⑤ 3㎝程度に刻んだカイワレ大根を多めに投じ、ざっと和える。混ぜすぎぬよう注意。
シンプルな料理なので些細なことが味の違いにつながる。特に、和える順序と加減,素材の量的バランスは大切。納豆が少なすぎても多すぎても微妙に変わる。あとはイカの切り方と、納豆はひき割りを使うことが大切で,これはお約束。
これはイカ類の中でもヤリイカが最高に合う。そして,作りたてもいいけれど、冷蔵庫で保存して翌朝、熱い白ご飯で食べてみてほしい。納豆菌よアリガトウと感謝する味だ。彼らは蛋白質を急速に分解して旨味に変えてくれる。焼き海苔(味付け海苔は不可)でご飯と一緒に包んで食べてもいい。
ちなみに,味わいはちょっと落ちるがケンサキやスルメイカでやっても悪くはない。
【ねぎイカ】
イカのクセを相殺するもうひとつの素材としてのネギ。風味を補いつつ臭みを隠す。極めて簡易ながら,ビールのつまみにも向くイカの味を堪能できる一品。
① 下処理したイカは5mm程度に細く切ってボウルに入れておく。
② 長ネギの白い部分を小口に刻み,水にさらして十分に水気をきる,いわゆる“洗いネギ”とする。
③ イカに少しずつ塩を加えて混ぜていき,甘みが引き立ったところで止める。
④ ここに洗いネギを加え,サラダ油をちょっとたらし,手早く和える。
これだけのことです。生イカと長ネギのサラダといったところ。これにレモンをしぼりかけ,更に粗挽きコショウを振りかけてもよい。また,サラダ油をゴマ油に替えてもよい。
ただしひとえに塩加減が命。感覚を総動員して臨む価値あり。自分の舌を信じるべし。塩辛いねと言われたら,次回ご期待。
なお,この料理が余ったら,そのままサッとフライパンで炒めてやる。炒めすぎてはいけない。焼き肉のタン塩のようであるが,これもいい。
【イカのなめろう】
料理番組の氾濫により,もはや全国に知れた観のある「なめろう」。これは言わずと知れた千葉県房総半島の漁師料理だ。かつて醤油のない時代から,船上に持参した味噌と共にサカナやイカの切り身を包丁で刻み叩き,飯の菜としたもの。三陸地方では「味噌たたき」という。
ある程度身の厚い,スルメイカや大型のアオリ,大型のコウイカなどでよい。甘みの強いイカでやると味がくどくなる。イカでやる場合,これに大葉を刻み込むのがミソ。アジのなめろうなどではネギやショウガ,煎りゴマなどを入れるが,イカは大葉だけがいいように思う。
残ったなめろうは,平たくまとめてフライパンに少量のサラダ油ないしゴマ油で焼くと風味が変わってよい。本来は,浜の流れ板やアワビの殻になめろうを塗り,そこに炭火のオキを数個乗せて,香ばしく焼けたところと生のところの変化を楽しむ料理。これを「サンガ」という。サンガは“山家”を由来とし,元来は山の民が開発した料理であるところが興味深い。それが海辺を生活の基盤とする海女たちの間に広まっていったもの。さて,以下なめろうのつくりかた。
① 皮をむいたイカの身を細切りし,更に細かく包丁で叩き切り,適量の味噌を入れつつ更に叩く。
② 刻んだ大葉を投じ,更に叩き込む。
③ ペッタリしてきたら,出刃包丁を用いて皿に平たく塗りつける。
【イカのぬた】
肉質が硬めで厚みがあって,甘味が薄いイカもある。が、つまらんばかりではない。芥子酢味噌で食べるいわゆる「ぬた」は,こんなイカのためにある。目立たぬ存在ながら風流味もあり,冷酒にせよ熱燗にせよ,ちょっとあるといい。ありがたい料理だと思う。コウイカの仲間や,大型のアオリイカやスルメイカなど。春夏秋冬,そのときのイカを使っていろんな場面で味わいたい。
