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2008年01月21日

新春バトウバスターズ

 なんのことかいな,といえば,サカナの“バトウ”ですよ,“罵倒”ではありません。これすなわち「マトウダイ」の山陰地方名,“馬頭”なのであります。今回はこれをやっつけに行ったお話。
年の暮れ,久しぶりに会った先輩と,我が家で脂の乗ったブリなぞ肴に飲み進めた折り,彼が言うには,今年は水温高くてヒラメが全然いけんでバトウばっかしだわ・・・,などとけしからんことをつぶやいたのが発端。激高して問いただすと,これが美保湾のスグ沖で入れ食い,ということであり,たくさん釣れるのでモテ余しているとのこと。それではバトウ料理を追究してみようではないか,ということとなって出漁の相談,ひそひそ。

 余談であるが,この先輩,先東さんは,実は境港のウインドサーファーの草分け的大御所で,50才になる今も若手の指導育成に余念がない。かつてはステーキチェーンの総支配人も務めて松江や鳥取の市中で気炎を吐いていたらしいが,腰を痛めてからは長時間の立ち仕事を断念。その後は主夫として二人の子供の世話から掃除・洗濯・メシの段取りやPTAに自治会活動,果ては奥さんの肩もみまで。あいた時間で季節の山菜採りや,傍ら,2トンの持ち船で美保湾に出ては釣った魚をほうぼうに配り,そのお返しで野菜は来るわ肉は来るわ酒は飲めるわ服まで来るわというわけで,現代の原始共産制を地で暮らしている交換経済の達人なのだ。まことに,豊かなことこの上ない。昨年大腸ガンであわや死にかけたにもかかわらず,復帰後も変わらぬ生活を営んでいる。感服している次第。

 ともあれ,朝9時頃から半日ほど行ってきた。まずはサビキで大型の瀬付き大型マアジ(ご当地名“金アジ”)を10本ばかり釣ったあと,ちょこっと移動して餌の小アジを釣って,イザ。
水深20mなのでオモリも20号。ハリス5号に角セイゴ16号の胴付き2本針でアジを口掛けして沈めたとたん,モンモンモン,と食い込みましたね。待ってましたといわんばかりだ。
 最近流行のタイカブラ用の竿は,全調子で細くて,しかし張りがあって思いのほか錘負荷も大きく,それでいて値段もソコソコ。生き餌を使った呑ませ釣りを楽しむには実にいいですねえ。いわゆる“ライト呑ませ釣り”というのか,アブのバスリールとの組み合わせでよく曲がってオモシロイ。重たくやりとりしてドターっと甲板に。40㎝ほどか。威嚇するように大きく広げた背びれがみごと。
 
 餌の小魚を瞬時にスポッと吸い込む大口をもち,体の両側の真ん中には標準和名マトウダイ(マトウ=マト=的)の由来である黒い大きな紋印が白く縁取られて個性的なデザイン。この紋がハッキリしているのが鮮度が良いシルシ。シックに落ち着いた濃いオリーブ色の肌には海藻のような流れ文様が浮き出ていて,死んで魚屋に並んでいるときのくすんだ灰色とはえらい違いだ。この文様で擬態しながら静かに小魚に接近するのだな。
 釣り上げられると浮き袋の筋肉を震わせてグッグッと鳴くのが耳に気持ちよく,このサカナ独特の,やあ釣れた釣れた,という一種ノンキな充実感がある。久しぶりの対面を堪能したところで手カギで即殺してエラを切って海水で放血,発泡に横たえて氷を魚体に触れないように少し打つ。これでよい。
 餌のアジが中途半端に大きかったので掛け損じもありながら,昼までの3時間で二人とも6尾づつ。本日は入れ食いとまでは行かず,バスターズとはちと大げさであったが,食材としては十分確保ということでサッサと引き揚げた。釣りはすべからくこうありたいもんである。短時間必要量!これオカズ釣り師の目指す処ナリ。

それにしても・・・,

 マトウダイは当地にそれほど多くいるサカナではなかったハズ。それもこんなに浅い水深で。腹をあけてみれば卵巣が成熟しており産卵接岸だと知ったのだが,基本的にはどちらかというと亜熱帯温帯から温帯にかけてのサカナ。日本でいうと南は鹿児島,日本海側では能登,太平洋側では茨城沖あたりまで。
 それと,朝方釣った金アジのことなのだが,一般的にアジの旬として知られているのは脂の乗る夏。しかし美保湾の瀬付きのマアジは,例年寒の時期にガッツリ脂の乗せる,全国知る人ぞ知る上モノ,ということで,このデッカイ幅広のやつを釣るのが正月の楽しみだったわけだが,今回釣れた30~40㎝ほどの金アジは,これが期待を裏切り脂ナシ。肉の味はあっても脂の甘味と香りは望むべくもない。どうしたのだ,いったい。

 そういえば,例年秋から12月末まで釣れ盛るワームによる30㎝内外のアジ釣りでも,ほとんどのアジが脂を乗せずに痩せていたことが思い出される。
 あきらかに餌がないのだ。この時期,冷たい北西風にあおられ接岸するカタクチイワシ等の稚魚,すなわちシラスを連日腹一杯食ってこそ,金アジは脂を蓄えることができるのだが,これがない。これはメバルにとっても同じ条件。
事実,例年11~12月を最盛期として賑わう境港のシラス漁も,異例の10月に短期の漁があっただけで,その後市場に出ていない。やはりいないのか。
 死滅したのか,どこかにいるのか。今年はとにかく釣りに出るたびに変則的なことに遭遇するため,悩みが多い。今年,海は,明らかにおかしい。心配していたことが急速に現実となりつつあるのか。

この件については別途詳細を書かねばなるまい。今は目前のバトウと向き合うべき。
本日の品書きを紹介していこう。毎度の如く,まずは下処理からですよ~。

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 マトウダイをさばこうとして,あらためて手にしてみると,いったいどうしてこんなサカナができちゃったのかと自然界の不思議を思わざるを得ない。平たく丸いお盆のような体の前3分の1以上を占める大きな頭,というか顔というか。その口は普段はナナメ上方を向いて収まっているが,口を開ければ前方にズドーンと延びて飛び出し,ゲンコツが入るほどの大口。頭を切り落とすと,なんと小さくなってしまうのか。
 本来はほかのサカナと同様に腹を切って内蔵をとりだしたいところだが,刃を入れたい胸から肛門にかけては,アジのゼイゴにも似たヨロイ状の突起物が2列にびっしり並んで開腹拒否。おまけに三枚におろすときに刃を入れるべき背鰭と尻鰭の付け根には,堅いトゲがズラズラと並んで,これまた包丁を拒絶。
 
 こんなことだから,マトウダイは,進化の本流からははずれたサカナとして,分類上,別個の枝分かれしたグループとして扱われており,その仲間たるやわずかに数種類のみ。多くは深海に隠れ棲んでいる。同様に白身で体型や肉質の近いカワハギ諸君などとはイトコどころかハトコくらいの関係でしかない。
 この仲間で日本でときどきお目にかかるのは,マトウダイより深場にいるカガミダイというやつで,ギンギラギンの鏡のような色をしている。シンボルマークの“的”印は同じくあって,英名はそのままmirror dory(ミラー・ドーリー)。ミラーは鏡,ドーリーは,北米で昔から使われている手こぎの平底船のこと。要は平べったいサカナを表現した名称だ。ちなみにマトウダイのほうは,john dory (ジョン・ドーリー)との名前をいただいており,なにやらトモダチのような親しみ湧く響きですな。

でもそんなことはもういいや。
問題はコイツをどうするか,ということだ。

【 マトウダイの下処理 】
 マトウダイは次のように解体していく。通常のサカナとは勝手が違うが,おそるるに足らぬ。挑戦あるのみ。構造さえわかってしまえば,むしろ他のサカナよりもラクチンだ。

①ウロコは細かく柔らかく皮下に一体となっているので食べるのに支障はない。そこで,まず体全体をタワシでサッとこすって体表の粘液をとっておく。立派な背びれは邪魔なのでキッチンバサミで切り取ってしまう。
②頭を左,腹を手前に置き,まず頭骨の後ろに刃先を背骨に到達するまで入れ,そのまま少し手前に切り下げると,すぐに腹腔に刃が入る。そのまま内臓を傷つけないように腹皮を左手でつまみ上げながら,ナナメ右下の肛門に向けてソリソリと腹皮だけを切り進める。一般的なサカナのようなしっかりした腹骨はなく,皮と薄い筋肉のみなので,ソリソリッとな。
③ここで問題の腹側のヨロイ状の突起の連なりを,刃先を使って肛門の手前でバツンと断ち切る。
④頭は左のまま,向こう側に腹を置くようにひっくり返し,肛門から左ナナメ手前に頭の境目まで,同様にソリソリと腹皮を切り進む。そして,背骨の近くまで到達したら,ここで包丁を立てて切っ先を突き立てるように背骨を切断する。
⑤再び裏返して,右手で体を押さえつつ左手で頭を引き離すと,主要な内臓とカマ,胸びれなどが頭側にくっついたままきれいにはずれる。体側に残っているのは生殖巣のみなので,これを指をつっこんで引きはずして皿に取り置き,腹腔の背骨沿いに見える腎臓,血液などを歯ブラシでこすり流しておく。
⑥頭側についている内臓のうち,肌色の肝臓の横にある薄緑の液体が入った袋=胆嚢を,つぶさないようにつまみとり捨てる。これがいわゆる“苦玉”というやつで,バトウは特に大きい。これがつぶれると全体に苦みが回ってしまうので要注意。
⑦次に,同様に肝臓をとりはずして皿に取り置く。これはお宝。そしてもうひとつ,アジをひと飲みに納めるデカイ胃袋,これをエラ元から切りはずし,逆さ包丁で開き,内壁の粘膜を包丁の刃でしごきとり,水で洗ってこれも取り置く。この胃袋が旨いんだな。
⑧残った頭からのど元を切り,エラをカマごと切りはずす。通常カマと言えばおいしいところ,と見るのが一般的であるが,マトウダイの場合,ほとんど食うところがないのでこれはダシにしかならぬので捨てる。エラのはずされた頭の前2分の1,ここで食えるところは大きなほお肉と目玉のみ。いささかさびしいが,これも洗ってとっておきましょう。

これで頭と内臓の処理は終了。
 ここまででわかるとおり,コヤツは餌となるサカナを吸い込むために必要な大口を開くための,しなやかな骨格と,それらをつなぐ柔軟な皮膜と最低限の筋肉,そして小魚を丸ごと何匹でも溜め込むことのできる大きな胃と,いくら胃がふくれても大丈夫な伸びのよい腹皮,で構成されている溜め食い生活型のサカナである。まるで“吸い込み袋”だ。胃の消化力は強いらしく,その証拠が大きな胆嚢。ここから出る胆汁は膵臓から出る蛋白質消化酵素と合わさることによって脂肪と蛋白質の消化を助けるはたらきをする,これがマトウダイは強力なんであろうとみた。というのは余談。

体のほうにとりかかろう。

⑨全体の水気を拭いた体を横たえたら,まず問題の背びれ沿いにあるトゲトゲの内側を,包丁を立てた切っ先でヒレを支える骨(担鰭骨:たんきこつ,といいます)に到達する程度にシッポまで切れ目を入れる。背側も同様に。
⑩そして,シッポを手前にし,腹を右,背を左に置いたら,既に入っている切れ目から,トゲを避けてえぐるように包丁を身と骨の間に入れていく,わけであるが,通常のサカナのように,意識的に切り進むとけっこう中骨に身が残る場合がある。包丁の刃を入れたら,むしろ押し進めるように包丁を食い込ませていくと,骨と身の間がはがれるようにメリメリと刃が入っていく。おもしろいですね。
⑪背骨の中心まで切り進めると,背骨中央部が体型の割には太く盛り上がっている。丁寧にキワまで切り進めたら,身を少し起こすようにして背骨の頂上まで刃先を上手に使って山の頂上まで切り進めましょう。
⑫ここまでやったらそのままシッポを向こう側に回すと背側が右。ここを同様に切り進み,背骨の山越えを経て,通常のサカナであればここで包丁を立てて腹骨を断ち切って身をはずすところであるが,このサカナの場合,腹骨も細く短く脆弱なので,そのまま包丁を寝かせたまま切ってしまうことができる。これで半身おろし完成。反対側も同様にして三枚おろしだ。
⑬ここでまたまた不思議なことが。三枚におろした身側を上にして,よく観察していただきたい。まず中骨あるいは血合い骨と呼ばれる小骨が,どこを触っても見当たらない。そもそも血合いが存在しない。それどころか,一枚のおろし身が,おのずからタテ3つに分かれて皮一枚でつながっているではないか。これに近い身の分かれ方をするのが,そう,タチウオなんかであるが,全く親戚でもなんでもない。ワカランワカラン。でもまあそういうふうに出来ているということなので,分かれ目に沿って包丁をタテに入れ,3つに切り分けましょう。これで完成。

【 マトウダイの刺身および昆布締め 】
 マトウダイの身肉は,白身の中でも柔らかい部類。実家のジイサマなどに薄造りを食わせると「柔らかいフグといったところだな」などとつぶやいているが,フグほどの甘味とコクは持ち合わせていない。味の引きはいいのだが,いささか水っぽいといってよかろう。
 また,通常そこそこの体格をもった白身魚は活け締めしてからスグは甘味が乗らず,舌触りも悪く味気ないものであるが,マトウダイに限り,ちょっと事情が違う。締めて持ち帰ってスグならモッチリした食感を伴う甘味があるが,逆に硬直が終わって熟成(自己消化)段階に入ると,とたんに水っぽさを増し,甘味が低下する。姿ばかりか,味の出かたまでヒネクレ者なのだ。

 そこで,刺身そのままで旨く食うなら死後硬直終了まで。それを過ぎたら何らかの形で旨味を補ってやる必要がある。ということになるのだが,どんなもんか,食べ比べてみてはいかがでしょうか。ではやってみよう。

●刺身①(そぎ造り)
①三枚におろし,三節に切り分けた身の皮を包丁でひく。この皮はあとで別料理に使うのでとっておきましょう。
②皮側を下にしたままシッポの方から3~5㎜程度,厚めのそぎ切りとする。薄造りに非ず。このとき,包丁を寝かせた断面積の広い切り方ではなく,若干包丁を立て気味にして,ややポッテリとしたそぎ切りに造るのが,このサカナの淡味には合う。
③ワサビ醤油でも悪くはないが,肉の味が淡いため,すぐに食い飽きる。醤油に一味唐辛子少々を振って,好みでこれにレモン汁を垂らしたやつをちょいとつけて食うのもいい。

次に,同じ刺身でも,少し変化をつけていく。

●刺身②(細造りレモン締めネギ和え)
①三節に切り分けた身の皮を包丁でひき,身の表面をペーパーで拭いておく。
②身の全面に軽く塩を当て,20分ほどして表面にヌルミが出たら,皿ないしバットに映してレモン汁を絞り,しばらく身を返しながら全面に絡ませる。表面が白くなったところでよしとする。
③シッポの方から5㎝×5㎜程度に短冊状に細く切り,これに細ネギをみじんに切ったものを適量,サッと和える。これだけ。味は潮で既についているが,物足りなければ食べるときに薄口醤油少々をたらしてもよい。

このレモン締めネギ和えは,ヒラメや鯛など,ほとんどの白身サカナで通用するばかりか,アジやブリの脂が乗っていないやつなど青ザカナでやっても,塩で引き出されたサカナの旨味と青ネギのちょっとした変化,そして爽やかなレモンの酢臭くない酢締め風味の合わせがなかなかに旨く,気の利いた料理だと思う。
しかも,まな板の左側でサカナを切っておいて,右側でネギを切って,包丁の刃先と左手の指先でサッサッとまぶすように和える手軽さも,たいへんいいわけです。 

 それでも,白身のくせに,なんでややこしいことをしなきゃならんのか。黙って普通の刺身に切ってワサビ醤油ではいかんのか。というご指摘の方に説明いたしますと,
 実はこのサカナ,独特の青臭さをもっている。その臭味は,スズキのように粘液に由来するものではないらしく,皮自体に潜んでいるので,過去ログ「スズキの臭味」で述べたような塩と酒による臭味抜きではとれない。では臭味にはショウガかといえば,これには身の味が負けるときている。ワサビでも,この青臭さが若干残る。そこで食べる際にちょっと柑橘と薬味の力を拝借,というわけ。

ところが,これを昆布締めにするとなると様子が変わってくるので,これまたオモシロイ。たとえばこんな具合。

●昆布締め
①幅広の昆布を二枚用意し,たっぷりの酢を含ませたペーパーで拭いて置き,柔らかくしておく。酢で拭くことによって,昆布からにじみ出る粘り気が抑えられ,いわゆる昆布臭さが出ず,すっきりした味の立ち上がりとなる。
②柔らかくなった1枚の昆布の上に,刺身と同様にそぎ切りにした身を半分づつ重ねて全面に並べていく。
③片手の五指を酢で少しだけ湿らせて粗塩を軽くとり,両手の平の閉じた指の部分だけをコスリ合わせてまんべんなく塩粒がいきわたったら,その閉じた手指で昆布に乗せた刺身の表面をポンポンとひとめぐり叩いてやる。職人さんは高いところから振り塩,なんてやるのであるが,我々はこれで塩加減達成だ。合理的にいこう。
④もう一枚の昆布を上からかぶせ,軽く重しをかけて冷蔵庫へ。バットか皿に入れて砥石を乗せるか,もう一枚皿を乗せるか等々,全面に一様に重さがかかるよう工夫すればよい。
⑤10分後から食べられる。そんなに短時間で?と思うかも知れないが,このサカナの塩および昆布風味の浸透は早い。細胞の結合が緩いからだ。
⑥上に乗せた昆布をはがしてそのまま長皿に乗せて食卓に今日するのも昆布締めらしくてステキだが,むろん,一枚ずつはがした切り身が互いに貼り付かないように少しずつずらしてこんもりと,濃い色目の小皿や小鉢に重ねて盛りつけるのも,白身の昆布締めには似合ういい景色だと思う。ご家庭でもぜひ。

 そもそも昆布締めの味わいには「浅漬け」と「古漬け」の2つの味わい方がある。この点,それぞれの作り方も含めて過去ログ「アカミズ三昧」で少し述べた。すなわち,塩によって引き出された透き通ったサカナの甘味の奥にかすかに昆布の旨味が顔を出している,とすべきか,昆布の旨味がサカナの身肉を媒体として飴色にぎっしり詰まっている,とするかであって,いずれにせよ,中途半端だとつまらない。
 最近はいろんな店で昆布締めを出すようになったが,この中途半端が多いように感じる。総じてサカナを味わっているのか,昆布の旨味を味わっているのか,わからなくなる。それにだいいち,浅漬けはワサビ,古漬けには和辛子が合うというのに,どちらを所望していいか,こういう判断に困る味は困る。作り手の意図をうかがいたい,とまでは言わないうちに,だいたいは醤油だけで黙って食うのであるが,料理を追及するまごころに触れられるわけでもなく,半端ゆえにうるさく効き過ぎたコンブ味が,そこはかとなく寂しい。まあ現代大衆飲食業はそれでいい面もあるのでしょうけれど,日々の研鑽ないままにいつまでも同じことを繰り返しているとしたらいただけない,でございましょう。

 さて,ちゃんと段取りして冷蔵庫に入れたのに,わずか10分で取り出すなんて,冷える間もありゃあせんですな。冬場なら常温でもよしとしましょう。切り身がうっすらと半透明になったら出来上がりのサイン。
 こうして出来上がったマトウダイの昆布締め。刺身のときに感じられた水っぽさも抜けて,ほのかにコンブが香り,噛み下して飲み込むときに旨味がジワッと残る。これは,刺身よりもはるかにワサビと合うんです。逆に,刺身でやったようなレモン汁とか唐辛子やネギを用いた食べ方では合わなくなる。まずは醤油をつけずにワサビだけで味わってやっていただきたい,塩味がついてますから。じゃによって醤油をつけるときは,端っこをほんのちょっとだけね。

 このように,同じ生でも刺身と塩や酢で締めたものとでは,合う調味料も薬味も異なる。
前回の記事でサバ料理をやったときにも,刺身とシメサバで,似たような関係にモツレ込んだような・・・。とまあ,その問題は後日に回し,そのようになっているということでありますのでヨロシク。

 淡味なものほど淡味な調味が合う,というのは例外もあるにせよ,素材の味を前面に出そうとする限りは概ね合っており,その点,マトウダイの生食い方法のご紹介は,この程度で止めておこうかと思う。ほかにも皮付きで1㎝厚の短冊に切りつけた湯引きをポン酢で食うなど,そこそこ旨い食い方もあるにせよ,湯引きに要求されるシコッとした食感が弱いと思うし,あるいはたとえばかのカルパッチョなどやろうものなら,すっかり油や香辛料に負けてしまうほどの淡味なのであるから,あんまりいじくるべきではないと存ずる。

 とはいえ,せっかく釣ったマトウダイ。加熱すれば生とはまた違って,ガッツリと醍醐味を味わうことができるので,それらのうちから2点をご紹介。特選バトウ料理である。

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【 マトウダイの塩焼き 】
 水っぽくて味が薄いと言われがちなマトウダイ。これを単に塩焼きにしただけでは,これまた味の薄い塩焼きなのではないか,とご心配の皆様,これが焼くとなると大変身。加えて,ちょいと小技を使わせてもらいます。

①焼くときに邪魔となる大きな背びれをキッチンバサミで切り取り,包丁の刃先を使ってエラと体をつなぐ膜をぐるりと切り,エラの付け根を断ち,そのまま内臓と共に抜き取る。②体の右側の腹側下方を胸から肛門にかけて切り,残った内臓をとり除き,背骨に残った血合いをこすり取り,腹腔内および体表の水気を拭いておく。
③体側の紋印があるところを中心にバッテンに,骨に到達する程度まで切れ目を入れる。通常,サカナを焼くときの切れ目は,首の付け根から尻ビレに掛けて一本入れるだけにしているが,こいつだけバッテンにする。これにはワケがあるので後述。焼くときにワカル。
④手を少々濡らして粗塩をつけ,ペタペタと薄く全身および腹腔内にも塩をして,そのまま30分置く。本職さんは尺塩なんて振るところでしょうが,全体に塩をまわしたいとき,これのほうがよい。我々は,これまたこれでよし。
⑤うねり串を打ち炭火で焼くのがいいが,図体が入るならばグリルでもOKだ。サカナを入れる前に十分予熱しておくことをお忘れなく。
⑥焼く寸前にあらためて軽く塩を振るわけだが,これまた少しだけ湿らした右手指に粗塩をまぶし,グーに握った手をパッと開くと塩粒が飛び散る,これを利用するのです。名付けて「散らし塩」。ははは。これを2,3回やれば,まんべんなくサカナに塩が振られることとなる。やってみて下さい,上手にムラなく塩が当たりますから。塩を振ったら即座に焼きに入りましょう。
⑦腹を切った右側から中火焼き始め,7割火が通ったところで裏返して少し火を強くして3割を焼き上げるタイミング。慣れないうちは,ずっと中火でも問題ナシ。なのであるが,他方,別の問題が発生するであろう。なにしろ平べったいデカイサカナであるゆえ,狭いグリル上で裏返すのは至難のワザ,とお悩みでしょう。そこで,焼き上がった魚を乗せる大きな皿を取りだしまして,グリルの網から長い菜箸で魚体を支え上げてソウッと皿の上にスライドさせ,こんどは菜箸で魚体を抑えつつ,左手で皿を持ってゆっくりひっくり返し,体重が菜箸に移ったところで再びソウッとグリルの中へ送り返してやると,この問題は解決する。そう,大きなフライパンいっぱいの大きなオムレツを焼くとき,ひっくり返すのに蓋を使うでしょう。あの要領です。
⑧焼き上がりのタイミングは,皮目が所々香ばしく焦げ目を伴って焼き上がり,バッテンに切った身や頭についているホオ肉が,ピリッという感じで骨から浮き上がり始めたあたり。
⑨さてさて,この塩焼きは,焼き上がる少し前に準備が必要。まず,使うのは先ほどサカナを裏返すのに使った皿で結構。バターの小片をこの中央に置く。雪印なんかが出してる“切れてるバター”,あれ,便利ですね。あれをひとかけ置きます。その上にグリルから出してきたばかりの塩焼きを乗せる。サカナの熱の下敷きになってバターは溶けていく。そして,塩焼きの上面の皮にも,更に少量のバターを薄く塗りつけるのです。言っておきますが,“バター焼き”ではありませんよ,“バター塗り”であります。バターがほぼ溶けてなじんだところで一呼吸置き,熱々を食べてみい~。その味に,ヘエーッ?とオドロキますぜ。

 この「塩焼きマトウダイのバター塗り」は,我ながらそのまんまギクシャクした命名ではあるけれど,みごとにマトウダイの弱点を補ってパンチを引き出した料理だと思う。
 まず,焼き進むうちにお気づきのこととであろうが,バッテンに切った身からしたたり落ちる水分の量がハンパでなく多い。わざわざ一本でなくバッテンに切っておいたのは,これが狙いだ。マトウダイの場合,水分が落ちることによって旨味が逃げてしまうことなく,本来の柔らかい身がギュッと締まって食感と旨味濃度が増大するのである。そして青臭かった皮は,焦げ目の香り立つおいしい皮に大変身。バコーンと大きな頭の両側には,でっかいホオ肉がこぼれんばかりに反り返っている。これを噛みしめるとジャキジャキと言わんばかりの歯応えの気持ち良さ。
 
 そして,なんといっても,“なぜサカナの塩焼きにバターを塗らんといけんのか”,という問題は,香ばしく焼き上がったマトウダイの皮と肉が伝える少しの塩気と控えめな甘味に,角度の違ったバターの塩気とマトウダイが持ち得ない濃厚な風味の合わせ技,これを味わうときに,全て解消されるので,ご心配なく。
 
 まずは,バターが塗られた皮目がパリッとしているうちに,これを締まった身肉と共に口に運ぶのがおいしさのコツ。これは野趣に富んだ旨さだ。
 そして次に,皮から徐々に流れて,ほぐれた白身に染み入っていく淡い黄色のバターのゆくえが気になり始めた頃,その染みこんだあたりが,また別の,こんどは上品な旨さ,なのですよ。
 ビールなど飲みつつ夢中で食い進み,そこで裏返してもう片面に移るわけであるが,そう,サカナの下には皿の中央にひとかけのバターが置かれてありましたね。これが,今になって効いてくるわけです。人生すべからく布石が大事。段取り八割。これを仕組んでおいたおかげで,こんどは最初からじっくりバターに浸されてしっとりした皮と身肉とが深くこなれた味が味わえるというわけ。ひたすら食い進んで骨だけとなり,大きなホオ肉を噛みしめ目玉をちょっとつついたら,これで終了。

 うーん,なんでしょうな,この旨さは。
 バターとサカナを合わせたといえば,誰でもすぐに思い浮かぶのが「ムニエル」。これはいわゆる「バター焼き」とは似て非なるもので,バター焼きがサラダ油の代わりに少量のバターを用いた一種の“焼き物”であるのに対し,ムニエルとは,小麦粉をはたいたサカナの切り身を,多めのバターでじっくり火を通した,バターの少ないバター煮に近いもの。じっくりやるのでじっくりバターがしみわたるのであるが,これは西洋での白身ザカナの定番料理のひとつ。
 ムニエルは,たしかにアチラと同様にシタビラメやマスなんかでやるとじっくり旨いには違いないのだが,日本人の舌にはいささかしつこいのではあるまいか。その点,ここでご紹介したバター塗りの塩焼きマトウダイには,ムニエルにはない,小麦粉ではなくサカナ本体が発する皮と身の香ばしさと,濃厚な中にも後味のキレがよい潔さがあるように思う。バターソースなんて凝ったものではなく,単にほどよく焼いた塩焼きにバターをサラリと塗っただけのもの,このシンプルさが味を美しくしているのではないかと思う。その証拠に,洋酒はもとより冷酒にも実に合う。
 
 食を通じての私とマトウダイの因縁は,サバほどではないにせよ,実は深い。
遡ること二十数年,豪州はシドニーという街の小湾のほとりで暮らしていた折り,生きた小アジや小ダイを餌にしてマゴチ,これも1m近いマゴチがいるのであるが,これを狙っているときに,時々マトウダイも顔を出していた。だいたいが50㎝級だ。
 当時中学生であった私にとって,日常生活の中で陸から身近に釣れる大型のサカナといえば,第一にクロダイ(オーストラリアキチヌ),そして小さなボートを漕ぎ出してのマゴチとマトウダイくらいなものだった。良型とはいえ,刺身にすれば大味であるのが大陸ザカナの悲しいところ。中学生の未熟な料理であるから,結局,釣ってきた獲物は煮つけか吸い物にするか,バーベキューコンロの炭火の上で塩焼きになる運命であったわけだが,いずれもとりたてて旨いと褒められるレベルのものではなかった。刺身にいたっては,沿岸魚であえて旨いサカナを挙げるとすれば,脂が乗らなくても肉の甘味は裏切らないカワハギの類くらいであったと記憶している。
 
 味気ない魚たちがひしめく中にあって,マトウダイ,すなわち当地で言うJohn Doryはひときわ輝いていた。今思い出しても日本のマトウダイと味に遜色はなかったと思う。
 事実,豪州国内,特に東部海域における人気魚のトップに,マトウダイは君臨していた。豪州人にとってもやはり旨いモノの食い分けはあるということであるが,いかんせん食習慣は越えがたいとみえ,フィッシュ&チップスの材料から大きく抜け出せるわけでもなく,せいぜいがムニエル,あるいはホイルに包んだ蒸し焼き,あるいはそれに類する西洋料理といったところで,こうなると,はたしてこのサカナでなければならないといった食べ方ではない。