① 下処理したイカはタテにし幅4~5㎝にヨコに切り,これをタテに1㎝程度の短冊に切る。
② ゲソは一本ずつ切り離しておく。頭と内臓筋も同大に切っておく。
③ これらを沸騰した薄い塩水に3秒ほどつけ,水に放って冷やし,ペーパーなどで十分に水分を拭き,冷蔵庫に保管しておく。
④ ワケギ,もしくは万能ネギを③で使った湯を沸かして数秒茹でたら水に放ち,水分を切ったらイカと同大に切りそろえておく。
⑤ 味噌を擦り,酢を少しずつ加えて酢加減を決めたら,酢味のカドがとれる程度までミリンもしくは砂糖を少しずつ加えていき,最後に芥子加減を適度に調え,芥子酢味噌とする。
⑥ イカとネギの上から適量をかけてもよいし,共に和えてしまってもよい。また,別小皿に酢味噌を添えて供してもよい。そこは,器と見栄えと味で相談。
(3)イカの塩辛
肝の入った濃厚スタンダードなイカ塩辛。更にこれに墨が混ぜ込んである「黒造り」,逆に肝を加えない「白造り」,船上で作る「沖造り」などなど,いろいろあるし,それぞれの家庭の味,あの店の味,あの船でつくる味,などなど,実に作り手の加減が現れる保存食であり郷土食である。日本縦断東西南北,沿岸にイカがいる範囲に全て,さまざまなイカ塩辛が存在する。こういうのをグローバルスタンダードと言うのではないか。
ということだから,ここで書くのは“ウチの味”にとどまる。
【肝入り塩辛】
① 鮮度のよいスルメイカを下処理して皮をはぎ,飽和食塩水で洗ってから水気を拭き,風がある日であれば生乾き程度まで陰干し,風がなければペーパーでくるんで冷蔵庫で冷風乾燥する。
② 肝はガッチリきつめに粗塩をまぶし,脱水して固くなるまで冷蔵庫に入れておく。
③ 生乾きになったイカを長さ5㎝程度の細切り,ヒレとゲソは細かく切り,ボウルに②の肝を絞り出し,合わせてよく混ぜる。ここに日本酒を少量入れ,更によく混ぜる。なお,好みで冬ならば柚の皮,夏であれば唐辛子を少量刻み入れても良い。
④ これを熱湯消毒して冷ました広口ビンに入れて冷蔵庫に保管し,一日1回かき混ぜる。3日目から食べ頃が始まる。そして味に変化を見せつつ長く続く。
この塩辛の作り方の特徴は,一切追い塩をしないところ。肝臓に徹底的に塩を浸透させ,この塩気とイカ肉のみで味を構成する。また,身を干し,肝を塩によって脱水しているため,コクと甘味が濃厚なまま保たれる。強い純米酒にも焼酎にも負けない,力強い硬派な味に仕上がる。保存もきき,独特な味に変化してゆく。ちょっとした加減で味がちがってくる。それがアナタの味なのである。
【白造り】
次に,ケンサキやヤリイカ,アオリイカを用いた白い塩辛を紹介しよう。これらのイカの肝はスルメイカの肝のようにこげ茶色ではなく,クリーム色ないし薄い黄土色を呈している。コクはあるが濃厚ではなく,ご飯のおかずというより吟醸酒などの爽やかな酒と合う。
① これらのイカの肝臓は,スルメイカと違って壊れやすく,別個に取り出すことが難しい。そこで,下処理の時,足と一緒に取り出した内臓を流水で洗ったときに,スプーンで肝の中身を削ってボウルにとり,塩できつめに調味し,酒少量を加えて混ぜておく。
②イカの胴身の皮を剥き,飽和食塩水で洗ってから水気を拭き,これを長さ5㎝程度の細切りにする。スルメイカのように干すことはしない。
③ ①と②をよく混ぜ合わせ,冷蔵庫で保管し,一日1回かき混ぜる。