 そんなある日,定番のクロダイが釣れたため炭火焼きとしたのだが,この日は少し焼きすぎて,身がやけにバサついてしまった。味としては素朴ではあるが,とても旨いといって食えるものではない。そこで思いつきでサラダ油を少々たらしたところ,これが正解で,ギシギシバサバサが和らいで食えたのだった。ついでにコショウ少々を加えると,本来の塩焼き味からは離れるものの,これもオツであった。
 ということで,“バター塗り塩焼き魚”は,この体験の延長にあるひとつの形態だ。油で焼くのと,焼いたものに油をかけるのでは,同じ材料でもずいぶん味と風味が違うということに,しくみとして気づいたわけだ。
 以来,脂の乗っていないサカナを次々と釣っては焼き,バターを塗ってみた。結果,マダイ(ゴウシュウマダイ),クロダイ,マトウダイ,タカノハダイの仲間など,ある程度大型で,おおぶりな筋繊維をもち,その結合が緩い大陸の白身のサカナ,すなわち“大味なサカナ”であれば,全てOKという結論に達したのである。こんがり焼いて,バターぬりぬりだ。これだけで,大味だったこれらのサカナが、ちょっと小粋でしゃれた味わいに化ける。
 一方,コチやホウボウなどのように,筋繊維が細かくギシッと身が締まっているサカナには向かないようであった。皮目の弾力が強い上に,身に脂がなじみにくいのである。従って以後滞在中,チヌ以外では,特にマトウダイを集中的に追い回す日々を送ることとなった。釣れればその旨さが脳裏に走り,単純にウレシイ。生き餌を餌にして釣るヒラメやアカミズ,ブリなどに比べれば,けして釣り味が良いわけでもないのに,マトウダイが釣れるとじんわりとウレシく感じるのは,この私的体験によるところが大きい。

 このやり方が旨いとはいえ,日本で同じサカナを用いて同じことをやってみると,味が全く同じだったのはマトウダイだけで,あと近かったのはクロダイくらい。その他の白身ザカナでも,当然合わないはずもなかろうが,そんなことをする以前に既に十分いろいろ旨い日本のサカナでやるのは,いささか勿体ない,というのが結論。従って我が家では,焼き魚のバター塗りは,マトウダイの特別料理として存在するのである。
 でも,たまにはチヌでもやりますね。厚い皮がバターとなじむとモッチリして,これまた特有の味わいを醸すのがいい。
 
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 さて最後に,日本の郷土料理の中からひとつ紹介しておきたい。
これはマトウダイだけではなく,白身魚はもとより,サバやブリなどの青ザカナにも合う,浜の家庭料理だ。その名を「さしがみ」という。

 「さしがみ」とは,私が漁師修行をしていた長崎県野母崎に伝わる食べ方で,しくみを言えば,濃い甘辛醤油の煮汁を鍋に沸かして唐辛子をちぎり入れ,そこにサカナの切り身を短時間浸して表面を加熱調味したのち即食べてしまう,いわゆる“煮食い”スタイルの料理である。
 同様なしくみの料理は実は各地の沿岸地域に分布しており,その名もさまざま。たとえば九州北部から対馬を経由し島根県隠岐島まで分布する「いりやき」は,サシガミと同様に醤油ダシを用いた煮食いであるし,島根県大田から浜田にかけての沿岸に行けば,濃い醤油で骨ごとぶつ切りにしたタイやカワハギ,ノドクロ(アカムツ)などを煮食いする「へかやき」がある。
概ねこれらは濃味甘辛系の煮食いであり,本来はほとんど野菜を使わない。入れるとしても白菜とタマネギや長ネギくらいなのだが,熊本から天草地方にかけての「さしつけ」のように,薄口醤油を用い,すっきりした魚ダシで,いろんな野菜とともに味わうタイプもある

 濃い甘辛醤油汁の煮食いといえば,思い出されるのは有名な「すき焼き」。“すき”は鉄製の農機具「鋤」であり,島根のヘカヤキにおける“へか”も同様に農具につかう鉄の部分であるとのことだ。また,いりやきの“いり”は“煎り”であり,フツフツ,あるいはジクジクとたぎる煮様を指す。「さしつけ」は,互いに向かい合って箸でつつく“差し”と入れてダシに“浸ける”,すなわち“互いに鍋の中に食べ物を差し入れ合う”の意であろう。使う道具を指すか,料理行為を形容するか,の違いだ。
 現代においてはスキヤキだろうがイリヤキだろうが,農機具は当然使っておらず,使用する専用鍋が浅い鉄製の鍋である点のみ,かつての名残をとどめている。
そして,サカナを材料とするこれらの形態を,上方では総じて「魚すき」とも言うし,サバを使ったイリヤキを「サバスキ」と呼ぶ人もいる。いやはや混乱気味。

で,ちょいと横道にそれて整理すると,

 東シナ海に面した九州西部に在する長崎,特に五島列島は,青ザカナの群れを大きく囲んで獲る「まき網」発祥の地。それまでの大型漁業といえば,せいぜい定置網であって,いわゆる“待って獲る漁業”の範疇を出なかったわけだが,ここから飛び出て大きな機動力をもち,多方面に漁場を開拓していったのがまき網だ。
 これが対馬暖流に乗って,日本海を北上しつつ伝わってきたということで,北九州を経て,まき網の停泊地であった対馬,同様に隠岐,新たな漁業基地としての境港,と伝搬してきたわけだが,当然,まき網船員のつくる出身地の料理も,それぞれの地に伝わり,また土地の味覚・風土に合わせて変化してきたと考えるのは自然である。

 たとえば境港など,実はほんとうの“じげ者”は3分の1程度で,大部分が九州,対馬,隠岐などから渡来した,食文化で言えばもともと多様性のるつぼ。そんな中で,境港では青ザカナがたくさん水揚げされるので,中でも脂の乗ったサバを用いた煮食いとしてサバスキが定着したということであろうと思う。が,同時に,似たようなサバ料理をイリヤキと呼ぶ対馬や九州出身の境港人も同じ町内に同居しているわけだ。
 このように,サバを煮食いする沖ないし浜料理のかたちは,ひとつはまき網の伝来によってもたらされた経路があったと推測され,今でもまき網が盛んな地域では,引き続き素材はサバを踏襲するかたちで残っている。鍋に唐辛子を入れるかどうかは,地域によって異なる。

 一方,まき網の立ち寄り港ではあったが地域漁業としては定着せず,脂の乗ったサバがあまり獲れない地域では,料理の形態だけが残り,それがたとえば底曳き網漁業が盛んな島根県西部であれば,いろんな底魚を使ったヘカヤキとして残り,また,対馬などであれば,対馬地鶏や沿岸の磯ザカナを使ったタイプのイリヤキとして現存している,ということではないかと思われる。
 各地煮食い来歴の診断ポイントとして,「その煮食いはサバかサバでないか」,「煮るダシは,醤油甘辛汁か薄い飲める程度のダシか」,「唐辛子は入れるか入れないか」,「その地の漁業としてまき網は存在するかしないか」の4点で見ると,伝搬経路が見えてきておもしろい。ただそれだけのことなのだが,煮食い談義は尽きぬ。

 さて,いろいろあるなかで,ワタクシといたしましては,やはりサシガミ,なのであります。名称に対する愛着の問題。サシは,互いが向き合って“差し合う”であるし“箸で差し入れる”の意でもある。“ガミ”は“噛み”であって,実は熊本から長崎にかけて,地域的ではあるが,“食う”ことを“噛む”という。つまり“互いに向かい合って同じものをツツきながら食う”という,人間同士の関係としては根幹にかなり近いところでつながるステキな表現であって,いい言葉だなあと思う。
 ちなみに“噛む”については,たとえば「今日はウチでご飯ば噛んでいきんしゃい」とか,「はようメシ噛まんば,学校に遅るっぞ~」という具合に用いる。ただしほとんどがジサマバサマの用法であって,最近は聞けなくなりました。だから,よけいに懐かしさがあるんだろうなあ。

それでは,サシガミの作り方を。
 本来,野母崎で私が食っていた頃は,冬場にカゴで大量に獲れるカワハギを使ってやっていたもので,獲りたてのカワハギの短冊身がコリンとして旨いものであったが,マトウダイでやると,少しふっくらとして,皮の青臭さも消えて優しい味で,これまたなかなかに旨い。

【 マトウダイのサシガミ 】
①三枚におろして3つに切り分けた身を,皮ごと厚めにそぎ切りにして皿に盛る。
②下処理のときにとっておいた,卵巣(あれば)を2つに切り,肝臓は3つ切り,胃袋は短冊切りとし,頭と共に水気をきって別皿に盛っておく。刺身にした残りの皮があれば,これも大雑把に切って共に入れておく。
③白菜は葉を重ねて横方向に1㎝幅,タマネギは立て半割してクシ切りに1㎝幅とする。
④平鍋ないし土鍋に3㎝ほど酒を注ぎ(水で割ってもよいが半々を越えぬよう。水っぽくなるので),濃い口醤油を加えていき,塩気が決まったら,砂糖を少しずつ加えて甘辛に調整する。身がゆるいサカナでやる場合には,ミリンを用いてもよい。
⑤ここに唐辛子一本の種を抜いて半分にちぎり入れ,いったん沸騰させる。唐辛子は生ないし生の凍結ものであればなお風味がよいが,お子さまのおられるご家庭では,入れないがよろしい。食べる際にオトナが各自,柚コショウなり一味あるいは七味なりを振ればよい。沸騰してアクをすくったら,フツフツたぎる程度の火加減まで落とす。これで準備完了。
⑥まず,脂分を補うため全ての肝臓を,そしてダシをとるため頭を放り込んでおく。そして,各自が各自の切り身を箸でつまんで煮汁の中に入れ,我が切り身を注視する。煮加減は好みであるが,入れたらまず箸で揺すって生臭みを落とし,次に表面がまんべんなく白くなったところでもう一度揺すって取り出すくらいのタイミングが旨いように思う。
そのまま小皿で受けながら,ポンとほおばり,次の切り身に箸をのばす,といった具合だ。
⑦次に野菜をパラリと入れるわけだが,一気にたくさん入れないよう注意。温度が下がってサカナに生臭みが出てしまうので。野菜を入れたら,しばしじっとしていると,白菜やタマネギの切ったカドが,うっすらと醤油色に染まる。これが最高のタイミングで,ほどよく生でほどよく煮えた状態。味バランスも甘すぎず辛すぎずでよろしい。
⑧これらの合間に,卵巣や胃袋も入れていき,若干火をしっかり通して食い進む。そうこうするうちに,肝臓もふっくらと表面が色づき煮えてくるので,醜い奪い合いをせぬよう,控えめに,かつ深く味わっていくべし。頭は目玉とほお肉を食ったらあとの骨は邪魔なので取りだしてしまおう
⑨各自小皿を受け皿にするのが基本であるが,椀に盛った白飯を受け皿がわりとして酒宴のシメをとりおこなうのもヨロシ。煮汁がご飯に染み落ちていくあたりを半煮えの切り身と共にサッとほおばれば,言うことナシで完結できる。

 このサシガミという料理の何が一番いいかといえば,それこそ互いに差し合って差し入れ食い進むウチに,融和,というのでしょうか,それが生まれるのでありますなあ。
 気兼ねない相手であっても,互いに少しだけ気を遣いつつ差し合う。あ,それ,もう煮えてんじゃないの,かなんか言い合って,酒も酌み合って,おいしい肝が煮えたら暗黙に分け合って,時は少しずつ過ぎてゆく。煮上がったものが出てきて各自が食う煮付けともちがうし,奉行が采配をふるう鍋とも違う。味もさることながら,サシガミがとりもつ空間は,時間の流れ方が違うのである。
 家族でやるなら,オトーサン・オカーサンが子供に煮え加減などみてやりつつイイトコとってやって,それぞれに白メシほおばんなさい,と。
 汁が煮詰まってきたら,オトナの席だったら酒を足せばいいし,子供がいるようであれば水を足せばいい。以下,くり返し。火加減は沸騰しないように注意するだけ。メシも食い終えて,もういいやとなったなら,残った汁に残りのサカナや野菜やら全部つっこんでひと煮立ちさせ,翌朝台所で味が浸みるままに冷たくなってるやつを,朝の熱々ごはんでくうのも,またまた至福のおいしさだ。

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 毎年北西の風を聞くようになると,私は,かつて真冬の野母崎沖の船上で,かじかんだ手で引き揚げたカゴの中にペンペンと踊る太ったカワハギの愛嬌と,船長と共にセッセと竹を裂いてカゴを準備した秋の日だまりの作業や,その空気の匂いなど,天高いトンビの鳴き声のひとつふたつ,そしてなんといっても,寒い漁から戻ったあとの巣ごもりのような、熱く賑やかに暖まるサシガミ鍋の煮立つ香りと旨さを,手で触れるほど鮮明に思い出す。これからもサシガミを囲む相手や家族や季節とのつながりが,海の豊饒と共に続かんことを願うばかりだ。

 今期,沖にはまだたくさんのマトウダイが,ノホホンと泳いでいるにちがいない。夢の中までグーグー鳴いて,我が胃袋を刺激するニクイやつ。また釣りに行ってやるから待っていてほしい。
  

Posted by ウエカツ水産 at 17:48Comments(5)魚・釣・料理

2008年01月09日

サバ味の深淵

 過日,職場の同僚の実家からサバをいただいた。みごとなマサバです。新年お目出サバ。
 発泡箱をあけると,体長40㎝ばかりのが十数本,氷の上でピーンとしている。尾を持ってみるとカラダがパンと堅い。背の青が緑がかっている。眼球を覆う皮膜は,横たわってなお,海の青を遠く見つめて澄んでいる。
まったくコーフンしますなあ,いいサバは! 今回は心ゆくまで“サバ味”を追究してみたい。

 かつて20年くらい前は,地元漁協の事務室に貼ってある“2㎏”のサバの魚拓が示すとおり,境港および山陰界隈の沖では,そりゃもうスゴイサバが獲れていたようだ。いわく,カツオと見まがうばかり,だったとか。日本のまき網船が獲ってくる済州島沖のサバや,青森で揚がる北方系群のサバが脂の乗りがいいとはいうが,なんといっても日本海山陰沖のマサバは脂と肉のバランスが良くてクドさがない。総合的に品がいいので贈答用としても恥ずかしくない。

 ここ10年くらい山陰沖のマサバの漁獲は低迷したままで,サカナッ食い,とりわけ熱烈な“サバ食い”であるワタクシとしては,寂しい思いをし続けてきたが,このところ,少しは増えてきているようで嬉しいこと限りなし。境港に来て苦節4年,待てば海路の日和あり。どれほどサバ好きかといえば,死ぬ前に食うんだったらサバ食って死にたい,と思っているほど好きなのです。

 サバは平日の午後にいただいたのだが,もうこうなると仕事が手につかない。自然の営みは人間を待ってはくれない。つまりサバはオシッコしてる間にも刻々と鮮度が落ちるのだ。早く家に帰らなきゃ・・・サバがあるから。できれば早退さしてもらえんかな・・・サバがあるから。安全運転で帰らなくては・・・車の振動でサバが傷むから。てな具合に勤め人にあるまじき状況となり,終業のチャイムと同時に脱兎の如くサバ箱へと走り,ソウーッとかつ速やかに,車に積んで我が家にすべり込んだのであった。

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さて,料理にかかる前に,サバ談義を少々。

【 サバの繊細さについて 】
 一般的に1に釣り,2に定置,3にまき網と底曳き。これは,同種・同時期・同水域のサカナでも漁法によって質に差が出ることを端的に言ったもので,要は,サカナが死ぬまでのストレスの度合いと死に方が質を左右するということで,左記の順に上等,ということになっている。もちろん,どんなに獲り方がよくてもその後の処理・保存の方法がまずければ台無しにもなる。そのへんの詳細は当家過去ログ「サカナの鮮度(維持と保存)」に書いた。

 アジ・サバ・イワシのような,いわゆる“青ザカナ”,資源学的には「浮魚」とも言うが,この仲間は,たとえばまき網に囲まれた群れが大量に押し合いへし合いしたり,掛かったまま自然死したりすると極端にその質が低下する。具体的には,肉に血が回ってしまったり,筋肉の結合が離れて身割れする,あるいは体表が擦れて内出血したり,圧迫されて内臓や皮が破れてしまう,といったようなことだ。
 中でも,特に血合いの多いサバの仲間,この親玉はマグロなのであるが,これらは高速で一生を遊泳して暮らすため,血合い部分に我々の血中のヘモグロビンよりたくさんの酸素を蓄えられる血色素「ミオグロビン」を含んでいる。酸素量が多いということは筋肉中の燃焼効率が高いということであるから発熱も大きく,苦しんで暴れ回ると他の魚類よりも体温が上昇する。
 その結果何が起こるかといえば,“ヤケ”と称する状態,血合い周辺の筋肉が低温火傷になったように灰色がかった状態になりやすい。そうなると肉には特有の酸味と臭みが発生するため,たとえ見かけ上は鮮度が良いと判断されるものであったとしても,刺身はおろか,ほとんどの料理に使えなくなってしまうのである。“サバの活き腐れ”などと昔から言われる所以だ。
 また,殺したあとの保存についても,通常の魚屋の店頭のように氷を敷いた上にサバを乗せておくと,氷に接した面だけが部分的に冷えて,体内の温度差によって筋肉収縮の不均衡が生じ,身割れの原因となる。更に,自分の体重で,氷に接した筋肉が氷に合わせてデコボコになってしまうといった問題もある。ということだから,サバの保存には水氷がよいということになる。サバの体に負担をかけずに全体を一定にまんべんなく冷やすことができるからだ。

 ことほど左様に,良いサバを得ることは難しいのであり,それだけに手に入ったときの感動は大きい。

 鮮度が良くて,かつ旨いサバは,青いサカナとはいっても厳密には背中が緑色がかっている。そして首後ろの肩のあたりと肛門付近の腹を指で軽く触ってみると,堅く反発する張りがある。腹皮は虹色の光沢をたたえた銀白色。目がスッキリ澄んでいることは当然のことながら,意外と見落としやすいのが肛門からにじみ出ている黄褐色の汁の有無。これが出ているものは,外側がきれいでも食べた餌の消化が進んでしまって内部に臭味が移っている可能性がある。
 更にいいサバの条件を言うならば,幅が広く,シッポの方まで太っていて,パッと見たときに相対的的に頭が小さく感じるもの。そして腹側の銀白色の上に,金色をうっすら刷毛で塗ったような光沢があるもの。これはサイコウだ。このようなサバに遭遇するとワタクシなどは,見ただけで興奮のあまり体中の血が逆流し,その場で財布を開いちゃう。お好きなのね,と言われれば,まったくホントそのとおり。

 とにかくサバの鮮度と品質の維持は難しいということで,全国津々浦々,魚食う人々はこれの技術向上に腐心する。
たとえば,,,
 
 かの関サバで有名な大分県佐賀関を基地とするアジ・サバ釣り漁師や四国は高知県土佐のゴマサバ釣り漁師は,内臓の自己消化を早める撒き餌は一切使わず,釣れ上がったサバもいっさい手を触れなくていいように針のはずし方などを工夫している。市場の競りのときにも,“ツラ買い”といって,泳いでいるのを目で見て値をつける方式だ。
 また,屋久島のゴマサバなどは,網から取り上げるときに,一尾ずつ生きたやつの首を上方に折って神経経路を断ち,速やかに放血する「首折れサバ」として知られているし,各所の優秀な沿岸サバ漁場を抱える地域では,首を半落としにして,放血したあと露出した背骨にピアノ線などを通して神経を殺すといった努力も一般的になってきた。
 最近では,大量漁獲をする大型まき網でさえ,青森県八戸あたりでは,船上に揚がったサバを生きた状態のままで,過冷却した液体に浸けて急速凍結する試みを開始した。

 かつてはイワシと並んで大衆魚の代名詞であったサバが,ここまで手厚いお世話を受ける日が来るとは,サバ当人も思わなかったことであろう。或いは単にこれまで人間が,サバ味ワールドの深淵に気づかなかっただけなのか。
 これらの努力は,あれもこれも全ては鮮度のいい旨いサバを食いたいという欲求に応えるものであって,その実現が付加価値を生むということだ。このように21世紀“サバ食い”の執念は,全国の海に渦巻いているのである。これをオソロシイというべきかタノモシイというべきか。良サバと見ればすぐにサイフを開いてしまうワタクシであるが,やはりこれだけの手間がかかってこその旨いサバであれば,やせ我慢して買う価値もアリと思う。


【 サバの種類と“食あたり”の真実 】
 ところで,一般に我々が食うサバの代表選手にはマサバとゴマサバがいる。
両者ともサバというかぎり紡錘形で体の断面が丸っこいサカナなのであるが,マサバは断面がやや楕円形で体高があり背はサバ模様で腹は銀白色。ゴマサバは,より細身型で断面が丸に近く,背のサバ模様は同じだが腹の銀白色の中にうっすらと灰色の虫食い模様がある。そう,日焼け跡のソバカスないしシミ,みたいなカンジ。それをもって“ゴマ”,と呼ばれているのだ。世の女性諸君はお肌の部分的な色素の沈着を嫌がる傾向のようであるが,ゴマサバを愛する者にとっては違和感がまったくない。それどころか美しいとさえ思う。世が代われば,あの人ステキなゴマ肌ね,などとささやかれる日が来るやもしれぬ。それが文化だ。

 さて,一般的に,マサバは冬にかけてのサカナ,ゴマサバは夏にかけてのサカナ,ということになっており,それぞれの季節に旨い。いわゆる味の旬ということで,特に刺身でもおいしく味わえるのがこの時期。
 と同時に,よく心配されるのがイカやタラなどの生食で問題になる寄生虫「アニサキス」。これは体長数ミリ大の針状の線虫で,生きたままニンゲン様の胃袋に到達すると,胃壁に食い込み七転八倒の痛みを与える憎いヤツ。当人に悪気はないのであるが,彼らの生きる道であるからいたしかたない。まあ,こやつがサバにもいるのである。

 この虫は面白いことに,季節によって,魚体内で居場所を変える。筋肉中にいるときもあれば,腹腔部の内側や,内臓、特に胃腸や肝臓にいるときもある。たとえばマサバの場合,味の旬である冬場には,アニサキスは筋肉から出て腹腔や内臓にいるのである。
 よく観察してみると,マサバの旬,冬の彼らの状態は,夏場の筋肉中にいるときのようにうねうねと自己主張せず,小さな渦巻き状に丸まって,腹腔の皮下や内臓の表面にポツリポツリと静かに眠っているかに見える。ゴマサバでは,その旬の夏に同じような状況だ。アニサキス諸君の都合詳細は存ぜぬが,とにかくこうなっているのであーる。
 つまり,いずれのサバにせよ,鮮度に気をつけて旬の最盛期を食っている限りは,アニサキスを生食いして胃に食いつかれました,というようなことは起こらない。さあ,寄生虫学者さんは,これについてなんと言うであろうか。

 いずれにせよ,ワタクシは幼少のころよりこうして季節限定でサバの刺身を食べてきており,なんら問題は生じていないのだから,身をもって公言できるというわけだ。
 むろん,それでも心配な人は,生食をあきらめて加熱して食べればよろしい。そうそう,ついでにシメサバも断念していただかねば。筋肉中にアニサキスが入っていたとすれば,蛋白質を固化する酢は,よほどきっちり漬けないとアニサキスまで届かないし,ちゃんと塩で締めたのにと言ってみたところで,ヤツは塩分では死なないのですから無意味。つまり,ときどき耳にする「アニサキスが危ないのでシメサバにします」という解釈はマチガイ。 
 それでは低温攻めはどうじゃということで,サケの“ルイベ”のように凍らせてしまっては,アニサキスは死ぬけど繊細なサバの細胞が凍結・解凍に耐えられず,身が崩れてしまっていけない。ああ,いよいよアキラメねばなるまいて。サバ刺しとシメサバはサバ料理の真骨頂なのに,残念なことですなあ。

そしてもうひとつ問題らしきことが。

 サバに限らず血合いの多いカツオ・マグロ類の肉,特に血合い部分には,“ヒスチジン”いう物質が多く含まれている。これは必須アミノ酸のひとつであって,本来なんら問題ないのであるが,魚の体表や,それが触れたまな板・包丁に付着する微生物の作用によって“ヒスタミン”に変化する。
 これは言わずと知れたアレルギー症状の元となる物質で,特に人間の体が弱っているときにはジンマシンや発熱,嘔吐などを惹起することがある。現代人は体内環境が狂ってきているのか,これに対する耐性が昔より弱ってきているように思う,が,これもサバと健康の管理次第で解決できること。

 いずれにせよサバを食う場合には,とにかく鮮度,そして迅速かつ適切な処理が肝要ということになりましょう。そして,サバを食うためにも健全なカラダを造っておくことです。“健全な味覚は健全なカラダに宿る”,ということもありますし。
 なお,世間で“サバにアタリました”,というとき,アニサキスによるものと,ヒスタミンによるものとが混同されている場合も見受けられる。状況に応じて適切な処方を願う次第。あらためてサバのために言わせていただくと,「人間がちゃんと適切な管理をして食う限り問題は起きませんよ」ということで,宣言しておきますので念のため。

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さてさて,目前のサバに戻ろうではありませんか。これ以上の講釈はいらぬ。

 今回のサバはまき網モノだから“最高”ではないにしろ,市場で大小サイズを分ける「選別機」に通す前に選んで抜いてきたものであるから,機械の振動による筋肉疲労も少なくて状態がいいハズ。
せっかく久しぶりの良サバですし,珠玉のサバ料理を数品ほど,ご紹介しておきましょう。まずは下ごしらえです。

【 サバの下処理 】
 サバは,既に書いたように大変デリケート。筋肉の弾力をみるときでも首の付け根と腹の一部を指一本でチョンと触るだけだし,ちょっとした振動や,体温の熱,保存状態の温度変化などを嫌う。従って,できるだけ触らず,触るときには手を冷やし,包丁を入れる回数も極力少なく,速やかに下処理してやる必要がある。以下の如し。

①切れない包丁はサバの身に負担をかけるので,まずよく切れる包丁を準備。
②解体中にサバから血液がたくさん出るので,固く絞った清潔なフキンを用意。
③サバは魚体を触らず,シッポないし頭を持つように扱う。頭を左に,腹を手前に置いたら,胸びれの寸前で筒切りに首を落とす。切っ先から突き刺すように肩口に刃を入れたら,前ナナメ下方向に向かって,刃元まで使って軽やかに一気にズドンと切り落とす。力だけの,いわゆる“押し切り”になると身が傷むのでご注意。
④左手でシッポをつかんで腹が右に来るように回し,肛門から逆さ包丁を入れて上方向へ切り抜くと,包丁の切っ先に内臓の堅い部分が引っ掛かってくるので,そのままはずす。
(ただし例外として,後述するサバの味噌煮にする場合には腹を切らないほうがいいので,内臓が入ったまま5㎝程度に筒切りにし,その断面から内臓を抜く)
⑤引き続きシッポをつかんだまま,右手指で肛門付近につながっている腸の端と生殖巣をはずしとったら,切り開いた腹が上になるように持ち,流水,あるいは夏であればボールに張った氷水の中で,背骨沿いにある血合いを歯ブラシでスバヤクこすり落とし,速やかにフキンで腹腔内部および体表の水分を軽く押さえるようにして拭く。洗うときに握りすぎないよう注意。

※この水洗いのときに腹骨(肋骨)が身から離れているようであれば,既に刺身やシメサバには適さないということなので,加熱して食べるようにする。以上で第一関門突破,下処理完了。早速次の調理にとりかかりましょう。


1.生で食う

【 サバの刺身 】
 サバを刺身にできる条件は,鮮度が良くて,身割れをしておらず,先述した「アニサキスが身に入る季節」でないことが肝要。中~大型の冬のマサバ,夏のゴマサバであればOKだ。いずれにせよポイントは,身を崩さぬよう,手早く的確におろすことだ。

①下処理して水分を拭きとったサバの背を手前に置き,切り口から背骨沿いに包丁の刃元を入れ,包丁全体を使うようにシッポへ向けて一気に切り下ろす。いわゆる“大名おろし”だ。このとき,“一気に”が肝心であって,包丁をギコギコと前後に動かすと身割れの原因となるのでご注意。下身も同様にし,三枚に。
②ペーパーで身ににじんだ血液を吸い取ったら,腹骨を包丁ですくい取り,皮側を下,頭のほうを右に置いて,骨抜きで小骨(血合い骨)を頭方向に向かってナナメ上方に抜いていく。骨がどのような方向でどの程度入っているかをイメージしながらやると上達が早い。逆方向に向かって抜くと血合いのある真ん中からタテに身割れを生じるので要注意。身の中ほどから尾にかけては小骨が短く柔らかいので取らなくてもよい。
この血合い骨とりは,骨抜きを使わずとも,身の前半の小骨が堅い部分だけを皮一枚残して溝状にV字に切り去る方法もあるのだが,一連の小骨の所在と方向を熟知していることが前提。またこの場合,わずかではあるが身の損失はいたしかたなし。まずは毛抜きでうまく抜けるよう,いろんなサカナで練習してみてほしい。

※ここで使う「骨抜き」もしくは「毛抜き」の品質は,ストレス無く速やかに作業を進める上で大切だと思う。ちゃんとしたものを入 
手するのが望ましい。というのは,使ってみればわかることだが,いいかげんなモノでは,なかなか骨をしっかり掴めなかったり,途中で骨が折れてしまったりが頻発する。きちんと精密な作りの骨抜きは,髪の毛1本でもしっかりつかみ,かつ引っぱっても途中で切れない。先端部の挟む面の接触面積が大きく,すり合わせがしっかりしているからだ。そういうわけで,私の場合は日本橋「木屋」の一番上等なヤツを使っているが,やはり違う。

※また,骨を抜かなくとも,たとえば大型のサカナをサクにとるときのように,おろし身の真ん中をタテ半分に切って血合いと共に小骨を切り取ればいいのではないか,と思われるかもしれない。が,これをしないのにはワケがある。食べれば即座にナルホドと理解できることだが,サバの身の背側と腹側は,味が違う。背側はかすかな酸味を伴ったコクのある旨味,腹側は甘味を伴った脂の風味が主体となっていることに気づくはずだ。従って,めんどうでも小骨を抜いて,刺身一切れに背肉と腹肉の両方が付いている状態で食べてこそ,咀嚼するほどに,サバ特有の“じっくり旨く,優しく甘酸っぱい香り”が口中および鼻腔に立ち上り,気分は天国に近づいていくのである。この点,よろしくご理解願いたい。切り方ひとつで味が変わる,ということの一例。