この塩辛は,塩や風による脱水をしていないため,保存があまりきかない。作って1時間後くらいから食べられるが,スルメイカの塩辛とは逆に,3日程度で食べ切ってしまうのがよい。いわば塩辛の浅漬け短命版,というわけ。
最近食べて感心したイカの塩辛に,境港の船乗りがつくるサバ入りのイカ塩辛がある。スルメイカで塩辛を作るときに,小さく切った生サバの身を少し混入するのである。特に,島根半島出身の漁師は,サバが入ってないと物足りないとさえ言う。熟成するほどに,なるほど,イカだけの塩辛にはない強烈な旨味が生ずる。飯や茶漬けのオカズとしては普通のイカ塩辛を越えていると思う。ただ,純粋にイカで勝負するかどうかは味覚とスピリットの問題。それぞれに良い。
(4)干しイカ
イカの干物の代名詞としてスルメがあるが,たしかに,これほど簡易に大量に製造でき,かつ庶民になじんだ保存食は他にない。干しすぎてもガチガチにならないので携行食としても優れている。干しイカには一般的にスルメイカを用いるほか,干しイカ界の高級品として,長崎県五島や対馬ののケンサキを使った「白スルメ」,愛媛県宇和島の中小型アオリイカを使った「干しモイカ」などがあり,共通してスルメイカのそれより柔らかく甘味が強い。対してスルメイカのスルメは独特の野趣があり,噛むほどにスルメイカの風味が香る。いずれも鮮度が最重要であることは言うまでもない。
一般的に干物をつくるとき,サカナであれば,塩水に浸ける「タテ塩」と,直接塩をまぶす「直(じか)塩」があるが,イカの場合は塩分の吸収速度が速いのでタテ塩でやる。更にタテ塩は,浸けこむ塩分濃度によって処理がちがってくる。簡単に言えば,薄めの塩水(海水程度)に時間をかけて浸ける方法と,極めて濃い塩水に短時間つける方法。サカナをジューシーな干物に仕上げたいときには薄めの塩水に長時間の手法を用いるが,イカの場合は,塩分のみならず水分も吸いやすいので,粗塩で作った飽和食塩水を用いる。
① 新鮮なイカを用意し,潮吹き(噴水口)を上に,足を手前に置く。噴水口の上から逆さ包丁で胴を先端まで切り開き,次いで頭から足の正中線を切り開き,内側から内臓および目玉とカラストンビ(クチバシを包んでいる玉状の筋肉)をつまみとる。
② スルメイカであればそのままでいいが,ケンサキとアオリでは皮と共にヒレをはいでおく。胴と頭が離れてしまわないようにそっと骨を抜き取ったら,これ以上水では洗わぬよう。
③ 冷水に粗塩を十分に溶かして飽和食塩水をつくり,これに下処理したイカを夏であれば30秒,冬であれば1分ほど浸ける。
④ すぐに取り出し,真水で手早く洗って表面の塩分を洗い流し,水気を拭く。
⑤ 風のある日陰を選び,イカの外側を下にして干し網に並べて吊るす。
⑥ 干し加減は好みであるが,最も味が引き立つのは,肉にまんべんなく透明感が出た頃合い。保存性を高めたければ,更に足が干からびる程度まで干す。たくさんできたらイカの間にラップを挟み,更に全体をラップで来るんで冷凍しておけばよい。
ここでひとつ,干したイカでなければダメ,しかもこのイカで作ったやつ,という限定の炊き込みごはんを紹介したい。
【干しアオリの炊き込み飯】
① 十分に干し上げた大型のアオリイカをキッチンバサミで幅5㎜,長さ2㎝ほどに細かく切る。足も同大に切り揃える。
② 米を洗い,ザルに上げ,時々返して水をうつ。これを米粒の全体がまんべんなく白くなるまで繰り返す。米を研ぐときは,粒が割れないように力を入れないことが大切。
③ この米を炊飯器に入れ,薄口醤油で薄い澄まし汁程度に調味した水で,硬めに炊き上がるよう水加減する。