③流水もしくは氷水で冷やして水気を拭いた手で,肩口から表皮を剥がしていく。体温を伝えぬよう身の触り方に注意しつつ手早くおこなう。
④皮側を下,頭方向を右に置き,シッポのほうから5㎜程度のそぎ切りとして皮目を上に皿に並べていく。皿をあらかじめ水に浸けて冷やして拭いておくことをお忘れなく。そぎ切りとするのは,舌に伝わる味のバランスが通常の平造りよりいいからだが,薄すぎたり厚すぎてはツマラナイ。
⑤あしらいはスライスして水にさらしたタマネギ,カイワレ少々など。そして,汁気をほどよく絞ったおろしショウガと醤油が合う。醤油はいわゆる“たまり”でもよい。甘いたまり醤油は万能ではないが,肉にかすかな酸味を伴う脂の乗った青ザカナ,ブリ類やサワラなどには合う。サバの刺身に伴う薬味は基本的にショウガであって,ワサビや溶き芥子などは,不思議とこれが合わぬ。

 さて,せっかくサバ刺をやるのだったら,併せて次にご紹介する「塩ナマス」も,ぜひ味わっていただきたい。これはサカナの生身に塩をあてて暫く寝かせた生食い方法であるが,刺身以上にサバの香りと旨味を引き出す食べ方だと思う。サバ食いゴロシの一品だ。

【 サバの塩ナマス 】
①三枚におろしたサバを,シメサバを作るときの要領で全体に強めの塩を振り,皮側を下にして30~1時間程度,冷蔵庫に置く。塩の粒子がすっかり溶けて肉表面のヌルミが厚くなった頃合いが目安。
②流水ですばやく表面の塩気を洗い流し,ペーパーで軽く押さえて水気をキチッととる。あとは刺身と同様に腹骨をすきとり,小骨を抜き,皮を剥いたら身側を上にしてシッポの方からそぎ切りとする。
③この塩ナマスには,醤油はいらない。ガチンコのサバ味で勝負するのだ。薬味は,ショウガを細く針に切ったものを水にさらしてパリッとさせて水気を切ったもの。いわゆる「針ショウガ」だが,繊維に対してタテに細く長めの針に切るのがよい。面倒くさいと思うかもしれないが,これだけで味が違うのだから,いたしかたなし。これを箸でチョイとつまんで適宜サバの切り身に乗せつつ食うのである。塩によって凝縮されたサバの旨味とショウガの爽やかな食感と香り。このコントラストが実に鮮やか。サバ刺しやシメサバを食い慣れた諸兄も,この味には唸らざるを得まい。ホントのサバ味がするからだ。
 
※なお,上記のように塩をしたサバを,小口に5㎜程度に細く切り,これをスライスしたタマネギ適量と,少量のサラダ油,極少量の酒と共に和えておいても,これまた塩じめサバの和え物として,サッパリして良い。柑橘汁をちょっと搾ってもいいし,サラダ油の代わりにゴマ油少々をたらしても良い。ただし,ゴマ油を用いる場合,旨いとはいえサバの風味はゴマの香りでマスクされてしまうので好きずきだ。

【 シメサバ 】
 塩したサバを堪能したとなれば,次はいよいよシメサバでしょう。
一般的に「酢締めのサカナ」とは,魚の切り身に塩を当てて水気を抜くと共に旨味を凝縮させ,酢に浸けて塩味を緩和すると同時に表面を殺菌・固化させた料理。
 「締め鯖」は,夕方スーパーの惣菜コーナー専門のヤンキーママでさえ「サバといえばシメサバね!」と元気に明るく発声するくらい,サバの食い方としては代名詞格となっていますね!
 しくみとしては,前出の塩ナマスを酢に浸けたのがシメサバ,ということになるわけだが,塩加減・置き加減・切り加減などが若干異なるところが“加減センス”の見せ所。では作り方を。

①三枚におろしたサバに表面にうっすら白くなるくらいの強い塩を当て,皮を下にしてザル上に30分置く。鮮度が良ければ塩の通りがいいので置く時間を短くするなど加減。ここまでは「塩ナマス」と同様。
②流水でスバヤク塩を洗い流し,ボウルに酢と水を6:4で調合したものをサバの身が半分浸るくらい注いでおき,この中で身の表面がわずかに白くなる程度,軽く洗う。これを“下洗い”といい,この酢は表面に水分と共ににじみ出た血液や生臭みを洗うものであって,漬け込み用には使わない。
③酢で洗ったサバの身を一枚ずつペーパーが隅々まで身に密着するように包み,ボウルに入れた少量の新しい生酢にくぐらせ,タッパーなどに30分置く。通常,酢に漬ける,というときに,サバ全体が浸かるくらいにたっぷりの酢が必要と思われているのであるが,これが勿体ない,と全国の主婦は思っているはず。毎日シメサバを作るわけじゃなし。そのとおり。そこで,ペーパーの毛細管現象の力を借りて最小限の酢で全体に酢を回してやる,という作戦だ。これだとムダがない。昆布の風味が欲しければ,あらかじめ酢の中に昆布の小片を放り込んで暫く置いておけばよい。
④漬け終わったら,ペーパーをはぎとり,あとは腹骨や小骨を取って皮をはぎ,切ればいい。ただし切り方が違う。刺身や塩ナマスでは「そぎ切り」としたが,シメサバは皮側を上にして頭方向から通常の平造りのように切ってゆくほうが,酢が当たって締まった部分と生身部分とのバランスが良いように思う。そして,小口切りとしながらも,薄く切ってこそ生まれる舌に伝わる味バランスと,口中で噛みしめたときのちょうどいいボリューム感を両立するには「八重造り」にしてやることだ。本来これは脂乗りが良くて醤油を弾いてしまうようなサカナ,或いは皮が旨いのだが堅いために口中に残ってしまうサカナの刺身などに対し,一切れの皮側に1ないし数カ所の切れ目を入れる技法である。慣れればカンタン。刃先で表面をツーッと撫でてやるように切れ目を入れればよい。一回おきに浅い包丁目を入れるだけのことだ。見たことあるでしょう? たとえば1㎝厚の刺身一切れの中ほど5㎜のところに1回浅い包丁目が入っているような状態。
⑤サバ刺の薬味にはショウガが適したのであるが,どういうわけかシメサバにはショウガが合わぬ。ワサビなのだ。なぜだろう,不思議だと思いませんか? この問題については,また機をあらためて記述せねばならないので,今回はこれまで。シメサバにはショウガではなくワサビだ。そして,甘いタマリ醤油も合わぬ。キリッと酢の利いた硬派なシメサバの味が,タマリではだらけてしまうのだ。甘くない生醤油がよろしい。また,他の旨味成分,カツオダシなどが入った醤油なども,サバ味を損ねるのでオススメしない。

 結局,塩で30分,生酢で30分。これを千葉県南房総の漁師連中は「サンサン締め」と呼んでひとつのスタンダードとしている。かつて「サバのタモ掬い漁」があった頃からの慣習だ。
 とはいえ,シメサバの“シメ加減”については百家争鳴,しっかりシメてこそシメサバだとか,生に近いシメ加減でないとワシャ食わんとか,うるさ型が大勢おられる。
 
その問題を追究するにあたり,方法が2つある。

①漬け込む液体の,酢と水の配分を調整する。
②水で割らない生酢を用い,漬ける時間を調整する。
 ①は,生酢:水を10:0から6:4くらいまで変化させて加減する。水の割合が増えすぎるとふやけてしまい臭みを生じるので注意を要するが,そこが加減というもの。このやり方は,鮮度の高いサバを生に近い味と食感で味わうには適している。
 ②は,表面はギュッと締まるものの,短時間すぎれば塩気と臭みが十分に抜けきらないし,長時間になると酢の浸透が早いので堅くなってしまう問題が残る。これらいずれにせよ作り手の判断次第だ。
 総じてシメサバとは,塩・酢・水の加減を駆使した総合スキルなのである。まあ,いろいろやってみられることです。その先にあるのがそれぞれ“我が家のシメサバ”,ということになりますな,精進精進。
 
 そしてシメサバ編の最後に,もうひとつふたつ変則的なことを申し述べると,通常,シメサバといえば塩と酢で締めるものと考えがちであるが,砂糖で締めてやる方法もあることをご存じだろうか。
生魚に砂糖を当てるとは違和感があるかもしれないが,思いのほかそんなことはない。砂糖は塩以上に浸透圧が高いので脱水効果が大きい。ところが,その効果は少々異なっており,砂糖は脱水しつつ細胞の結合を緩ませ,塩は脱水しつつ細胞の結合を強める。これは中国で言うところの陰陽の原理だ。
 従って,砂糖を用いると,締まりつつも柔らかな風味・食感に仕上がるのであるが,味としては,個人的には軟弱でイマイチ。具体的な方法を書いておくと,砂糖で15分締め,流水で洗い落として塩で30分締めて,以下同様,ということで,たしかに優しげな味とはなる。細切りにしてちらし寿司に混ぜるときや,鯖寿司に作るときなどは,いいと思う。好きずきだ。
 優しい味のシメサバといえば,酢が苦手な客に供する場合の酢味の緩和対策として私が採用する方法は,漬け込む生酢にミリンを少量,感じるか感じないか程度,垂らしてやることだ。これで酢のキツさ,すなわち“カド”がとれる。そしてこの手法は,次に紹介する「甘酢漬け」へと発展してゆく。

【 サバの甘酢漬け 】
 しくみとしてはシメサバの延長にあるが,作業内容は若干異なる境港の漁師料理だ。
サッとできてサッと旨い。シメサバが一切れずつじっくり味わう料理であるのに対し,こちらはパクパク食えてしまう気安さと豪快さがある。

①三枚におろしたサバの腹骨をすき取って皮を剥ぎ,真ん中からタテに切って血合い骨を切りとる。
②小口からナナメに1㎝程度に切ったものをボウルに入れ,シメサバのときより少し少ない塩を当て,ザッとひと混ぜして30分置く。
③これを酢で下洗いし,ザルに上げて酢を切っておく。
④タッパーなどに生酢に対して1割の水を足し,そこに少しずつミリンを注ぎ,酢のカドが取れて若干甘めになったら,少量の薄口醤油を加え,これに③のサバを浸す。液体の分量はサバ身がヒタヒタと泳ぐ程度でよい。
⑤これにタマネギのスライスを水にさらさずに加えて混ぜ合わせ,最低30分冷蔵庫で寝かせる。これでタマネギの辛味もとれ,同時に香味が酢に移る。

 シメサバが酒菜に偏って存立しているのに対し,これは飯の副菜としての役割も務めてくれるので,上戸下戸にかかわらず喜ばれる家庭の惣菜として重宝する。沢山作っておいて,甘酸っぱくキュンと締まったサバの切り身をタマネギと共にほおばり,皆の衆,食うべし食うべし。
 たくさん作って余ったら,翌朝の飯で食えばいいのだ。3日間は美味しく食べられるし,漬かり具合が進むに従って変化する味わいを楽しむのも捨てがたい。フランス人が栓を抜いたワインの味の変化を楽しむようなものだ。朝食の湯気立つ白メシを眺めたとき,思わず,おい,きのうのアレ,まだ残ってたろう,などと,つい口に出てしまう。
 なお,残った漬け汁は,汁が極端に濁らない限り,酢とミリンを適宜足しながら繰り返し使える。塩して同様に下洗いしたサバをタマネギと共に漬ければよい。漬ける前の下洗いさえちゃんとしておけば3回は使える。


【 参 考 】シメサバの欧米型流用について 
 サバは,見渡せば西洋諸国でも広く食べられている。ギリシャやスペイン,イタリアなどではそのまま塩焼き(グリルというのか)もあり,北欧には薫製あり,とまあいろいろだ。
 日本のサバ食と違ってアチラ方面で共通しているのは,オリーブ油やハーブなどの香辛料,各種調味料や野菜と合わせることがほとんどである点だ。日本は基本的には素材単品勝負,アチラは合わせ技。意図するところは,やはり西洋人には好まれぬ青ザカナの臭みをマスクすることであろう。我々サカナ食いには,魚臭さも時には大切な要素のひとつなのだが。
 そう言って思い当たるのが最近流行のカルパッチョ。この料理の真実については過去ログ「カルパッチョについて,ひとこと」で少し述べたところであるが,これの原理はよく考えたら塩サバとほぼ同じ塩と酸,これに油と香辛料が加わって構成されている。というわけだから,スライスタマネギを敷いた皿にそぎ切りにしたシメサバを並べて粗挽きコショウでも振って,オリーブ油をかけ回して食うのも,当然の如く悪くない。

 料理上、和に出会いのモノがあるのだから,当然,洋にも出会いのモノがある。特に西洋の肉料理で感心するのは,フルーツ=果物との合わせ方だ。甘味と酸味と香り。日本にも柿などを使った和え物があるが,真っ向から魚や肉類と合わせることは,あまりない。西洋ほどに香りの強い果物の種類が多くなく,また,味が素朴なものが多いということもあろう。料理はその地の環境から生まれた所以だ。

 サカナでいうと,特にイワシ・サバ・サンマなど青ザカナの味と果物の風味は,血の気が多い青ザカナと畜肉との相似性という意味で合わせやすいように思う。白身のサカナより強くストレートな脂のコクと旨味に,酸味を伴った果物の自然な甘味が意外なほどよく合うはずだ。たとえば三枚におろして軽く塩を当てたイワシの身に干しぶどうとパン粉を少量のオリーブ油で和えたものを乗せてコショウを振り,ハーブを乗せてオーブンで焼いたものなどは,サカナ味の真剣勝負とは言えないにしてもオツな味がする。かつてスコットランドで,サケの薫製とグレープフルーツのむき身を大振りにバラして和えたサラダが出され,その旨さに意表をつかれたこともあった。
 だいたい生ハムとメロンが合うというのだから,塩を利かせた魚肉と果物が合ったとしてもおかしくはない。かといって,ナントカソースでございます,というのはいささかやりすぎの感があり,私の性分としては肌に合わぬ。

そこで,ささやかにやってみました。
マサバの季節に合った香りの果物といえば,リンゴだ。サカナ臭いウエカツには似合わぬ,とおっしゃることなかれ。ちょうど八戸にイカ船をもつ境港の船主さんからいただいた,いいリンゴがあったのだ。西野さん、またよろしくおねがいします。

●シメサバとリンゴのクラッカー乗せ
①酸味のある紅玉の皮を剥き,芯を除いてタテに5㎜程度の薄切りとし,薄い塩水に暫く放ったのち水気を拭いておく。
②プレーンのクラッカーにリンゴのスライスを乗せ,その上にサバ刺しの要領で同大にそぎ切りにしたシメサバを乗せ,その上にスライスしたタマネギを少量乗せる。
③これをたくさん皿に並べておいて,上から粗挽きコショウを振る。

 これだけのこと。であるが,これが絶妙に旨い。
 リンゴ特有の芳香と甘酸っぱさが,シメサバの酢の匂いと酢味のカドを相殺することによって肉の旨味のみを強調し,リンゴの自然な甘味とサバの塩味が見事に調和する。そこにタマネギが韮科野菜特有の野性味を加え,粗挽きコショウが総合味をギュッと締める。クラッカーと共に噛み砕くと,香ばしく焼けた小麦粉がこなれて全体をうまくまとめ,味の調和が更に進む。噛み進むとき見え隠れするリンゴの食感がまたよい。ただしリンゴの水気をしっかり拭いておかないとクラッカーが湿気てしまってつまらないのでご注意。

 私は,けして最近の前衛料理家のように味さえ合えばなんでもいいというスタイルではないし,場当たり的で中途半端な合わせワザはむしろ害だと思っているが,その旬が合致しており,風味が合い,季節感が創出される限りにおいて,通念意外の料理にも手を出すことがある。そんな中から,ポツリポツリではあるが,定番となる料理も生まれるというわけだ。
 それにしてもサバとリンゴ,これホントにいいですぞ。サケの薫製でやるよりも各段上の味です。上品な仕上がりの割には白い皿にほんのチョットなんてこともなく気取らずに食えるし,しかも洋酒に合うので言うことナシ。サバでウイスキー,サバでワイン,大変結構ですな。

【 サバの琉球 】
 刺身に始まり,ここまで味を複雑にしてきたところで,もう一歩進めた生食い料理をご紹介しておく。大分県の郷土料理であって,技法分類としては“ヅケ”の一種である「リュウキュウ」だ。これについては過去ログ「アカミズ三昧」で少し書いたと思う。

 大分なのに「琉球」とは,これいかに。この技法が琉球の漁師から伝わったのでこの名アリとは一説であるが,類似する料理といえば,過去ログ「アカミズ三昧」で書いた,愛媛県の「さつま」や豊後水道版「鯛飯」,それに海賊料理が原点と言われる「日向飯」。いろいろあるにせよ,地理的には南方の沖縄からの伝播と考えるには飛び石状態もいいとこ。もっと途中の地,たとえば鹿児島や宮崎などに名残があっていいはずでは?。ということでこの料理の名称および来歴については引き続き考察を要すところ。
 大分の佐賀関あたりの漁師に尋ねれば,そもそもリュウキュウとは,醤油に砂糖を溶き,刻んだネギとすりゴマを加えたところに刺身を漬けただけ,という返事であり,漁師料理であるかぎり凝った料理はあり得ないにせよ,はたしてそれが原点なのかは定かではない。そこで,ワタクシ流のリュウキュウの作り方は,以下のとおり。これを食った大分の漁師は,旨いとしつつも「ずいぶん高級なリュウキュウだな」と述べたのがおかしかった。特に大幅な変更はしていないのだが,やはり本来はもっと素朴な味なのだろう。

①サバを,既に述べた刺身の作り方と同様に削ぎ切りしておく。
②醤油にミリンを少しずつ加えていき,塩味が丸くなったところで止め,日本酒をごく少量加えておく。総分量は刺身がヒタヒタに浸かる程度。
③小口に細く刻んだネギと,大葉の千切り,たっぷりの白すりゴマを加え混ぜ,サバを投入して20分ほど漬ける。子供がいなければ,漬け込むときに七味や一味唐辛子を少々振っておくと,更に風味が増す。漬け上がりの目安は,切り身の肉の表面に飴色の透明感が出た頃合い。
④漬け上がったら,目の細かいザルに入れて,軽く余分な汁気を濃しとる。これは漬かり過ぎを防止するため。

 これは,そのまま食べて酒の肴にもいいが,すりゴマやネギがすっかりなじんで絡まったままの刺身の幾片かを熱い飯に乗せて,あるいはその上に熱湯ないし熱いお茶をかけ回して,ガガガっと掻き込むのが旨い。そっと乗せて一呼吸置いて、ガガガっと。この緩と急も味のうち。本来のリュウキュウには入れないという大葉を刻み込むことにより,飯と合わせたときの香りの立ち上りが,ちょっといい。この、ちょっとした違いが格段にいい。

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2.加熱して食う

 さて,次は加熱調理の部に移ろう。
サバの肉は,生→調味→加熱,に従って,別の旨味を見せてくれる。“溶け出る旨味”から“噛みしめる旨味”への変身だ。やるねえ,サバは。まるでサカナ味の万華鏡だ。

【 煮サバ 】
 サバの煮たやつといえば,三枚におろした皮目が濃い煮汁に洗われてしっとりつやつやの醤油煮と,プンとショウガの香りがして,こっくりほっくり湯気を立てる滋味深い筒切りの味噌煮,この二つにつきますなあ,いやはやなんとも。
まずは醤油煮のほうからいきますか。

●サバ醤油煮
 サバ醤油煮のコツは,一気に加熱してアクをとり,一気に濃いめの味で仕上げること。結果として,中はみずみずしく,外は濃厚,その合わせ味が醍醐味だ。あまり煮込んでしまってはそのメリハリが失われるので勿体ない。かといって,濃い煮汁でサッと煮ただけの,いわゆるサッと煮では,ジューシー感はあったとしても,こんどは“肉の香ばしさ”が出ない。ここのところが,試行錯誤の中でつかみたいところ。

①下処理したサバを二枚(上身は骨なし,下身は骨付き)ないし三枚におろしておく。三枚におろしておけば,頭と中骨を使って汁もできますね(後述)。家族の人数に応じて適宜切り分けるが,それぞれの身に切れ目は入れない。
②平鍋に酒と水を2:1に割って強火で沸かし,アルコールが飛んだら砂糖で甘めに調える。とはいえ,あとでミリンを加えるのでその分を勘案すべし。総分量は,鍋の形状と大きさにもよるが,サバを入れたときに身の半分が浸る程度。意外と少なめです。
③強火のまま,皮を上に,互いが触れないようにサバを並べ蓋をする。温度が急激に下がると生臭みに通ずるので,一切れずつ一呼吸の間をおいて入れていく。
④強火で熱しつつアクをとっていき,濁っていた煮汁が澄んだら火は引き続き強火のままで,そこに濃い口醤油を加えていく。のだが,だいたい3回に分けて最後の味を決めるカンジとし,初めから一気に十分量の醤油を入れないこと。一度に塩分濃度が高まると表面が急激に脱水されて堅くなり,味がなじみにくく,表面だけが塩辛くなりやすいからだ。一回注いで再度沸くのを待ち,同じようにして更にもう一回,最後にもう一回。そして再度煮立ったらミリン少々を注ぐ。煮汁の味を見て,その家庭なりの“濃いめの甘カラ”,であればそれでよい。①から④までで約10分ほど。
⑤ここまで来ると煮汁に粘性が高まり,強火のままであれば盛り上がるように泡を生じてくるので,吹きこぼれない範囲で泡がサカナの表面を洗うように火を微調整する。ガラス窓のついた蓋であれば蓋をしたまま見ながらやればいいし,アルミホイルに穴をあけて作った落としぶたをするのであれば,それが少し浮き上がる程度の加減でよろしい。サバの皮目を煮汁の泡が洗っていく感じ。要は,「泡で炊く」のだ。この感じをつかんでほしい。
⑥皮オモテが,つややかな飴色となったら完成。皮をそっと指先で触るとムッチリとひっつくような煮上がり。皿に盛り,煮汁を少しかけ,そのままでもいいが,水でさらした針ショウガや白髪ネギのあしらいなどでも相性がいい。だいたい15分ほどで完成だ。

●サバ味噌煮
 同じサバの煮物なのに,醤油煮とはいささか趣きが異なる。醤油煮がスバヤク煮上げて素材と煮汁の味の輪郭を際立たて,その合わせ味を味わう手法なのに対し,こちらは骨ごと煮込んだ時に出てくる渾然となったまた別の旨さを味わう料理だと思う。従って,素材の切り方も違ってくる。

①醤油煮のときのように2ないし3枚におろしてもいいのだが,醤油煮のように比較的短時間煮る一般的な味噌煮ならばこれでもよい。しかしここでは,じっくり煮込む流儀なので,できれば「筒切り」にしていただきたい。サバの首を落としたら,肛門のすぐ前で一カ所切り,前半後半をそれぞれ5㎝程度に切り分ける。身が崩れないよう,切っ先から刃元までを使って一気に切り抜く。
②切った断面から内臓を抜き,手早く血合いを歯ブラシでこすり落とし,流水でサッと洗って水分を拭いておく。
③深めの鍋に酒と水を1:1で割り注ぎ,ここにショウガを皮付きのまま3㎜厚に切って多めに加える。沸かしてアルコールを飛ばしたら,砂糖を若干甘めになるまで加える。ここにサバを入れていくわけだが,このとき,皮がやぶれないよう鍋底につけないことが大切。つまり筒切りしたサバをタテに置くのだ。このための筒切りなのだ。煮汁の分量はヒタヒタよりちょっと少な目くらいでよい。
④強火のままアクをとっていき,汁が澄んだ頃合いを見計らって,濃い口醤油を,感じるか感じない程度,チョロッと加える。これがコク味の基礎を支えてくれる隠し味となる。
⑤再沸騰したら,煮汁をボウルにとって味噌を溶き,これを鍋に戻す。優しい甘さで濃厚な味に仕上げるわけだが,最初は味を見ながら,少しずつ加えていけばよい。何回か作れば,はじめからだいたいの量がわかってくる。その点,毎日の味噌汁と同じナリ。

※使用する味噌は好きずきであるが,私は九州の麦味噌を使っている。白と赤を2:1くらいで合わせたも味噌でもいい。いずれにせよ,それ自体に味があって白のもつ甘さと赤の持つコクと渋みがバランス良く備わっていればよい。田舎味噌のように特有の発酵臭を有するもの,あるいは信州味噌の辛口などは,出来上がりの味にクセやトゲが出るように思う。味噌のような基本調味料は,各家庭の味があるので,いろいろ試してみられたらよい。

⑥ひと煮立ちしたらミリン少々を加え,中火に落とし,ポコポコと煮続ける。その間,ゆっくりと煮汁をサバにかけながら世話してやってくださいまし。
⑦煮上がりの目安は,サバ肉の断面が脱水してうっすらとへこんだあたり。この頃になると煮汁はかなり粘性を増しているはず。かけた煮汁がサバに絡みつくようになったら火を止める。ここで蓋をし,数分間冷まして出来上がり。これによってグッと味が落ち着いてくる。このやり方だと,完成までだいたい30分ほど。

 この煮方だと,醤油煮のようなジューシーさはないものの,筋肉が絹のようにほぐれてしっとり噛みしめる旨さが味わえる。冷めても旨いし,日持ちもする。アナタがどちらをとるか,だ。
このまま食べてもよいが,白髪ネギやさらしネギを盛って食うのもいい。よく針ショウガを盛って出すことがあるが,ショウガは既に入っているではないか。皮付きショウガのスライスを一緒に煮ていましたね。
 これが,実は旨いのです。骨付きサバと味噌の旨味を十分に吸って煮上がったショウガ。皮付きで厚めにスライスして多めに入れておいたのは,実はこれを食うため。つまり,ここではショウガは臭味消しではなく,立派な“炊き合わせ”の素材であるということ。サバ・ときどきショウガ,という感じで食い進めるわけです。サバで酒,ショウガで飯,というのも,いいですねえ。じっくり煮て,じっくりお楽しみ下され。

 さて刺身も煮物もできました,というところでカラダを潤す汁を作っていきましょうか。
刺身や煮物で出たアラを使ってやるのです。

【 サバの塩汁 】
 サカナの塩汁で代表的な郷土料理に「じゃっぱ汁」「三平汁」「船場汁」などがあるが,「じゃっぱ」はタラなどのアラを使ったもの,「三平」は,本来糠漬け塩ニシンを使ったもの,「船場汁」は,日本海で獲れて塩され関西に運ばれた塩サバのアラを使った汁。共通しているのは,強い塩をしたサカナの旨味と塩味を利用した汁であること。ここで紹介するのは,船場汁に最も近いが,三陸の漁師などは同じものをサンペイと呼んでいる。塩サバでやるのも味があるけれど,たくさん釣れちゃった小さなサバや,生食いして残ったサバのアラを塩して用いると,これまた各段に旨いのだ。料理のしくみは過去ログ「もうひとつの塩煮」で紹介した九州型の塩煮と同じ。要は,きつめの塩をして置き,湯で煮出して旨味と塩味を引き出す,というやり方だ。
 
 古来より福井県若狭で獲れた見事なサバを,背割りに開いてひと塩あてて,馬の背に積んで京都に至った「若狭の塩サバ」。この旅の道は,言わずと知れた「サバ街道」と呼ばれて今日に至る。京の都は,旅の間にほどよく塩がなじんだこのサバを,甘めの酢飯と共に型に押して,天下の美味「鯖寿司」として賞味した。
 まさか,京都で作ったサバ寿司の残りアラが大坂に運ばれ船場汁となったわけでもあるまいが,大坂商人の倹約だけでない合理的な旨さの追求ぶりがうかがわれようというものだ。

①サバの頭はタテに半割にし,身や中骨は適当ぶつ切り,ボウルに入れて全体に強めの塩をまぶしておく。置く時間は,最低30分,長い場合は一晩冷蔵庫に置いてもよい。まぶした塩が溶けて,身の表面がヌルヌルしてくれば,もうそれでいい。あまり長く冷蔵庫に置きすぎると脂の酸化臭を生じるので要注意。
②鍋に水を張り,3㎜程度のイチョウに薄切りした大根およびニンジンを入れてアクをとりつつ強火で茹でる。長ネギを入れてもいいが,甘味が出すぎればサバにはあまり合わないように思う。
③野菜に火が通ったら,サバを入れ,そのまま強火で沸かしつつアクをとり,スープが澄んだ時点で火を弱火に落とす。
④味をみて,塩気が足りなければ塩を足していき,もうちょっと足りないかな,というところで薄口醤油少々をたらして完成。吸い口として山椒や柚皮,ショウガやコショウなどを使う人もいるが,私は何も足さない。少し変化が欲しければ刻みネギを少々。基本的にはサバの風味と野菜の甘味だけで味わうのを良しとしている。

 しごくカンタン,きわめて滋味。
 なのであるが,この汁,まさに“煮えばな”が勝負。時間がたつほどに刻々と味が落ちる。まして翌日にもち越しするなど,これはいけない。江戸っ子じゃないが,宵越しのサバ汁はもたねえということにしていただきたい。風味が落ちればショウガやネギなどを入れなくてはならぬ。かといって入れればサバの旨さを純粋に味わえたとは言えぬ。人数分作って熱いうちに食べきって終わり,としていただきたい。適切な処理と食べるタイミング,これさえ押さえておけば,サバは生臭みなど微塵も感じさせない。仮に生臭いと思ったら,サカナ選びから下処理,調理の過程でどこかが間違っていたと振り返るべき。あるいはそもそも実は自分はサバ味が好かぬのではないかといった疑問も検証する必要があろう。でもそんな人にはあまりお目にかかったことがない。悪いねあたしゃサバアレルギーですという方にはごめんなさい。

さあ,もう本日のオカズは十分揃った。え,まだサバがある?
それではおいしい保存食を作っておきましょう。

【 おいしい自家製「塩サバ」 】
 最近は,塩サバといえばノルウエー産の大西洋サバが当たり前になってしまったが,国産との違いがおわかりであろうか。背の模様が違いますねえ。虫食い模様になっている国産鯖に対し,ハッキリとひらがなの「く」の字状に模様が入っているのが大西洋サバの特徴。今や,北陸の郷土保存食用糠漬けである「へしこ」や,各地に在するシメサバや鯖寿司なども,大西洋サバを使うことが多くなってしまった。脂の乗りはアチラが勝ることがあっても,身肉の,思わず噛みしめてしまう味わいは,コチラのマサバならではのこと。
 それにしても国産塩サバは,特に都会のスーパーあたりではなかなかお目にかかれない。見つけても,裏書きを見るとなんやかんやと添加物が添加されていて,誠実に作られた国産塩サバは,今やちょっとしたブランドだ。かといって自分で作るとなると,塩加減をどうするか,といった問題もあろう。

 前出の若狭の塩サバを作る工程を見ていると,ゴム手をはめたおばちゃん達が開いたサバにバサーッとぶっきらぼうに塩を振っているように見えるが,品質は全て安定しているわけだし,その加減が長年の経験をもって絶妙なのである。サバに塩振ってウン十年の手練れの技をご家庭に,というノウハウがあればウレシイが,そうはいくまい。真似して直塩した挙げ句,だいたいは塩辛くなりすぎて,小さな我が子に食わせるにはちょっとね,という事態が生じるであろうし,かといって,まんべんなく塩をいきわたらせることのできる「立て塩(塩水に浸ける)」では,サバの旨味は逃げるし,水っぽくなってしまうので干さねばならぬ。となるとこれはもう干しサバであって,塩サバではない。そのへんの問題をなんとかクリアしたいと思いませんか?