④ 刻んだ干しアオリを加えてひと混ぜしてから炊き上げ,炊き上がったら米粒を壊さぬようザックリと混ぜる。
既に述べてきたが,アオリは柔らかくなるまで加熱してもそれ自体の味が逃げないままに肉自身は柔らかくなる。他のイカではそうならない。ということなので、炊き込み飯にはアオリである。ぜひ。
ついでにもうひとつ。スルメイカで作った干しイカを使った浅漬け。こいつはちょっと箸をつけるにはよいものだ。保存もきくので常備菜としても優れている。
【干しスルメとセロリの漬物】
① よく干したスルメイカを軽く焼き,細く裂いておく。
② セロリの茎は斜めに薄切り,葉は刻み,少量の細切り塩昆布と共に裂いたスルメと和え,重石をしておく。
③ 冷蔵庫に保存して翌日から食べられる。
(5)茹でイカ
身が固くなりにくいヤリイカおよびケンサキイカでこれをやると,純粋にイカの優しい甘味を味わえる。特に産卵接岸した子持ちヤリイカは,早春の季節感あふれる滋味である。ケンサキの小ぶりのヤツを茹でて,プリッと噛み切るのも心地よい。
薄い塩水を沸かしてその中で茹でるのだが,茹で進むに従って胴と足が離れてしまうことがあるし,内蔵から墨がにじみ出る。そこで,内臓と共に足を抜き,墨袋を取り除いて洗い,足・頭を胴の中に戻して胴のふちを楊枝で止め,5分程度茹でる。
そのままでもいいが,冷めた物を冷蔵庫でよく冷やして食うのも旨い。芥子醤油やゴマ醤油でやると,良いアクセントになる。特にゴマ醤油でやるときに,刻んだ長ネギかシャンツァイと唐辛子を刻み加えておくと,これが意外やイカの味をグッと引き出してくれる。おもしろいものだ。
(6)イカ汁
イカの汁物,これはあまり知られていない。肝心なことは,ダシが出るイカかどうか。その点,まず濃厚なダシの出る筆頭がケンサキイカ,そして,夏にマッチするアオリイカを使った沖縄のスミ汁を紹介する。
【ケンサキイカの汁物】
ケンサキから出るダシは相当なものだ。カツオ・昆布ダシなどは,薄めると水っぽくなるものだが,ケンサキのダシはしっかりしている。それほどに旨味が強いということだ。
基本がダシなのだから,汁物といっても,もちろん和・洋・中といろいろ使える。
(「和」のケンサキ汁)
① 一口大に切ったケンサキの胴とゲソを,粗塩少々を加えて鍋で軽く空煎りし,そこにイカが全てかぶる程度の酒を注ぎ,蓋をして沸騰させる。
② アルコールが飛んだら,これが元ダシとなる。これを水で3倍に薄め,薄口醤油で調味して完成。椀に盛る。
ケンサキイカは夏のイカ。刻みネギと擦りショウガ少々でさっぱりするのもいいし,刻んだ茹でオクラや刻んだ大葉を散らしてもよい。小松菜を小さく切りそろえて加えて少し煮立たせたのもよい。緑色がよく合う。
次にイタリアン。イカの入った即席ミネストローネみたいなもの。
(「洋」のケンサキ汁)
① ジャガイモ,ニンジン,ピメントなどをサイコロ状に切りそろえておく。
② 鍋にオリーブ油を多めに暖め,ニンニクのスライスで香りを出す。ニンニクがキツネ色になったらいったん小皿にとっておく。
③ ひと口大に切ったケンサキの胴とゲソを粗塩少々加えて鍋でサッと炒め,次いで①の野菜類を入れて炒める。ジャガイモの表面に熱が通って透明感が出たら,すかさずヒタヒタの酒または白ワインを注ぎ,蓋をする。
④ これに3倍の水を注ぎ,沸いたらトマト数個をすり下ろして加える。
⑤ アクをとりつつ中火で加熱し,ジャガイモに火が通ったら最後に塩で味を調えて完成。