そんなアナタに朗報です。ご家庭で,誰でもカンタンに作れて,しかも塩加減絶妙な塩サバの作り方を伝授いたすので,聞き漏らされることなきよう。

①下処理したサバを三枚におろす。骨や頭はサバ汁用に塩をしておけばよい。
②おろした身ににじんでいる血液などを流水でサッと流し,ひとふりして軽く水気を切り,これをキッチンペーパーで一枚ずつ包む。若干の残り水分でサバの身にペーパーが張り付いた状態。くるんだペーパーの表面がわずかにしっとりしているのが理想的。
③ペーパーの上から両面に軽く叩きつけるように粗塩を当て,すぐに余分な塩粒を払い落とす。ムニエルや唐揚げをするときのように,余分な粉をはたき落とす感じ。この時点でペーパーの表面にはザラザラと一様に塩粒が付着している状態。
④このままタッパーの中に,背側の身が厚い部分が下になるようにタテに並べていき,冷蔵庫で一晩置く。夜に作れば翌朝から食べられるが,寝かせるほどに塩が浸透し脱水していくので,好みの段階でペーパーをはがして一枚ずつラップでくるんで冷凍しておけばよい。冷蔵庫のチルドで風味が持つのは3日間まで。冷凍のサバは解凍することなく,そのまま中火で身の側から焼けばよい。
 
 これは,和食界で言うところの「紙塩」の技術を粗雑に用いたものだ。直塩では強すぎるし,かといってタテ塩では水っぽくなる,というとき,全体にまんべんなく穏やかに塩を当てたいときに,サカナに貼り付けた和紙に霧吹きをかけ,そこに振り塩をするのだ。本来の技法はもっと繊細なのだが,家庭で大量の塩サバをいちどに作りたいときなど,三枚におろしてサッと洗ってペーパーでくるんで塩当てて払い落として冷蔵庫にポン,で完了。紙塩の要件を満たしているから体裁は別にかまわんのである。

 このやりかたで作った塩サバは,出来上がりは表面付近の身肉がキュッと締まって,焼けた皮がパリッと黄金色で,中身はありゃまあと思うほどみずみずしい。噛めば肉汁がジュワリとほとばしる。身の側から7割,残り3割を皮側から焼き上がるのがコツ。
 そして、このような塩サバには醤油がいらない。そして,オトナの皆様に申し上げておくが,いちど,とにかく何もつけずに“ワサビだけで”食べてみてほしい。これは,良く仕上がった干物や,塩加減が上手に焼き上がった焼き魚をワサビだけで食べるのが旨いのと同じ理屈だ。
 こんなのを普通の塩サバだと思って朝から焼いてワサビで食べた日にゃあ,ああもう今日は会社なんか休もうか,一杯これからやっちゃおうか,てなことになってしまうわけでありますから,いささか問題アリか。

●塩サバを茹でることについて
 ついでながら書いておくと,塩サバは,なにも焼いて食うだけが味ではない。「茹で塩サバ」,あえて料理名をつけるならば,すなわち「塩サバの湯煮」もなかなかにイケるものなんである。ノルウエーの塩サバでも,こうするときつい脂と酸化臭が抜けてちょうどよい。沸騰した湯に塩サバを投じ入れ,火が通ったところで皿に取り出し,水気を絞ったたっぷりの大根オロシと醤油で食う。
 焼き塩サバが,脂の乗った皮目の焦げで香ばしく欲望を刺激するのに対し,茹でた塩サバには,「ある夜ふけ 塩サバを茹で 独り食うわれ」,といった“静寂味”があるように思う。天の高みから見下ろすお月様の青い光と,手持ちのコップに満たした一杯の冷や酒が,疲れた心を静かに癒してくれる秋の一幕だ。

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さてと。
ここまでは,“サバ丸出し”の味,いわば源泉を味わう料理であって,これぞ真のサバ味を伝える王道なわけであるが,サバ料理も世間にはいろいろあって混乱する中,特にこれはサバならばこそと納得させられる,少しだけ手の込んだ料理を3品ほどご紹介。凝ったといっても外国の基本料理の範疇だ。中,伊,印,でいこう。

【 サバの水餃子 】中国
 私は学生時代,祭りがあると,手作り餃子の屋台,水餃子であるが,これを相棒とゲリラ的にやって,けっこう稼いでいた。稼いだ金は,ビールで冷蔵庫を毎日いっぱいにしたり,普段食えない旨いモンなぞダラダラと食い漁って,今を思えばくだらんことに使ってしまったと反省しているのであるが,なかなかに楽しい日々ではあった。
 さておき,最初の頃はスタンダードな豚肉と白菜にキャベツ,ニラ,シイタケなんぞを合わせた具でやっていたのだが,本場中国ではいろんな具があるのだということで,次に作り始めたのが鶏肉とシイタケとネギの餃子,そしてエスカレートして,私のダイスキなサバをネギとショウガに合わせた餃子,これら三部作を提供するに至った。当時は塩サバを使っていたと思う。

 豚肉,鶏肉,サバ,と,3種類の水餃子を看板に売りだしていったのであるが,だいたい客は3種類注文して食べる。その結果,まずサカナッ食いであれば,もう他のはいらんからサバだけおかわり,となる。そして“非”サカナッ食いの場合,え?サバ?ちょっと生臭いんじゃないの?ムシャムシャふーんナルホドね。じゃおかわりもうひとつ試してみようかな。となるのである。いずれにせよ食うのじゃないか,スナオに食え,と言いたい。見よ,これがサバの実力。このように,サバの餃子はヤミツキになる味なのだ。包む皮は当時留学してきていた中国大連のオトーサン直伝だ。

 ともあれ,ご家庭で,ちょっと作ってみませんか,別にサバでなくてもいいから。要は,皮で包んで茹でればいいんですから。でも奇抜なのはご勘弁。とり合わせの相性を考えて。
 かの中国では,餃子は年の暮れに親族が集まったときにみんなで皮から作ってみんな包んでオカーサンが茹でて,山盛りにして腹一杯食う。そして,数百個の餃子のうち何個かの中には銅貨が入っており,それに当たった者は,その年ずっと幸運なのだとか。いい話じゃないですか。

 まず,中に入れる具から先に作っていきましょう。

①サバは三枚におろしてタテに切って小骨を切り除いてサイコロ状にコマ切れにし,長ネギ及びショウガのみじん切りと混ぜ,これに塩とゴマ油少々を加えて軽く包丁で叩いてまとめておく。
②ボウルに入れて軽く練ったら押さえつけて空隙の空気を抜き,冷蔵庫で味がなじむまで寝かせておく。練りすぎると出来上がりがカマボコのようになってしまってつまらないので注意。細かく切った筋肉の繊維がつぶれていないくらいが丁度良い。

 具材のとり合わせは,もっと野菜ッ気がほしければ,みじん切りにして水分を堅く絞った白菜を加えてもよいが,加えすぎると加熱したときに水気が出てきて生臭みを生じる原因となる。また,ショウガも,効かせ過ぎは風味がきつすぎるのでご注意。

 次に皮を作ろう。

③強力粉と薄力粉と水を3:1:1でボウルに混ぜ合わせ,よく練る。堅さは耳たぶ程度となるよう,水加減は適宜。良く練って表面が滑らかになってきたら,ゲンコツ大にまとめ,表面が乾燥しないように固く絞ったぬれぶきんをボウルにかぶせて1時間ほど寝かせる。この作業によって,生地に粘りと腰が出るのである。
④中華料理やならば麺打ち台などがあるのでしょうが,ウチにはない。食卓をそのまま使うわけにもいかぬ。で,どうするかといえば,コタツの天板を持ち出し,表面を濡らしたフキンで拭き,乾かぬうちに,ここに切って開いた大きなゴミ袋(ナイロン質のものがよい)をピッタリ貼り付けて使用するとズレず汚れずで具合がよいのである。台の表面を濡らしすぎても乾きすぎても,ピッタリは張り付かないので,そのへん加減されたし。
⑤台の表面に薄力粉で打ち粉をし,両手で粘土細工の要領で,寝かせた生地を直径3~4㎝の棒状(ヒモ状)に長くする。これを1~1.5センチほどに包丁で切ったそれぞれが皮1個分。当然ながら皮の大きさは,ニョロニョロにする太さと切る幅で決まってくるので調節すればよい。
⑥切り分けた皮一個分を断面を上に置き,広げた手の掌の真ん中で押しつぶす。そして,丸くつぶれた生地の外側から中心へ向かってギュッと麺棒で延ばしていく。麺棒は細めがいいので,大勢でやるときは塩ビ管をノコギリでちょん切ったものを用意すればいい。さて,皮を延ばすとき,一回中心まで延ばしたら,左手で皮の向こう側をつまんで右回りに少し回してやる,そして次の一回を延ばし,という具合にくり返し,4回程度で,丸い薄い皮になれば完成。別に,厚くたってイビツだって構わない。うまくできれば周りから中心に向けて押し延ばしていった結果,皮の真ん中に小さなおへそのような厚い部分ができているはず。この歯ごたえがまた旨いのである。さあ,誰が一番上手にできるかな?
⑦できあがった皮に,具を包む。左手に皮を乗せ,小さじで具を乗せたら,まず皮の向こう端に手前端を重ねるように向こう側に半分に折る。そして,左右から皮を寄せてきて手の指を組むようにした中に餃子を持って,交叉させた両手の人差し指と指圧するようなかたちで揃えた親指の間で,ギュッと挟んで,口を閉じてやる。中の空気が抜けるように気配りをよろしく。ワカルカナ? 市販の皮と違って,水をつけなくてもくっつきます。市販の焼き餃子のようにヒダヒダをつける必要もナシ。ただし,入れる具が多すぎると皮が破れてしまうのでご注意。
⑧包み終わった餃子は,互いにくっつかないように打ち粉をしたバットに並べておく。

 さあ,準備ができたら茹でましょう。

⑨大きめの鍋に湯を沸騰させ,お玉でゆっくりと水流を作ってやりながら,餃子を投じていく。この間,ずっと強火でよい。一回に入れる個数は,鍋の表面に餃子が浮いたときに重ならず一様に分布する程度。
⑩湯が吹き上がって餃子が浮いてきたら,差し水をコップに1杯注ぎ,ひき続きお玉でかき混ぜていく。いったん餃子が沈みますね。
⑪再び餃子が浮いたら,再度差し水を。そして,次に餃子が浮き上がったときが食べ頃。小さい餃子に作った場合は,差し水を一回して次の吹き上がりで完成。大きさにより差し水~吹き上がりの回数を調節するわけだ。茹で上がりの目安は,餃子の皮の縁が半透明になった頃合い。目を離せない勝負どころ。
⑫茹で上がったら皿にとって熱々を各自小皿の各種タレに浸して食うわけだが,シンプルに酢醤油にゴマ油ないしラー油少々を垂らして食うのが最上と思う。ほかは各家庭でご随意に。

このようにして次々と茹でて,ムシャムシャと,腹一杯,食ってくだされ。
焼き餃子のような面倒もいらず,大量にどんどん作って,居合わせる皆が幸せになってゆくのが,水餃子のいいところなのであります。みんなで作った餃子は,そりゃおいしいよ~。

次はねえ・・・。
たとえば休日の昼下がりなど,ちょいと洒落て,サバを使ったスパゲッティーなどいかがでしょうか。できれば前の晩にソースだけ作っておくのがいいな。

【 サバのパスタ 】伊太利亜
 スペイン・イタリアは,欧米諸国に属する中でも秀でたサカナッ食いカントリー。サバのパスタがあるのです。と言っても実際にアチラで食べたことはないので,あるらしいのです,というのが正確なところであるが,これが自己流にやっても十分旨い。要は,アチラの料理の構造を理解していけば,何とでもなる,ということ。ここで紹介するのは,いわばサバのボロネーズ,すなわちミートソースだ。生サバでなくとも塩サバでやってもよい。

①サバは三枚におろし,タテ半分に切って中骨を切り除き,1~2㎝程度のサイコロ状に切り,軽く塩を当てて味がなじむまで暫く置く(塩サバは塩をせずにそのまま用いてよい)。
②深手のフライパンないし鍋にオリーブ油をゆるやかに熱し,ニンニクのみじん切り少々とタカノツメ1本で香りが出たら中火にしてサバを投入し,粗挽きコショウを振って炒め,ここにワインもしくは酒少量を注いで煮立たせアルコールを飛ばす。
③ここに5㎜程度にクシ切りにしたタマネギをざっくり加えてしんなりするまで炒めたら,トマトを摺り下ろして加える。竹で作った「鬼おろし」があると作業が早いので重宝する。トマトの旬からはずれた時期であれば,市販のトマトピューレやトマトソースの瓶詰めを用いても可。
④強めの強火で煮立たせアクを取り終えたら,塩で味加減し,月桂樹の葉を一枚加えてそのまま弱めの中火で煮詰めていく。好みでバジルやオレガノを少量振っておいてもよい。水分が蒸発してドロッとなってきた頃に味をみたとき,“ほんのちょっと塩気が足りないかな”,と思うくらいに味を仕上げておく。ここできつめの塩気を入れてしまうと,食べ終わりの時点ではかなりきついと感じるハメとなる。濃い味が特に好きな方はその限りではないが,およそ麺類のダシやソースの塩加減は,食べ終わったときに味の充足感が満たされる程度とするのが丁度良いように思う。かといって,単なる薄味では物足りない。そこが見極めのセンスというものだ。丁度良さってどんな良さ? こういうところにこそ果敢に挑戦してみてほしい。
⑤うっすらと芯が残る程度に塩水で茹で上げた好みのパスタの水気を切り,オリーブ油を薄くひいたフライパンを熱したところに投入し,ひと炒めしたところで④までで出来上がったソースを適量かけ回し,あおって絡ませたらひと呼吸置いて火を止める。これで完成。
粉チーズをかけても差し支えなく合う。
先述したシメサバとリンゴの取り合わせといい,このサバパスタといい,西洋風にアレンジしたとたんに洋酒が合うようになる。広範なサカナの中でもサバでなくてはこの味が出ない,という料理は多いものの,畜肉の料理をサバでやってもナカナカに合うところをみると,サバ肉が,サカナとしての主張を保ちつつ,畜肉にも通ずる血液および旨味バランスをもっているということなのだろう。