これは,一回で食べ切らなくても,再加熱して翌日も旨い。ごはんにかけてもよい。夏の食欲を増進する一品なり。
次はケンサキの中華スープ。
(「中」のケンサキ汁)
① 鍋にゴマ油少々を暖め,長ネギのみじん切りとショウガの千切りを加えて香りを出す。
② ひとくち大に切ったケンサキの胴とゲソを粗塩少々加えて炒め,酒を注ぎ,蓋をする。
③ この元ダシを水で3倍に薄め,塩と醤油少々で味を調える。刻んだ三つ葉を散らし,白髪ネギを吸い口とする。
ここまで書くと,気づく人は気づく。そう。かつてこのブログで書いた「メバルの塩煮」の応用編とよく似ている。ほぼ同じ。つまり,料理の構成原理はそうは変わらんということです。ただし,イカの場合,サカナと少しやり方を変えてあります。それなりの理由もあります。ひとつ実践しながら考えてみていただきたい。ま,なんでも旨けりゃ十分なのだが。
【スミ汁】
沖縄の炎天下とイカの「スミ汁」は,なぜかよく合う。イカはコウイカもしくはアオリイカの肉およびスミを用いる。これらのイカは,ダシが出にくいのではなかったか?
そこが沖縄。全国一の昆布およびカツオ節の消費地だ。この合わせ技が,夏に効く。
① イカの胴を1㎝幅の長さ5㎝程度に切っておき,ゲソも同大に切りそろえる。
② イカのスミ袋は解体するときに小皿につまみとり,塩と少量の酒をふっておく。
② 鍋でイカをサッと空煎りし,そこに酒を少量注ぎ,アルコールを飛ばす。
③ カツオ・昆布のダシを注ぎ,沸騰させない程度に煮立ててアクをとる。ここに②のスミを加え,粗塩で味を調えたら完成。細ネギのみじん切りをたっぷり浮かす。
イカスミが加わっただけで,ずいぶん活力的な味わいの料理に化けるものだ。たしかに,栄養学的に見ても,タウリン,グルタミン酸,イノシン酸,アルギン酸など,強豪がバランスよく揃っている。さすが,長寿食の国です。
(7)イカの煮物
イカの煮物といえば,スルメイカが郷愁を誘う季節定番の味。あのスルメの皮の風味がなくてはなぜか物足りない。
しかし,柔らかくしっとり炊くにはちょっとコツがある。味をしみさせようと長く炊くほどに,柔らかくはなっても硬く細ってしまうからだ。この問題をクリアするには保温調理が良いが,そうもいかないので,「煮冷まし」によって味をしみこませる。加熱によって細胞をゆるめ,冷却過程で味を吸わせる。全ての味つけは冷めるときに染みこむと知るべし。
【イカと里芋の煮物】
① 里芋は皮をむき,水から入れて沸騰させないよう,箸が通る程度に下煮し,水で一度冷まして表面を洗い,ザルに上げておく。
② スルメイカは,胴を1cm程度に輪切りにし,頭は小口に切り,足は二本ずつ切り分けておく。
③ 厚手の気密性の高い鍋に,酒・醤油・水少量・砂糖少々を濃いめに調味した煮汁をいったん沸騰させてアルコールを飛ばしてから中火とし,ここに下煮した里芋を入れ,再び沸いたところでイカを入れて蓋をする。ミリンはイカや芋を固くするので使わない。
④ 沸騰する手前で火を止め,蓋をしたままガスレンジの上で自然に冷ます。絶対に蓋をとってはいけない。
⑤ 冬であれば,鉢に盛り付けた上に柚子皮の小片をあしらうのが気が利いている。
このやり方だと,イカが実にふっくらと仕上がり,お年寄りでも食べられる。
煮冷ます時間は1時間程度でよい。最大の課題は,出来上がりを想定して煮汁の濃さを設定すること。これは何回もやってみるのが早い。習うより慣れて,自分の感覚をつかむことだ。煮物と揚げ物が料理修行の中でランクが高い理由がここにある。
【イカめし】
煮物,と言ってよいかと思うが,「イカ飯」をはずすわけにはいくまい。簡単に言えばイカの胴に米を詰めて煮汁で炊く,これだけの料理なのだが,その味は実に深い。スルメ王国青森および函館の根強い郷土料理だ。用いるのは,スルメイカに限る。少しクセのある皮のダシが,この料理を旨くする。
【イカ飯】
① 米はモチ米とうるち米を半量ずつ合わせ,軽く研いで水に2時間ほど浸け,ザルに上げておく。
② スルメイカは大型のものを用い,ゲソと内臓を抜いて胴の中を洗い水を切っておく。ゲソと頭はみじん切りにしておく。
③ 米とゲソを混ぜ,胴に詰める。このときの詰め加減が大切で,詰めすぎれば膨らんでイカが破れてしまう。胴内部の容量の6分目強,といったところ。米を詰めたら胴の口を楊枝で留める。
④ 酒と水半量ずつ・醤油・・砂糖およびミリン少々を調味して沸かし,アルコールを飛ばす。全体量はイカが完全に没する程度。これが沸いたところに米を詰めたイカを寝かせていき,そのまま弱い中火で1時間,蓋をして弱い沸騰加減で煮上げる。汁が少なくなってきたら蓋をとり,煮汁をイカにかけてやるようにする。
⑤ 煮えたら傷つけないように取り出し,自然に冷まして完成。
これは,イカが小さくても大きくても万人に向く旨さだ。小さいヤツを丸かじりする旨さ,大きいヤツを厚く輪切りにしてほおばる旨さ,などなど。番茶と相性がよい。
(8)焼きイカ
皮を剥いたイカの胴身を幅広に切り串を打ち,調味した卵の黄身やウニを塗りながら焼く,などという小細工は,イカの本格料理と呼ぶことはできまい。そのようなことはお高い料亭にでも任せておけばよい。だいたい夜店のイカ焼きが,なぜあのように道行く庶民の魂を揺さぶるのか,あらためて思い起こす必要がある。夜店の冷凍イカ焼きでさえ,匂いだけはあれほどにかぐわしい。鮮度のいいものを使って本当の味さえ出せれば名器に乗せてもおかしくないはず,ではあるが,それでは味が半減するのですね。
これまで食べた焼きイカで一番旨かったのは,長崎は五島列島で,定置網の網揚げ仕事から上がって味噌汁が炊けるまでの間,獲れたばかりのスルメイカをダルマストーブのホイルの上にポンと乗せ,裏表かえし,焼けたはしからストーブの上に乗せたまま包丁でぶつ切りにし,サッとひとすじ醤油をかけたら,各自,適宜,熱々の切り身を手でつまんで,濃厚な肝をまぶしながら口に運ぶ,噛み下す,茶碗酒を流し入れる,これである。
ここまでとはいかないが,疑似体験であれば家庭の鉄板やフライパン上でもできる。こればかりは,肝の太いスルメイカでなければいけない。
一方,もう一種類,焼いてうまいイカにヤリイカがある。ほっそりしたこのイカ,特に子持ちのメスをグリルか炭火でこんがり姿焼きにして,この場合,酢醤油などでサラリと食うのが素敵だ。姿焼きと言っても何もせずに焼くと,火が通るにつれて足と胴が離れてしまうし,墨を含んだ汁がにじみ出て,いささか汚らしい。茹でイカと同様,あらかじめ胴を抜いて洗ってから水気を拭き,墨袋を取り除いてから再び胴の中に戻し,胴の端を楊枝で止めて焼くのがよい。
(9)イカの天ぷら
既に述べたように,イカの天ぷらは,ケンサキイカにとどめを刺す。モンコウイカなども天ぷらによいと言われるが,実は,天ぷらしかない,なのである。ケンサキのてんぷらは,その味,食感において他のイカの追随を許さない。一口大に切り,上手に揚げ,スバヤク食うべし,以上。
(10)イカの炒め物