 そして,最後に紹介するのがサバカレー,これぞ異国版サバ料理として秀逸な一品。

【 サバのカレー 】印度
 およそサバほどカレー風味と合う魚もあるまい。不思議であるが,試してみられたらよい。イワシでは生臭みが勝るし骨がましい。アジやサンマなどでは筋肉繊維が頼りなくコクが足りぬ。マグロでは味と筋肉はしっかりしていてもバサバサ感が否めず大味となる。南洋の島モルジブあたりではカツオのカレーが定番であるが,味はマグロ寄りでキメが粗くて食い飽きる。タラを使ってあっさり仕上げてもいいのであるが,なにやら物足りないのでほかのダシなど入れざるを得ない。あえて対抗馬を挙げるならばブリあたりか。とはいえやはり,総合点でサバには勝てぬ。

 これまで何度やってみても,結局サバに帰着してしまうのである。迷宮に入って辻に立ついろいろな人物にいろいろなことを教わったけれど結局元に戻りました,という感じでサバに戻ってくる。これこそ「サバでもできる」ではなく,「サバでなければいけない」ということなのだ。いやホント。ウソだと思ったらやってみて。
 要は,サバのもつ特質,あの太さに対する断面積と筋繊維の質,そして皮側にある脂と肉の旨味とコク,多すぎない骨の所在と数など,ぶつ切りや半身にしたときの総合的なバランスが,カレーと相性が良い。何よりも,カレー味に負けない味のパンチを備えているということだ。

 我が家では,サカナのカレーといえばサバであるが,十数年前に,まき網大国:千葉県銚子の加工業者が「サバカレー」の缶詰を売り出して,今も続くヒット商品となっており,道の駅なんかで売っている。缶詰としてはけして安くはないのに売れている。イワシカレーも併せて販売しているが,やはりコチラはたいした味ではない。ワタクシとて振り返れば,サバカレーでひと山当てることもできたのではないか,などと妄想するも風の彼方。いずれにせよ,缶詰にそんな金をかけずとも自家製が十二分に旨いのだから,せっせと自宅で煮込むこととなる。

というわけでサバカレーの作り方を。これも生サバだけでなく塩サバを用いてもOKの料理だ。ただしカレーの本場,かのインドでこのようなサバを使ったカレーがあるや否や,それは存じ上げぬ。

①サバは二枚におろして3~5㎝幅に切り,塩・コショウを振って表面に水分がにじみ出るまで暫く置く。骨がイヤだという人は,つまらないが三枚におろして身だけ用いても結構。ただし出来上がりの味わいが減じるのはいたしかたなし。
②サバは全体に軽く塩をして30分ほど置き,薄力粉をまぶし,フライパンに多めに熱したサラダ油で深めのキツネ色になるまで中火で焼き上げ,別皿に取り置く。粉を無駄なく使うには,スーパーの袋に少々の小麦粉を入れ,ここに切り身を放り込み,空気で膨らませてバタバタ振る。これでまんべんなく粉がつくし,余分な粉も落ちる。
③サバの脂香が残っている同じ鍋の3分の1のと多めのタマネギをみじん切りにして入れて弱火とし,ゆっくり炒め,飴色になったところでカレー粉を加えて更に炒め,香りが立ったら水を注ぐ。炒めるときタマネギと共にニンニク及びショウガのみじん切りを加えてもよい。
④ニンジン,ジャガイモ等,日本型カレーライスの定番野菜を小さめの小口に切り投入し,しっかり火が通るまで煮る。
⑤野菜に十分火が通ったら,取り置いたサバを投入し,中火にしてアクをとりながら煮ていく。煮進むほどにサバを包んだ香ばしい小麦粉が溶けだしてとろみがつくし,サバからはダシがにじみ出てくる。ここで塩と少量の薄口醤油で味を調える。市販のカレールーを用いる場合には,調味料は加えず,ここで火を弱火にしてルーを加える。
⑥そのまま弱火で,時々かきまぜながら煮詰めていき,最後にもういちど確認して完成。

 多くの畜肉を用いたカレーが,出来上がりから一晩寝かせたほうが味が落ち着き旨さを増すのに対し,一般的にエビやイカ,貝類などの海鮮カレーはできたてが旨く,寝かせると具材が脱水してバサつくようになる。が,サバの場合,畜肉に近いためか,寝かせて翌日も,更に旨くなっているので大変よろしい。

こうして書いている間にも,何やらムラムラと食いたくなってくるサバカレーの誘惑。いちど味わってみてほしい。

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 ここまで,生モノ5品,加熱モノ4品,外国モノ3品と,紹介してきたが,これらとは別に,日本海にはタマシイを揺さぶるサバ料理の逸品が存在する。しかしこの料理は,“作り方”,などと記述表現できるような性質のものではなく,次項,別記として記すにとどめおくのでお目汚しまで。

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別記1【 サバの浜焼き 】
 世にはたいした郷土料理がひしめいている。中でもサバに火を通した料理で,保存もきき,食べて旨く,姿がいい,そんな料理がこの「浜焼き」だ。
 浜焼きとひとくちに言ってもここでは単なる野外でやる海鮮バーベキューではなく,保存食ないし贈答用などハレの食として加工・伝承された浜焼きのことだ。同じ「浜焼き」の発音であっても日本海と瀬戸内海では趣きと扱われ方が違う。共通しているのは,単なる塩を振って焼いたものではなく,保存性と旨味性を両立するべく,塩が内部まで浸透するよう加減されており,しっかりと焼き締められている点だ。

 瀬戸内海の浜焼きは,鯛に代表され,主に塩田があった香川県讃岐地方や,播州赤穂といった各地域で,その塩を用いて作られる焼き鯛のこと。最近では養殖ダイも増えたが,本来は春の「魚島(瀬戸内海で餌となるイカナゴが大発生する時期に,それを追ったタイやサワラが集結する様を指した表現)」の頃,獲れたタイに塩を当て,炭火や塩竃で焼き上げたもので,全体が桜色がかったキツネ色に仕上がっているにもかかわらず,ヒレ一本として焦げ落ちていない,その技術と塩加減がみごと。
 特に香川のそれは「菅笠」に挟まれて店頭に並んでいる,明らかに尋常の食とは異なるいでたちであり,やはり今も贈答用や引き出物などに使われている,いわゆる「祝い鯛」だ。菅笠といえば四国の太平洋側徳島県の阿波踊りには欠かせざる装束。瀬戸内の焼き鯛との出会いやいかにと思い巡らすが,とりあえず保留。

 一方,日本海のそれは,山陰から北陸を中心として発達しており,本来は漁師が獲ってきたサカナを下ごしらえし,塩を振って串を打って軒先でおこした炭火で姿良くこんがり焼き上げ,市中・山中などの鮮魚に手が届かない人々に売り歩いたのが原型だ。今は加工屋や魚屋が作っていることが多いが,元々漁師起源のせいか,マダイ,アマダイ,アジ,サバ等々,種類が多い。 タイは別格としても,その他のサカナは専ら日常食である。こちらも瀬戸内に負けず,美しい焼き上がりを呈している。ここで言う「サバの浜焼き」はそれだ。

 獲れたサバを背割りにして塩を当て,開かれた身を元の形に戻すようにして太めの平たい竹串で縫うように“うねり串”を打つ。やわからいサバが見事に原型を取り戻し,そして頭を下にして炭火にかざされ,じっくり焼かれていく。さすがに今はガス火が主流となったものの,今でも炭火で焼いてくれるウレシイ家がある。
 タイをはじめとして他のサカナの浜焼きもたいしたものではあるのだが,サバの浜焼きには特有の美しさと味わいがある。まず,まんべんなく表面が飴色がかった金色に輝く焼き色を呈している。が,一点も焦げてはいない。それが泳ぐようにうねる様は,じっくり眺めるうちに自分の心もいつしかいっしょにうねり躍動してくる。サバが自分か,自分がサバか。我と浜焼きサバが同化してゆくのだ。

 かような幻想を振り払い、そのままかじりついたって気持ちがいいには違いないが,ここはまあとりあえず串をはずし,箸をつけると,堅からず柔らかからずで,しっとりと水分と脂が抜けており,深く香ばしく旨い。しかも焼いて時間が経って冷めているにもかかわらず,サバの香りはあっても臭味はないのがスゴイ。鮮度・処理・塩加減・焼き加減のなせるワザだ。
 また,それを当地では“むしって食う”という庶民性がステキだ。今日のお昼は味噌汁炊いて浜焼きむしってご飯にしました,という飾り気のなさだ。むろん,タイだろうが何だろうが,浜焼きはムシらんと食えんわけだが,その響きはサバのためにあるように思う。最近では「焼きサバ寿司」と称して,浜焼きサバと酢飯を押した寿司がけっこう出回っているが,これは最近にわかに作られはじめたもので,味付けや添加物など,いろいろいじりすぎていて,本来の風味を損ねているように思う。

ここ境港でも,島根と鳥取どっちつかずの辺境の土地柄ながら,スーパーにもサバの浜焼きがトレイにラップされて並ぶ。残念ながら国産サバは滅多に見なくなったが,あればやはり手を伸ばしてしまう。

 むしって食うのもいい。それを野菜だけの味噌汁の実として落とすのもいいし,むしった身をフライパンで暖めて醤油をちょっと加え,炊きたてのご飯に混ぜて食うのも,なんとも旨いものだ。塩もみしたキュウリを水でさらして絞ったやつと酢の物にするのもいい。このときには煎りゴマを共に和える。焼きサバ自身の塩味も良い加減であるが,むしった身を酢醤油やショウガ醤油,あるいは唐辛子をちぎった醤油などに,チョンとつけて噛みしめつつ冷や酒を飲むのもいい。

 「サバの浜焼き」をあえて“別記”としたのは,素材の入手からはじまって技術および設備的に考えても自宅で真似して容易に作れるようなものではなく,素材が入手できる環境と長い土着の歴史の中で培われた経験的ノウハウがあってこそ初めて完成を見るのであって,やはりそのようなものは当地に赴き買い求めねばならぬ,というのがその理由だ。最近は“お取り寄せ”もあるにせよ,土地の暮らしの匂いと一体となった風味・雅味は味わえまい。いずれにせよサカナ好きにはこたえられない一品なので,よろしければ心の片隅に置いてやっていただきたい。


別記2【 サバ寿司 】
 日本海が生み,京の都が育んだ,この郷土料理がもつ諸々の奥深さについては,過去ログ「末期のサカナ」で全て書いたので,今更述べるべくもない。三枚におろしたサバを塩と酢で締め,甘めの酢飯に乗せて棒状に押した寿司だ。

 ドコソコの店のが旨いといったグルメ評論も見かけるが,基本的には家庭のものだ。この寿司の親戚として,薄く梳き昆布を貼り付けて角形に押した関東のバッテラや,頭をつけたまま背開きにして白ゴマ入り酢飯と押した高知の姿寿司,その他各地にちらほら類似性のあるサバ寿司が分布するが,そのような知識はこの料理の本質とはかかわりのないことだ。それぞれの舌と心の底に結びついていればそれでいい。

 どういうわけか,私のこれまでの人生において,さまざまな形で,サバ寿司は心象風景と強く結びついている。いろんなところでいろんな人と,いろんな気持ちで食べたサバ寿司があった。そのシーンが,どうわけかほとんど記憶に残っている。別に京都の人間というわけではないのだが。
 
 左様にサバ寿司とワタクシとの関係は,混沌として深く,旨さを越えた何かがあるようで,実はあまり多くを語れない。ですから,皆様それぞれにとっての良きサバ寿司との出会いを祈るのみ。
作り方については,またいつか書く日もあろう。

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今回は,以上。

 よく,サバは“青ザカナ臭い”と言われる。だから,昔から方程式のように,青ザカナはショウガで臭味を消してと言われてきたし,最近ではハーブやカレー粉などの香辛料を加えてどうのこうのといった料理も世間には多いように見受ける。
が,これまで紹介してきたサバ料理の中で,たとえばショウガなどを使ったとしても,臭味消しとしてではないことをお気づきであろうか。たとえばサバの味噌煮のように,それはその料理とショウガの味および風味が合うから使うのであって,けして臭味消しではないのである。
 逆に,サバ料理=臭味消しが必要=ショウガ使用,といった先入観は,せっかくの“サバ風味”,すなわち甘味と酸味とコク味が渾然となった味わいバランスを無視して単調な味にしてしまうことのほうが,むしろ多い。
状態の良いサバを入手し,適切な処理と調理方法,たとえば汁であれば前回の「アクとつき合う」で述べたアクの取り加減を意識していれば,何等臭くはならない。既に述べたように,もし生臭いと感じたら,これらの工程でなんらかの不備があったと振り返るべきだ。

 世間には,もっと臭味消しが必要な魚がたくさんある。青ザカナの中でもイワシの方が若干臭味が強いのでショウガを求めることがあるが,これも鮮度と処理問題の範疇で,いらない場合も多い。
 むしろ過去ログでお話ししたスズキの青臭さ然り,スルメイカやアオリイカの臭み然り,意外と思うかも知れないが白身魚で淡泊と言われるシロギスやアイナメ特有のクセ然り,白身系の魚であっても特有のクセを持つものは多いのであって,むしろそのようなものにこそ臭味消しの意味でのショウガは合う。でなければ,先述したように,サバの刺身にはショウガが合って,シメサバにはショウガが合わずワサビが合うといったことの説明がつかない。

 やはりひとえに,味として相性がいいかどうかが吟味の第一であって,その観点からも,いいかげんに我々はサバをショウガの束縛から解き放ってやらねばならんのではないか,と思う次第。
 九州地方には豚骨ラーメンで気合いの入ったスープを吸わせてくれる店が何軒かあるが,本当の豚骨好きは,紅ショウガを入れない。豚骨の風味を殺してしまうと言うのだ。臭味と香りは紙一重の面があるにせよ,上手にとった豚骨ダシは,その線がしっかりしていて、単純に臭いだけではないからだ。

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 今回はワタクシ的に主力たるサバがテーマだけあって,これまでにない長編になってしまった。ご迷惑かとも思うが,サバぢからのなせるワザということでご容赦を。サバの旨さは,食べ重ねるほどに筆舌に尽くしがたいと,つくづく思う。

 以上述べ来た料理のほか,竜田やフライに揚げたり,グラタンだとか薫製にしたりと世間にはいろいろあって,それぞれに旨いものにはちがいないが,あんまりアレコレありすぎても混乱するし,あんまりいじくるとサバの真味を損なうと思うので割愛した。まあ、サバはよほどヘタを打たないかぎり,どうやっても旨いサカナですから,それを信じて更においしくしてやってほしい。

サバよ,ありがとう。
  

Posted by ウエカツ水産 at 14:28Comments(7)魚・料理