具の取り合わせや味付けはいろいろあるし,よほど間違わなければそこそこ食えるので、あれこれ詳細は省略する。ただ,イカらしさを味わえるのは,やはり塩味ベースに尽きる。調味料をあれこれ複雑にしないこと。
留意すべき点は,身が薄いイカおよび火を通すと肉が固くなるイカは用いないこと。従って,基本的にヤリイカとアオリイカなどは向かない。皮が固いコウイカ類は,3㎜間隔くらいで格子状に全面に浅く細かく切れ目を入れておき,これを短冊に切って用いるが,切る方向を間違えてはいけない。刺身の項で述べたように,筋繊維に対して直角になる方向で切っておく。
そして,切ったイカをボウルに少量の塩と酒で軽くもんでおく。これだけで数段柔らかくなるし,下味もつく。塩加減は,触ってなめてみて「気持ちのよい甘味を感じる程度」で良しとする。
イカの炒め物でいちばんつまらないのは,火を通しすぎること。このへんを考慮して切る大きさを決める。小さく切りすぎると火が通りすぎてしまう。また,従って,フライパンに投入する各具材のタイミングも考えておくといい。
まず欠かせないのは肝炒め。これはスルメイカでなければ味が出ない。全面的に濃厚なイカ味に浸ることができる。
【イカの肝炒め】
① スルメイカは解体の際に肝臓を取り出し,ガッチリ塩をして2時間ほど置く。
② 胴は短冊ないし輪切りとし,ゲソは足2本ずつ切り離し,水気を切っておく。
③ フライパンにごく少量のサラダ油を熱し,イカをサッと炒める。
④ 肝の表面の塩を洗い落として中身を絞り出し,フライパン内のイカに加え,全体に回るように混ぜる。この時点で肝の塩分によって既に味がついているが,足りなければ醤油を少々たらして味を調える。
そのままでもいいし,山椒や七味を振ってもいい。これは,芋焼酎にも負けはしない味。
コツは,とにかく手早く炒めて固くしないこと。だから肝もあらかじめ脱水しておくのだ。
ついでにもうひとつ,汎用性の高いイカ炒め料理を紹介しておく。
【イカの炒め煮各種】
① フライパンに強火で油を熱し,切ったイカを投入,すかさず刻んだ野菜類を投入,ガサッとひと炒めしたら,酒ないし白ワインを少々注ぎ,蓋をして沸騰を待つ。この間,ずっと強火のまま。
② アルコールがとんだら塩加減し,コショウや山椒粉などで風味付けして出来上がり。
なんとカンタン。
これ,思い出す人は思い出す。アサリの酒蒸しやボンゴレの具,あるいは以前書いたメバルの塩煮,と構成はほぼ同じ。入れるものと順序が少し違うだけ。
となれば,和・洋・中,自由自在,ということですね。いろいろ工夫次第。
もはや,あとは省略!
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たかがイカのつもりで書き始めたのに,ずいぶん字数が増えた。
こうしてみると,イカらしいイカ料理に限定したとはいえ,いろいろあるものだ。
ここではいろいろなイカ料理を紹介したが,その料理をつくるだけで終わるのではなく,ぜひ,その料理の構成要素,原理,感覚を読みとって欲しい。イカは既に述べてきたようにシンプルな素材。であるが故に施す技法が見えやすい。すばらしい練習素材でもあるのだ。
イカ食の世界は広い。深さ以上に広さがある。これがイカの大衆性であり,世界中でまんべんなく求められ,愛されてやまない理由であろう。
でもイカだらけで今回はチトと疲れましたわ。
まだいろいろあるにせよ,もう当分イカについては書くまい。
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